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3.兄妹の結婚挨拶

「緊張するね」


「優梨が緊張することなんてあるんだな」


 米倉先生――蚕お姉ちゃんがいるであろう進路相談室の扉を前に、珍しく弱音を吐く優梨。多くの死を積み重ねてくれば、当然のことか。


「結婚挨拶っていわれたら、緊張したりもするよ」


「あーそういう?」


 前言撤回。結婚挨拶という単語を意識しているだけだった模様。


「お兄ちゃんは、どうなの?」


「き、緊張……? あ、あ……んんんんんな、バカなぁぁあ!?」


「もー、変なボケしてないでいくよ」


「やっぱりバレバレか……」


「でも、気を紛らわしてくれてありがとね」


「俺は、お前のお兄ちゃんだからな、当然だ」


「あら……?」


 優梨と漫才をしていると、進路相談室の扉が開き、モデルのようなスタイルにもかかわらず幼い顔立ちがギャップを誘う女性――米倉 紬先生が顔を覗かせる。

 彼女こそ、多知川次男家の長女――多知川 蚕。優梨に家族を殺され、俺を見守るために先生になり、俺と優梨の愛をことごとく否定し続けてきた、いわばラスボス。


 とはいえ、今回は戦いに来たわけではない。対話だ。


「あ、米倉先生、学校にいらしたんですね。よかったぁ……」


「賑やかな声がすると思ったら、優也くんと優梨さんだったのね。ゴールデンウイークなのに、どうしたの?」


「私たち、米倉先生にお話があるんです。これバームクーヘンなんですけど、よかったら食べながらお話しませんか?」


「バームクーヘン、いいわね。いますぐお皿と飲み物を準備するから、ささ、部屋に上がって」


 部屋に招かれて、米倉先生が準備してくれた椅子に座る。


 進路相談室には、俺たちの3人のみ。結婚挨拶をするには都合がいい。


「進路相談室、ほとんど米倉先生のマイルームみたいになってますね。他の先生がいるところ見たことないんすけど」


「進路関係は、あたしに丸投げされてるからね。生徒たちは米倉先生に相談したいと思うのでお願いします、だって。はぁ……まいっちゃうわぁ」


「そうだったんですね。生徒からの人望が厚いと大変な面もあるんですね」


「ううん、みんなの頼られるのは、すごく嬉しいからいいの。今日も、大事なゴールデンウイークを使って、こうして頼ってくれる可愛い教え子たちもいるしね」


「大事なゴールデンウイークに、生徒たちために頑張ってるのは米倉先生も一緒です。お兄ちゃんがいつもありがとうございますっ」


 猫かぶりな優梨が会話をリードしてくれると安心感が違う。米倉先生から笑顔も垣間見られ、いまのところは好感触だろう。


 俺も優梨に続いて頭を下げて、日頃の感謝を述べる。


「あ、ありがとうございます……」


「いいえ~。それで、お話ってなにかしら? 優也くんの進路のこととか」


「進路っていえば進路すね……。将来の俺たちのこと、って意味では」


「優梨さんの進路ってこと……?」


「遠回しにしても変に詮索されるだけだよ、お兄ちゃん。」


「それもそうか。じゃあ、まずは優梨から話があるんだよな?」


「なにその前振り。まあ、話さなくちゃなのは、わかってるけど……」


「優梨さんから……? 珍しいわね」


「米倉先生。……んーん、蚕お姉ちゃん」


 猫かぶりをしていた優梨の印象が変わる。優等生の仮面を外し、嘘偽りない、普段俺と過ごすような素のまま蚕お姉ちゃんに立ち向かうようだ。

 そこには、きっと頭脳戦も心理戦もない。これから多知川 優梨の本心を語るのだろう。


「!? 優梨さん、いまなんて……?」


「あー、そりゃ驚くよな。その、俺たち、蚕お姉ちゃんのこと知ってるんだ。だから、そのことでツッコミはなしな」


「え、う~ん……優也くんがそう言うなら、いまは気にしないけど……。優梨さん――えっと、優梨ちゃん……なにかしら?」


「ごめんなさい……!」


「――」


 その場に立ち上がった優梨は、深々と頭を下げた。


 それを見た奈々さんは息を呑む。本当の名前を呼ばれたときよりも、かなり驚いている様子だ。


「な、何に対して……?」


「多知川家のこと、蚕お姉ちゃんのお父さんとお母さんのこと。手を下したのは悠真伯父さんだけど、そう仕向けたのは私だから……。蚕お姉ちゃんの大切な人を殺してごめんなさい」


「優梨ちゃんが仕向けた……? でも、そのときってまだ優也くんが小学2年生だから、優梨ちゃんは小学1年生なんじゃないの……?」


「蚕お姉ちゃんなら知ってるだろ。優梨は生まれながらの天才だ。それくらい容易にできる」


「そう、ね」


「蚕お姉ちゃんの大切な人を殺してごめんなさい」


「俺からも。蚕お姉ちゃん、ごめんなさい」


 俺たちの謝罪に、蚕お姉ちゃんも信じざるをえないようだった。


「……理由があるんでしょう?」


「理由を聞いても、私がやったことには変わりないよ」


「優梨は、俺を守るためにやってくれたんだ。俺、父さんから虐待を受けてたからさ」


「あの優しい優也くんと優梨ちゃんのお父さまが? そんなこと……」


「父さんは、俺が優梨に比べて才能や学力が劣っていることにかなりイラついてたみたいだ。そりゃま、多知川家の跡継ぎ候補がその体たらくじゃ、しょうがない気もするけど」


「それだけじゃないの。お父さんに、お兄ちゃんが実の子じゃなくて、お母さんとその伯父――悠真伯父さんの子ってバレちゃったから。お父さんがお兄ちゃんによくないことをするんじゃないかって恐くて恐くて……」


「多知川の長男家も複雑、だったのね……。優梨ちゃんのしたことは決して許されることじゃないけれど、多知川家の跡継ぎ騒動はどこかで終止符を打たなくちゃいけなかった。でも、叶うなら誰も犠牲にならずに、平和な形で解決したかったわ」


「蚕お姉ちゃんの言いたいことはわかる。けど、優梨は、俺のために手段を選んでられなかったんだ。それだけはわかってほしい」


「そっか。2人のお姉さんなのに、困ってるときに手を差し伸べられず、ごめんなさい」


 罪の意識。他者に親身に寄り添える蚕お姉ちゃんであれば、抱かずにいられない。


 これが結婚挨拶にいくらか優位に働いてくれれば……。


「蚕お姉ちゃんが謝ることなんて! けど、蚕お姉ちゃんがいてくれたら、穏便に済ませられたかもしれないって思うと歯がゆいな」


「そう、よね」


「違う! 俺に力があれば、才があれば……優梨に全部罪を押し付けなくて済んだんだッ!」


「ありがとう、お兄ちゃん。でも、いいの……これは私の罪だから。もう時間は巻き戻せないから」


「……優梨ちゃん」


「だから、ごめんなさい。蚕お姉ちゃんの大切なもの、私が壊して……。謝っても許されることじゃないのはわかってるけど、これしか贖罪の方法が思いつかないから、ほんとにごめんなさい!」


「俺が原因で、蚕お姉ちゃんの大切なもの、人生をめちゃくちゃにしてごめんッ!」


 きっと何度謝ったって足りない。どれだけ頭を下げても許されない。


 それでも、蚕お姉ちゃんは、


「……ううん、優也くんが酷い目にあっていたら、あたしも優梨ちゃんと同じようなことをしてたはずだから。謝罪はこれでおしまい。2人が無事でよかったわ」


 俺たちの立場に立って傾聴し、そうするほかなかったのかもしれないと共感してくれた。


 蚕お姉ちゃんの優しさに救われた気がした。


「蚕お姉ちゃんっ……蚕お姉ちゃんも無事でよかったよ!」


「優梨ちゃん、心配してくれてたの? あたしが優也くんと仲良くすると、いつも不機嫌になってたから」


「お兄ちゃんととっても仲良しだから嫉妬はしちゃうかもだけど、それとは話は別だよ? だって、蚕お姉ちゃんは、私たちのお姉ちゃんみたいな存在だもんっ」


 ダウト。優梨さんやぁ、これだけは嘘だわぁ……。

 まあ、本心で蚕お姉ちゃんの情を誘えたのは大きいな。当然、優梨の本心がこんなに綺麗なものばかりではないが。


「優梨ちゃんにそう思ってもらえてたなんて嬉しいわ」


「俺たちがここまで成長できたのは、近くで見守っててくれた蚕お姉ちゃんのおかげだ。そんな姉であり、そして親同然ともいえる蚕お姉ちゃんに話がある!」


「え、え? あ、改まって何かしら……?」


 優梨と蚕お姉ちゃんのおかげで、暗かった雰囲気がぱぁと明るくなったいま。俺たちの関係を打ち明けるにはここしかないと勝負に出る。


「「――蚕お姉ちゃん、俺たち(私たち)、お付き合い始めたんだ!」」


 俺たちの紡いだ言葉が調和する。


「……!」


 体がビクつくほどの反応を見せる蚕お姉ちゃん。

 彼女は、学校での俺たち――とくに俺を観察し、シルヴィーからの情報もある。俺たちが恋人関係にあることを知らなかった、なんてことはないはず。

 2人で打ち明けに来ることが予想外だったんだろう。


「驚くよな。けど、俺たちの、唯一の肉親である蚕お姉ちゃんには知っていて欲しくて、認めて欲しくて、伝えた」


「蚕お姉ちゃんや、ほかにもたくさんの人を不幸にしておいて、私がお兄ちゃんと幸せになるの、おかしいよね……?」


「え、ええ。そうね」


「お兄ちゃんが私と一緒にいることで幸せになれる。だから、みんなを不幸にしちゃったぶん、お兄ちゃんを――私の全部をかけて幸せにしてあげたい」


「……ズルい、自分勝手、都合がよすぎる。優梨ちゃんは、優也くんまで奪おうって言うの!?」


「ごめんなさい」


「それにあなたたち、兄妹じゃない! わかってるの!?」


 謝罪に温厚な対応をした蚕お姉ちゃんも、怒って声をあげる。


 これでは、これまで経験してきたルートと何も変わらない。でも、人の気持ちに寄り添ってくれる蚕お姉ちゃんなら、想いを伝えさえすれば――。


「俺も、優梨も、よくわかってます。世間的に、誰も認めてくれないことくらい」


「じゃあ――」


「それでも、蚕お姉ちゃんに認めてほしいのっ! ほかのだれでもない。私たちの、唯一の肉親である蚕お姉ちゃんに……」


「俺たちには、蚕お姉ちゃんしかいない。これまで、そして、これからもずっと俺たちのことを見守ってくれる蚕お姉ちゃんにだけは認めてもらいたいんだッ!」


「……はぁ」


 諦めたようにため息を漏らす蚕お姉ちゃん。


「2人の気持ちはよくわかったわ。このバームクーヘンは、結婚挨拶の手土産ってことね」


「それくらいのつもりでって意味じゃそうだよ。結婚って互いの両親に2人の関係を認めてもらわなくちゃできないだろ。だから、蚕お姉ちゃんが親代わりみたいな?」


「……そっか。あたしは、あなたの味方――あなたたちの味方だから、その気持ちは否定したりしないわ。だから、頑張って、優也くん、優梨ちゃん」


 蚕お姉ちゃんが笑って、俺たちの関係を認めてくれた。

 けど、その笑顔はどこか痛々しくて、無理に明るく努めてくれていることがわかる。


「「蚕お姉ちゃん……!」」


「あたしは、2人を見守るために先生になったから、これからも2人の成長を近くで見守らせてね」


「2人じゃなくて、主にお兄ちゃんでしょ?」


「優梨ちゃん~! こ、これからは、お姉ちゃんとして親代わりとして、2人のことをちゃんと見守るからっ!」


「はは、ありがとう。これからもそうしてくれるなら、すごく嬉しいよ」


「でも、高校在籍中は、いやらしいこと禁止! これは約束よ?」


「え~、お兄ちゃんとイチャイチャしたいよ~!」


「だ~めっ! 在学中に子どもができたら大変じゃない。あたしの目の黒いうちは健全なお付き合いをしてもらうから」


「だってよ、優梨」


「お兄ちゃんのほうが我慢できるのー?」


「うぅ……」


「んふー」


「2人ともだからね! よし、これで今度こそお話はおしまいよね?」


「あ、ああ、そうだけど」


「私服ってことはデートの途中に寄ってくれたんでしょ? あたしは、書類が立て込んでるから、デートに行った行ったっ」


「わ、わぁ〜! か、蚕お姉ちゃん?」


「お、おう!」


 押し出されるように、進路指導室から退室させられる。


「蚕お姉ちゃん、急にどうしたんだろうな?」


「たぶん――」


「っっ、んん〜〜……! あ、たしだって、優也くんのこと、優也くんのこと……っ!」


 扉を隔てて聴こえた、蚕お姉ちゃんのすすり泣く声は、ひとつの恋が終わった瞬間だった。

蚕お姉ちゃんと和解した多知川兄妹!

いよいよ次話(4月21日0時投稿)で最終回!!

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