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1.妹と再会

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 背景には、見慣れた三途の川が流れていて、目の前には黒塗りの立ち絵――ではなく、セーラー服に白衣を羽織った優梨が待ち構えていた。


「久しぶり、優梨。お前に見捨てられて以来だな」


 現実とゲーム世界での針の進みが同じとは限らない。

 ただシルヴィールートで約1年、奈々さんルートで約1年半過ごした俺からしてみれば、久しぶりであることに間違いない。


「うん、久しぶり……」


 鈴音が響くような綺麗な声にもかかわらず、Y2の電子音のような感情のない声。

 この状況は、優梨の望むものではなかった。それだけはよくわかる。


「兄妹の再開に、ひとまずらぶらぶちゅっちゅぅしたいところだが」


「全部思い出したみたいだね。私たちが付き合ってたことも」


「忘れるはずないんだよなぁ……。シルヴィーのルートでも思い出したのに、強引に忘れさせやがっても」


「奈々ちゃんルートだと、奈々ちゃんに助言してもらって、やっと思い出したのに?」


「くぅ……!」


 痛いことを突かれて、口をつぐむ。


 優梨を愛すと言いながら、そのことを忘れて他の女の子に現を抜かしていたのは事実。奈々さんルートに関しては、一切思い出すことができなかったなんて優梨の恋人として一生の不覚。


 考察の域はできないが、奈々さんルートにおいては、俺の記憶に何らかの細工したのではないかと思っている。優梨が策を講じず、同じ過ちを繰り返すとは思えない。


「そんなお兄ちゃんが、私になんの用かな?」


「言葉にしないとわからないか? 俺のことを隅々まで理解してくれている優梨なら、察してくれてると思うんだが」


「わからない。わかりたくない。……お兄ちゃんの幸せのために気持ちを殺して頑張ったのに、それを無視する人のことなんて」


「俺の幸せってなんだよ。俺の幸せが、優梨以外の誰かと生きることだってのかよ」


「……そ、だよ」


 歯切れの悪い返事をする優梨。

 俺が、優梨以外の誰かと幸せになる結末は、奥の手だったんだろうな。こんな悲しそうな表情をしている優梨が、望んで選択したなんてありえない。


 妹に望まない選択肢を選ばせてしまったことに、悔しさが募る。

 でも、まだ終わったわけではない。俺たち兄妹が手を取り合い、リスタートできる――。


 そのためにも、まずは優梨の攻略からだ。


「優梨なら、知ってるんじゃないか。俺の幸せが何か」


「知ってるよ。お兄ちゃんのことは隅々まで理解してるもん」


「それなら、お前の選択は、俺の幸せに反するんじゃないのか?」


「でも、それはお兄ちゃんが生きてこそじゃん!?」


「じゃあ、優梨の幸せはどこにある? 優梨は、俺が他の誰かと仲良くしている姿を傍観して、心から幸せになれたか?」


「っ……」


「なれないだろうな」


「そうだよ!? お兄ちゃんを、シルヴィーちゃんや奈々ちゃんに取られて、綺麗な気持ちで、おめでとう、幸せになってね、なんて思えるはずない!」


 奈々さんは言った。

 家族のために自身を顧みない俺が、優梨と重なるって。


 はは、面白いくらいにその通りだな。


「そう思っちまうのは、優梨の言う俺の幸せに、最愛の恋人がいないから。最愛の妹が幸せになってないから。だから、優梨の恋人として、兄として、そんな結末を認めるわけにはいかない」


「じゃあ、どうすればいいの! お兄ちゃんが死んで、私も死んで……それをいっぱい経験したよね!? どうすることもできないってわかったよね……?」


「なあ、優梨――1つで試してないことがあるだろ?」


 優梨が新たな未来(ルート)を見出せるように、努めて明るい声で、希望(選択肢)を指し示す。


「……?」


「悪いことをしたときは?」


「謝、る……?」


 俺の、子どもにするような問いかけに、自信なさげに答える優梨。


 正解を答えられた優梨を褒めるように頭に手を添えて、


「そう、さすが優梨、いい子に育ったな」


「そんな方法で上手くいくはずない! 許してもらえるはずないじゃん!」


「許してもらえるまで謝るんだよ。そのあとに俺たちの関係を認めてくれるようお願いする。結婚挨拶と同じ、正攻法な作戦だろ?」


「結婚、挨拶……」


「俺たちの肉親は、もう蚕お姉ちゃんしかいないしさ、結婚挨拶ってイベントやってみたくないか?」


「やってみたくないかって、そんなノリで……」


「2人の関係を誰かに認めてもらうのって嬉しいだろ。俺はすごく嬉しいぞ!」


「……うん、私も嬉しくなると思う」


「俺の幸せは、優梨と愛し合うこと。それが叶う手立てがあるなら、やってみたいくないか?」


「上手くいかなかったときは?」


「そのときは、あなたを殺して、私も死ぬ――ってやつ? 2人で一緒に死のうぜ」


「……!」


 優梨は、ビクッと驚いた顔をしながらも、だんだんと色艶がよくなる。表情も柔らかくなり、笑顔を浮かべるようになって、すごく嬉しそうだ。


「どうかな?」


 優梨は、様々なルートで、俺を何度も殺してきた。俺を殺すことに躊躇うことはなかった。

 だが、きっと優梨以外の誰かに殺されることは本当に嫌で、自身が死ぬことで、俺が他の女の子と幸せになるという奥の手に出たのだ。


 ――だから。


 俺が優梨に殺されればいい。

 俺が優梨を殺せばいい。


 これが蚕お姉ちゃんへの結婚挨拶に失敗したときの、俺の奥の手だ。


「んふー、お兄ちゃんがそこまで言うなら頑張ってみようかな! 私もお兄ちゃんと幸せになりたいから」


「おう。だから、このゲームの世界は終わりにしよう」


「お兄ちゃんと一緒に死ねるなら、もういらないもんね」


「死ぬのを前提にすな。まず蚕お姉ちゃんに謝罪して、それが上手くいかなかったらって話だろ」


「えへへ、そうだった」


「俺たちなら、絶対2人で幸せになれる!」


「うん! 私たちの愛のパワーで幸せになろうね!」


 真の結末(Tureエンド)を目指して、多知川兄妹が指を絡める。


 さあ――平凡で平和な、けど、ものすごく楽しかった日常を取り戻そう。


 暗転。

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