2、子連れドラゴン
「おぎゃあああ!」
赤子を咥え、黒竜は森を歩く。木々を踏み倒しながら進むその様は、まさに災害そのもの。
【うるさいなあ】
泣きやまぬ赤ん坊に困惑しながらも、竜にはどうすればいいのか今一見当がつかない。
そもそも人間の赤ん坊の世話などしたことがないし、するわけもない。
しかし育てねば大きくならない。死んでしまっては元も子も無い。
ならばどうするか。
【どうするか】
竜とは完結した生物である。
あらゆる環境に耐えうる強靭な肉体。大抵の物理法則は無視できる魔術。それらを存分に行使できる知性。
若いうちならばともかく、この黒竜ほどに年齢を重ねた竜は、もうそれだけで個体として生物として完結している。他のものの助けなど借りる必要などない。全て己一人でどうにでもなるのだ。
これまでは。
人間の赤ん坊の育て方などはなから竜にはわからない。今まで知ろうなどとも考えたことがなかった。
だが今のままでは、赤ん坊はなすすべもなく死ぬだろう。
【人に聞くか……同じ人間、あるいは……】
「おぎゃあああ! おぎゃあああ!」
泣き叫ぶ声が思考を断つ。竜の凶相、忌まわしい紅の六眼が、さらに困惑に歪む。
「頼むから泣き止め……」
人間の言葉で語りかけるが、やはり通じるわけがない。
「言葉のも通じぬのか……あ」
赤ん坊が、落ちた。
【お、おおお!?】
とっさに右手が動く。同時に重力制御を展開。手のひらの上をフワフワと赤子が浮く。
【ぬ、ぬうう……やはりこいつは細かすぎるわ……】
竜に汗腺があれば冷や汗でも流していたのかもしない。とかく注意を払わぬと、運ぶことさえ難しい。
【……ぬ?】
よくよく見ると、赤ん坊は泣き止んでいた。それどころか笑っている。
【ふふ、落とされて笑うとは豪儀な人間だ】
ゆっくり持ち上げ、今度は頭の上に乗せる。
「今度は大人しくしておれよ」
赤子を受け止めた時、心のどこかに喜びがあったことを、竜はまだ気づけていない。
【さて、人間に聞くか……なぜ我が人間程度に頭を下げねばならぬのか……うぅむ】
熟考を続ける。人間に聞くという方法もあるが、食うと聞けば同じ同族を取り返そうとするかもしれない。人間など大した脅威ではないが、無駄な面倒ごとを増やすのも趣味ではない。
【そうか、人間ではないが、人間に近いものならば……】
そう呟く、竜は方向を変えてまた歩き出した。