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10、辺境伯がやってきた


「竜が出た、なんとかしてくれ、と言われてもねぇ。さても」


 ため息をつきながら、それは馬車から脚を踏み出す。


「それもとびきりの大きさの黒竜。城並みの大きさの、珍しい黒の竜なんて、そんなものどう対応すればいいんだ?」


 整った容貌の、若く見える男だった。長身に痩身、長めの銀髪。厚めの生地で作られた古めの上着とシャツ、半ズボンにタイツとブーツ。ともすればやや時代遅れな貴族の服装だが、男のどこか浮き世離れした雰囲気と共に様になって見える。腰には剣=軍人である証。


 そしてなにより最大の特徴は、目が死んでいた。達観と脱力に染まる、死んだ魚の目だった。


「めんどくさいなあ。なにもないから私はこの田舎が好きなんだよ。なんでこんな面倒が私のところに来るんだ? 陰謀かなにかか?」


「それはあなたがこの田舎一体の最高権力者だからですよ辺境伯」


 後ろから声。青年より一周り大きい背丈と二周り大きい腹周り。熊のような巨漢、四十路の男がいた。


「なにもない暇な田舎だというから辺境伯を受けたんだよ。まったくザックスの奴には騙されたな。そう思わないかギュスタフ?」


 ギュスタフと呼ばれた背広の男──辺境伯の部下である統治補佐官は眉をひそめた。


「親友の間柄とは聞いておりますが、みだりに王の名を口にだすことはおやめくださいローエンダイン辺境伯殿」


 ローエンダイン辺境伯──アムレート地方を含む辺境広域を統治する男は、村の地面を歩きながら笑う。


「はは、こんな辺境で神の名を言おうと王の名を言おうと誰が聞くものかね? そういえば私は昨日の夜についに二十五番目の王を殺す計画を思いついたぞ。真相を話すとテキトーなことを言って崖の上に呼び出して突き落とす方法でな」


「辺境伯殿!」


「おっと」


 辺境伯に、子供がぶつかる。泥だらけの少年が、豪快に辺境伯の服に泥痕をつけた。


「いってぇ! どこ見てんだよ! ……え」


 尻餅をついた十歳ほどの子供が、悪態をつく。と同時に辺境伯の姿を見て絶句する。さすがに子供でも貴族相手はまずいとわかったらしい。


「なにをしておるか! さっさと向こうにいけ!」


 怒鳴りつけるギュスタフ。巨漢の後ろから、辺境伯が手を差し伸べた。


「おやそれは悪かったね」


 手を取り、ゆっくりと子供を立たせる。服についた泥痕も、手袋についた手形にも気にする様子はない。


「君はこの村の学校に行く途中だったのかい? 急ぐのはわかるが周りを見て歩かないと危ないよ」


 にこやかな笑顔。さきほどの死んだ魚の目をしていない。優しげな青年そのもの。


「は、はい、ありがとうございます……」


「元気がいいのは結構だ。ほら、これはそのご褒美だよ。手を出しなさい」


 少年の両手に、辺境伯はポケットから取り出した小包の飴玉を無数に載せる。


「え、いいの? やったあ!」


 はしゃぐ子供を見送り、笑顔のまま手を振る辺境伯へ、巌の如き固まった表情のままギュスタフは問いかけた。


「……あなたが子供好きとは思いませなんだ」


「子供は好きだよ。君より年上のくせに・・・・・結婚はしていないし実子もいないこの通りの男やもめだがね」


「やはり通達無く村に出向くなど伯爵位のやることではありませんな。出迎えの準備もさせないからこうなるのです」


「こんな村でそんな通達をしても無駄に苦労をさせるだけだよ。派手なことは嫌いなのさ。私は好き嫌いが多い。つまらないことも嫌いだしマズいものも嫌いだ。暑苦しいやつも面倒なことも、あとは躾のなっていない子供もな」


「……飴になにか仕込みましたか」


「だが、子供で遊んでやるのは楽しいから好きさ。一つ大当たりを入れておいたよ」


「竜の目撃証言や情報を直接調べたいといったのはあなたですよ。無駄なことに時間を裂かないで下さい!」


「なぁに、竜なんて怒らせさえしなければ交渉は楽な部類の生き物だよ。あれは人間より遥かに理知的だ」


 笑いながら辺境伯が髪をかき上げる。その下には、隠れるように少し尖った耳先があった。



 △ △ △ 



 グ オ オ オ オ オ ッ ッ ! !



 荒れ狂う衝撃。木々がへし折れ、空気がうなり声を上げる。破壊のプレッシャーが森に吹き荒れた。


「な、なんだいこいつは!?」


 ルーメが飛び出る。目の前には半泣きのヒーと、魔力の圧力を振りまきつつもなんとかこらえて動きを止めている黒竜。


「お、おかーさん……おとーさんが変になっちゃった……」


「な、なんだいこりゃ? どうしたんだいヒー!?」


「今日行った学校で、オルムが飴をみんなに配ってて、それを貰ったから」


「飴?」


「それをおとーさんにあげてみたら、こうなっちゃった……」


「なんで飴玉一つでこんな」


「ぬ、ぬ、か」


 竜が唸りながら、やっとの思いで言葉を口にする


「──辛いいぃぃ!!」


 黒竜は、辺境伯特製の──中心に唐辛子の粉末が入った飴の感想を叫んだ。


 

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