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5.小学生のころの夢

 シルヴィーのおかげで、1学期の成績は可もなく不可もなくで済み。無事に高校最後の夏休みを迎えられた、ある日のこと。


 進路相談室で、米倉先生のこうして向き合うのは何度目のことだろう。


 ほとんどの高校3年生が進路に向けて奮闘し、中にはAO試験で進路を確定させるやつもいる中――。

 俺はいまだに何も考えることができていなかった。


「シルヴィーちゃんとの同棲生活どうかしら?」


「そんなこと聞くために呼び出したんすか……?」


「え、違う違う! まず世間話からって思って!」


「世間話で高校生の同棲生活を聞く先生がいます? 不純だって叱るためならまだしも。てか、なんで知ってるんですか?」


「シルヴィーちゃんから聞いたのよ!」


「ですよねー」


 シルヴィーは、米倉先生のことをかなり信頼しているようで、相談事はほとんど彼女にしている様子。

 米倉先生は、親身に話を聞いてくれるし、それも当然か。多忙の中、見捨ててもしょうがない成績不良進路未確定生徒の相手もしてくれるわけだし。


「本当は、同棲なんて早い! って注意したいところだけど」


 いま米倉先生が熱弁しているのは進路とは一切関係ないことだけど。


「同棲ってより通い妻のほうが正解な感じはするけど」


「優梨ちゃんが亡くなって瘴気がなくなってたあなたが立ち直って、成績も上がってきてる」


「たしかにシルヴィーのおかげですね」


「彼女と過ごすことで、いい方向に向かってると思うから。しばらくは様子を見るわね。頑張れ、優也くん!」


「たまには、先生らしいことも言うんだ……」


 全部にNoではなく、生徒の視点、生徒のことを想って、背中を押してあげることができる。これも米倉先生の魅力だ。


「いつも言ってるでしょ、も〜!」


「ははは……」


「笑って誤魔化されないんだから!」


「ごめんなさいごめんなさい」


「それじゃあ、本題っ」


「あーはい。進路っすよね……」


「なにかやりたいこと思いついた?」


 俺の浮かない表情に察しはついているみたいだけど、 聞かずにはいられないよな。


「何も思いついてないすね……。でも、シルヴィーと進路の話をして、俺も考えないとなって思いました」


「じゃあ、シルヴィーちゃんの夢も聞いてるかしら?」


「インターナショナルスクールの先生、ですよね?」


「そう。優しくしてもらった優也くんみたいに、異国の地で困ってる子の力になりたいって。すごく素敵よね」


「俺が小1のときですし、無邪気とかいうか正義感だったというか……。あんまり深く考えてやったわけじゃないとは思うんですけど」


「それでも、そんなあなたの行動が一人の人間に影響を与えた。すごいことよ!」


「あ、ありがとうございます……」


「優也くんはないの? 小さいころの夢とか。誰かに影響されてこうなりたい、あれをしたいって思ったこと」


「お、俺……!?」


「まあ、優也くんに影響を与えられそうな相手は1人くらいしかいないでしょうけど」


 ――優梨。


 そうだ、俺に影響を与えられる人間なんて優梨以外にいない。


 そういえば、小学校のころに優梨と夢の話をしたな。

 あれは、俺が小学2年生で、優梨小学1年生に成り立ての春のこと――。


 ………………。

 …………。

 ……。


「お兄ちゃんの夢って小学校の先生なんだ……?」


 学校で配布されたプリントを眺めていた優梨は、急にそんなことを呟いた。


「うん、そうだけど」


 プリント――4月のクラスだよりに"みんなの自己紹介"という記事を訝しげに見つめていた。

 その中の「あなたの夢はなんですか」という質問についての疑問だったんだと思う。


「先生って、すごく大変だよ? 忙しいから、私と過ごす時間もなくなっちゃうかもだし……」


「大変……」


「お兄ちゃんも私と過ごせなくなっちゃうのはいやでしょ?」


「絶対、嫌だ……! 優梨のお世話だけは自信があったからできそうだなって思ったけど……難しそうだな」


「……! できる! きっとできるよ……!」


 否定的な言葉から一転、落ち込む俺を笑顔にしようと力強く話す優梨。

 この時期の俺は、父さんに優梨とのデキを比較されて自分を見失っていたから、俺の自己肯定感を高めるために必死になって肯定してくれた。

 それに俺の夢の一端を担っていたことが嬉しかったのもあるんだろうな。


 けど、当時の俺はそんなことはつゆ知らず、


「い、いいって。勉強を教えるなんてできないし」


 と諦めていたが、


「先生はお勉強を教えることだけがお仕事じゃないよ? 子どもたちを見ることも大事なお仕事っ」


「そうか……?」


「すっごく優しくて、頼りになるお兄ちゃんだったら、きっと素敵な先生になれるもん!」


「素敵な先生、先生か〜!」


 優梨の鈴の音のような心地よい声が脳に入って、平凡な俺にもできるかもしれないという自信が湧いてきた。


「優梨と過ごす時間がなくなっちゃうのは……結婚したら解決できるよな?」


「私の夢を叶えてくれるの……?」


 優梨の夢はいまも昔も変わらない。

 こんな平凡な兄を変わらず、好いてくれることがすごくすごく嬉しかったことはよく覚えている。


 だから、


「もちろん! だって、俺は優梨のお兄ちゃんだぞ?」


「んふー、お兄ちゃん、だ〜いすき!」


 彼女は、俺が幸せにしよう!

 そう、子どもながらに思ったのだ。


 ………………。

 …………。

 ……。


 優梨を幸せにする――。


 いまはもう叶えることのできない夢だけれど。

 優梨のおかげで生まれた夢は、叶えることができる。


「なにか思い出したかしら……?」


「……はい」


 これまでは優梨を言い訳になあなあにしてきた進路だけど、米倉先生の質問に堂々と頷くことができた。


「じゃあ、なにをするべきかはわかってる?」


「とりあえず勉強っすね。先生、時間あるときでいいんで勉強を見てもらってもいいですか?」


「やる気のある生徒は大歓迎よ!」


「ありがとうございます……!」


「でも、あたしだけじゃなくて、シルヴィーちゃんにも見てもらったら? 小学校の先生はなにも日本である必要はないでしょ?」


「……そうですね、今年は難しいかもしれないですけど、いつかシルヴィーと一緒に――」


 シルヴィーと一緒に過ごしたい。

 彼女と生活していく間に育まれていくこの想いは、信愛か、はたまた深愛か。いまの俺には、まだわからない想いだけど、大切にしたいと思った。

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