2.結婚挨拶の手土産を探して
意識が身体に融けこむ。
すぐに、右下辺りに視線を動かすが、【SAVE】、【LOAD】、【Q.SAVE】、【Q.LOAD】の単語が見当たらない。
真っ正面を見つめても、選択肢が浮かび上がることもない。
「現実に戻ってきたんだ……!」
視界にゲーム要素が一切存在しないことを確認して、胸をなでおろす。
次は状況確認だ。
スマホは5月5日午前10時を示し、俺は最寄り駅前の広場にある時計台下に立っている。
ということは――。
「お待たせ、お兄ちゃんっ」
「――」
目の前に天使が舞い降りた。
黒く艶のある髪を一房にまとめた、サイドテールが印象的な女の子――多知川優梨。俺の最愛の妹にして、恋人。
「全然、待ってない。いま来たところだ」
「デートのことじゃなくて、ほら、あの……」
「ゲーム世界でのことだろ? 待ってない。逆に待たせてごめんな」
「待ってない。……全然、待ってない。お兄ちゃんが迎えに来てくれて、すごくすっごく嬉しかったよ!」
俺に駆け寄り、ぎゅ〜っと抱き着く優梨。
全身に伝わってくる、このむっちりとした感触。最愛の人が、腕の中にいるという安心感。
「好きだ、優梨。愛してる」
「うん、私もお兄ちゃんを愛してるよ」
「もう絶対に離さない。これからもずっと一緒だからな」
「うん……うんっ!」
愛し合う2人が抱き合えば、自然と愛の言葉が漏れ出てしまうのは仕方のないこと。
しかし、ゴールデンウイーク中の家族連れでごった返す最寄り駅前の広場で、そんなことをしていれば、注目を浴びてしまうことも当然のことで――。
「みんな、俺たちのこと見てる」
「ん……?」
「ま、俺たちの世界は2人だけで完結してるから、どう見えようが関係ないけどな」
「んふー、お兄ちゃんからそう言ってくれるなんて珍しいね」
「それくらい優梨に会えなかった日々が、触れ合えなかった時間が寂しかったんだよ。そう言う優梨はどうなんだ?」
「寂しかったよ。でも、いまはね、お兄ちゃんとこれから過ごす時間がいっぱいい~っぱいあるんだ~って思ったら寂しい気持ちも飛んでいっちゃった、えへへ」
「可愛いやつめ」
「それも、蚕お姉ちゃんをどうにかしない限りは、その時間もなくなっちゃうんだけど」
優梨は、天使の微笑みを浮かべていたかと思えば、俺のこととなるとすぐに悪魔的思考を働かせようとする。
「どうにか、じゃなくて! 普通に謝って許してもらうだけだぞ。そこは勘違いするなよ?」
「わ、わかってるもんっ」
「わかってるんなら、蚕お姉ちゃんとの因縁をささっと片づけちまおうぜ。2人きりでらぶらぶちゅっちゅぅしたいし」
「んふ~、お兄ちゃんってば~! じゃあ、蚕お姉ちゃんとのことが終わるまで、お預けだね?」
「おーし! そうと決まれば、張り切っていくぞ!!」
優梨の手を取り、一先ずはショッピングモールへ。
「ど、どうしてここに……? 下準備をするの?」
「優梨が下準備って言うと何か物騒だな」
「事実そういう意味で質問したよ。丸腰でいったら、返り討ちにあうかもだし」
「いやだからな、挨拶に行くんだって。結婚挨拶に手土産は必要だろ」
「蚕お姉ちゃんは、私たちの関係を認めてくれるのかな……?」
「弱気だな。優梨の場合、用意周到に練られた計画で相手を出し抜いて、頭脳戦や心理戦に持ち込むことがほとんだったし、しょうがない気もするが」
「ほんとだよ、謝って許してもらうなんて正攻法、私じゃあ絶対思いつかないもん」
「ま、伊達に学校の先生を志してなかったからな」
「シルヴィーちゃんと一緒にいたくて勉強頑張ったりしてたもんね」
「言い方ぁ!」
含みのある言い方をしやがって。そりゃ、優梨のことを忘れて、シルヴィーと一緒にいたい一心で頑張ってたけど……。そういうルートだったじゃん!
……ごめんなさい。言い訳です。
「いまはどうなの……?」
「検討中。将来のことは、優梨とちゃんと決めたいからさ」
「そっか。んふー、その話も蚕お姉ちゃんを説得したあとに、だね」
「おう。まずは結婚挨拶の手土産を何にするかだけど」
「蚕お姉ちゃんは、お兄ちゃんがくれるものなら、なんでも喜んでくれると思うな」
「その、なんでもが難しいんだが」
「深く考えて選んでも、なにかあるんじゃないかって相手に深読みされちゃうし、インスピレーションでいいんじゃない?」
「じゃ、これでいっか」
目についた、バームクーヘンを手に取る。値段は高くも安くもなく、相手を気遣わせないちょうどいい値段だ。
「結婚挨拶として選ばれることも多いし、無難な選択でいいと思う。ちなみにゼクスゥー情報だよ!」
「なんで結婚の情報誌なんて読んでんだよ……」
「お兄ちゃんとの将来のために、かな?」
なんて楽しくやりとりをしながら、会計を済ませて、ショッピングモールを後にする。
「このまま蚕お姉ちゃんのところに行くの?」
「ああ。早いに越したことはないだろ。時間を置いて、引き返せないことになっても困るし」
「蚕お姉ちゃんの所在は掴んでるの?」
「全然。わからん」
「行き当りばったりなんだから。たぶん学校なんじゃないかな、誰かさんのために進路のことで頭を悩ませてると思うよ」
「本当に生徒想いだな、蚕お姉ちゃん――米倉先生は」
「わかってないかもしれないけど、お兄ちゃんのことだからね」
「あ、俺か。あー、いままで優梨の将来のことばっかで、進路をロクに考えてなかったから本当に申し訳ないことしたな」
「私は嬉しいけどね! それじゃあ、いこっか。結婚挨拶をしに」
「蚕お姉ちゃんに絶対認めてもらおうな!」
俺の味方だって宣言してくれた蚕お姉ちゃんだ。
俺たち2人の想いをぶつければ、きっと――。




