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2.妹と手を繋いで登校(遅刻寸前)

 俺と優梨は手を繋ぎながら、通学路を駆け抜ける。


「お兄ちゃんんんっ……休ませてぇ……」


「休ませてやりたいのはやまやまなんだが、もうヤバいんだ。急がなきゃ、ほんとに、遅刻する……!」


「イチャ、イチャしてた……から……。しょうがないよお……」


「イチャイチャ言うな。兄妹らしく仲良く遊んでただけだろ!?」


「お医者さんごっこを、してたんだっけ……?」


「んなわけ、あるか! はぁ、はぁ……まだ元気が有り余ってるようだな、優梨」


「ぜんぜんっ、うぅ……これっぽっちもっ、なぁいぃ……」


 優梨の手を引き、彼女に合わせて、無理のないペースで急ぐ。


 優梨は、200mを走ったくらいで弱音を吐き、400mを過ぎた辺りから息が切れて苦しそうに呼吸していた。残り300mほどあるのだが、優梨の体は保つのだろうか。


 本人曰く、運動音痴らしい。小学校の頃は、6年連続でリレーの選手に選ばれていたのに何があったのやら。


「お前、こんなに運動苦手だったか?」


「んっ。……小学校を卒業してから、全く、運動ぅ、をっ……しなくなったから……」


「そうだよな。小学校の頃は、どのスポーツも、やってる人以上に上手くて、ヤバかったもんな。すごかったもんな」


「お兄ちゃん、語彙力なさすぎぃ……。ぁ、んはぁ、はあぁ〜〜……」


「お前と違って、出来の悪いバカな兄でわるかったよ。って優梨……」


 呼吸が乱れ、足を引きずりはじめた優梨。もう限界のようだった。


 ……しょうがない。俺もキツいけど、やるっきゃないか。

 繋いでいた手を離して、その場にしゃがみ込む。


「え、なに。どうしたの、お兄ちゃん……?」


「乗れ。兄として、これ以上、妹に無理させられない」


「乗るって、ぇ、あっ、の……お兄ちゃんの背中に? おんぶしてくれるってこと……?」


「そうだ。さあ、はやく」


「うん、お兄ちゃんっ! いっくよー」


 優梨の疲労に歪んだ表情が、ぱあっと明るくなる。


 現金な奴だな、優梨は。けど、喜んでくれてるって一目でわかるから、それはそれで安心しておんぶできる。


「よし、バッチこい!」


「ていやーっ」


「よっと、ってあぶね!? 危うく倒れるところだったんだが……。ゆっくり乗ってくれよ、優梨」


「えへ、ごめんなさーい」


 勢いよく背中に飛び乗ってきた優梨を受け止め、難なく立ち上がる。


 軽い。ちゃんとおんぶできているか、心配になるほど重さを感じない。

 しかし、首に回された優梨の腕と、俺の手が支えているふっくりとして柔らかいお尻が、妹が背中にいることを教えてくれた。


「動くからな。ちゃんと掴まってろ」


 優梨の返事を待つことなく、走る。

 学校まで残り200m。ただ走りより負担が大きいが、この距離なら我慢できそうだ。


「ふぅ……んふぅ……。ねぇ、お兄ちゃん」

 

 乱れた呼吸を整えた優梨。校門が見えてきたところで、何かを伝えたそうに俺の耳元で囁いた。


「なんだ、妹。くすぐったいから、おんぶしてる間は話しかけてほしくないんだが」


「さっきさ、小学校を卒業してから、ぜんぜん運動をしなくなったって話したよね?」


「ああ、らしいな。すぅ……」


「なんでかわかる?」


「ふぅ……わからん」


「そうだよね、ふふん。あのね、これはお兄ちゃんのためなんだよ。私とお兄ちゃんの幸せな未来のため」


「どういうことだ? すぅ……はぁ……」


 呼吸の合間に、優梨の言葉に短い相槌を打つ。おんぶしながら走ることに精一杯で、素っ気なく見える反応しかできない。

 その兄の苦労を感じ取っている妹は、とくに不快に思うことはなく。それどころか、背中に胸をひっつけて、より密着してきた。


 背中に感じる妹の高鳴る鼓動。耳元で吹き抜ける甘い吐息。腰を挟み込んでくる肉つきがよくむちむちしたふともも。

 妹がくれる感触は、どれも気持ちがよかった。


「お兄ちゃん……? 息が荒くなってるけど、大丈夫?」


「はぁ、はぁ、はぁ……んはぁ……? マジか。気のせいだから、気にすんな」


「そう?」


「そうだって。だから、お前と俺の幸せな未来のため、ってのが、どういうことなのか教えてくれ」


 妹相手に興奮していることを悟られないように話題を戻す。


 妹に興奮したなんて気付かれたら、兄として立つ瀬がなくなる。死んだ両親にも合わせる顔がない。

 はぁ……。なんでこんな魅力的な女の子に育っちまったんだよ、全く……。


 そんな兄の苦悩を知らないであろう妹は、会話を続ける。


「お父さんお母さん、親族の人、みーんないなくて……お兄ちゃんは、男手1つで私を育ててくれたよね? だから、お金をいっぱい、いーっぱい、稼いで、お兄ちゃんを養ってあげよーって思ってて……いまはそのためのお勉強に集中してるの」


「勉強時間が惜しいから、部活にも入らなかったのか」


「部活のことはそれも理由だけど……入部なんてしたら、お兄ちゃんと一緒にいる時間が少なくなっちゃうでしょ?」


「お前、俺が大好きすぎるだろ!?」


「うん、大好きだよっ」


「即答かよ……。それと一応言っておくが、妹に養ってもらうつもりはないぞ。卒業したら、就職するって決めてるからな。優梨を大学に行かせてやりたいし」


「なんでなぁんでーぇ! ニートになれるんだから、いいじゃんっ」


「ニートがいいわけあるか。優梨にだって、好きな人ができて、そいつと結婚する日がくるかもしれないからな」


「それは絶対にありえないかなー」


 校門をくぐったところで、優梨を降ろしてやり、兄妹揃って向き合った。


「ありえないってどういう意味だよ。独身を貫くってことか?」


「違ぅ」


「俺が大好きじゃないってことか?」


「違うよん」


「結婚したくないってことか?」


「違うっーてぇー」


「じゃあ、なんだよ。違うの一点張りじゃ、わかんないだろ」


「わかんないかー。そっかそっか、それじゃあ、教えてあげないとだね、えへへ」


 優梨は柔和な表情をつくって、それがさも当然であるように――。


「私は、お兄ちゃんが好きなの。だから、お兄ちゃん以外を好きになることはないよ」


「いや、でも……な……?」


「一緒にいたいって思うのも、お兄ちゃんが好きだから。そのために働いて、お兄ちゃんを養ってあげて……そしたら、お兄ちゃんは仕事をしなくて済むし、私のそばにずっといられるようになるでしょ……? ずーっと、いーしょっ、だよね?」


 重圧と大差ない愛情をぶつけられる。

 重い。おんぶするには、難しいほどに。脚が震えて、立つことすら敵わないほどに。


 いますぐ逃げ出さなければ、愛情に押し潰される――そう思ったときには、優梨を置き去りにして、下駄箱の方へ走り出していた。


「なんだよ、なんだよ、なんなんだよッ! 俺たちは兄妹じゃないのかよ……!?」


「あ、お兄ちゃんーっ。あーあ、行っちゃった。お話まだ終わってないのになー」


 優梨に潜む闇――その片鱗を垣間見た気がした。

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