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n.数え切れないほどのBad end 優梨side

 セーラー服に白衣を重ねた女の子――私、多知川 優梨は、三途の川が描かれた壁紙を眺めて意気消沈する。


「お兄ちゃん」


 Y2と名乗っていた頃の感情のない声色はどこへやら、鈴のような甘い音を響かせて愛しい人を呼んだ。


「私はただお兄ちゃんとの幸せを望んだだけなのに……」


 お兄ちゃんの死を何度繰り返したことだろう。


 シルヴィーちゃん、奈々ちゃんを味方にしても上手くいかず。


 その後も、警察を頼ったり、逃避行したりなど、あらゆる手を尽くしたけど、何の成果も得られないままバッドエンドを迎えていた。


「私のせいだよね……? ……きっと、そう」


 私と恋人関係になったことで、お兄ちゃんは死から逃れられなくなかったことを認めざるを得ない。


「私がいなくなれば。……シルヴィーちゃんや奈々ちゃんだったら、お兄ちゃんを幸せにしてくれるかな」


 私以外の人間がお兄ちゃんの隣に立つことを想像したくはない。だけれど、2人だったら幸せにしてくれるかもしれないと考えずにはいられなかった。

 

 ………………。

 …………。

 ……。


「よっす、Y2」


「おかえりなさいませ。ぺっこりん」


 黒く塗りつぶされた立ち絵の姿でお兄ちゃんを出迎える。次で最後、次で最後と期待しながら、この姿を見せるのは何度目だろう。


「はは……また失敗しちまったよ。お前の残業を増やしてばっかで悪いな」


 無理に発したような笑い声。お兄ちゃんの笑みは酷く痛々しいものだった。


「Y2のことはお気になさらず。ぷいぷい。今回のルートの難易度の高さは重々承知していますから」


「優しいじゃんか。残業がどうのって口にしてた奴と同一人物とは思えねぇ」


「失礼が過ぎます。ぷんすくぷんすく」


「それに声音がなんか優しくないか?」


「――」


「普段通りの電子音で抑揚があったもんじゃないんだけどさ、心配してくれてる感じがスゲェ伝わってくるんだよな」


「……」


「勘違いだったら、恥ずいな。忘れてくれ」


 容姿に声に振る舞いとガラリと印象を変えているのにもかかわらず、私の心を見透かすお兄ちゃん。私の恋心には知らぬ存ぜぬで通すのに、こういうときだけ。


 ほんとお兄ちゃんには敵わないなぁ……。そんな優しいお兄ちゃんだから、私も決心できたよ。


「提案があります。ばばん。妹を諦めませんか?」


「は?」


「妹を諦めませんか?」


「いや、二度言わんでも聞こえてるわ。……けど、俺がはい、諦めますと頷くとでも思ったかよ」


「Y2は、妹ルートでハッピーエンドを迎えるのは困難であると考えています。残念ですけれど。がーん」


「困難ってことは不可能じゃないってことだろ」


「数百回挑戦してもハッピーエンドを迎えることができないことを考えると、そもそもないという可能性を考慮しなくてはいけません。うむうむ」


「……ないならないでいいさ。いや、ま、実際はこれっぽっちもいいはずないけどさ。バッドエンドしかないってんなら、俺と優梨が満足できる終わりを見つける」


「バッドエンドに満足できる終わりなんてあるんですか。きょとん」


「俺らは愛し合ってるんだ。どうせ死ぬってんなら、2人一緒がいいってのは思うよ」


「……」


 わからない。


「……」


 言っている意味がわからない。


「……Y2?」


 わかりたくない。


「…………」


 あなたを殺して、私も死ぬ――なんてセリフがあるけれど、私が殺すのと、それ以外が殺すのとではわけが違う。


「おーい、真っ黒だから表情が読めねえよ」


 お兄ちゃんの身体の臓器から細胞の細かなところまでを見ていいのは私だけ。それ以外が覗こうだなんて――。


「……いや」


「嫌って何がだよ」


「私はいやっ――あっ……」


「普段冷静に物事を語るお前が狼狽するってのは珍しいな。やっぱり何かあんだろ。こんな提案するなんてよっぽどのことだろうし」


「もうめちゃくちゃ! 私の心も耐えきれない。だから――シルヴィーちゃんと奈々ちゃんのどっちかからメインヒロインを選ぼうよっ。うん、それがいい!」


「何言ってやがる、Y2!? 俺は優梨以外の女の子と……てか、お前もしかして――」


「いまになって気づいても、もう遅いよ。ゲームでの経験も、私のことも全部全部忘れてもらうから」


「おい、ゆ――」


「バイバイ、お兄ちゃんっ」


 お別れの言葉を紡ぐ。

 それが再起動の合言葉となって、世界は崩壊していく。三途の川は消失し、私の姿を隠していた黒く塗られた人型の立ち絵も剥がれた。


「やっぱり優梨じゃねえか! おい、優梨、バイバイじゃねえだろッ! 俺はまだ諦めてねえぞッ!」


「……」


「優梨、俺の声聞こえてんだろ? 何か言ってくれよ」


「…………」


「兄が妹のことを諦めたら、それこそ兄失格だろ。そして、優梨の恋人失格だろ。俺がお前を見捨てられるはずないってことはお前が一番理解してくれてるはずだ。だろ?」


 青が世界を侵食する中でも、必死になって私に語りかけてくるお兄ちゃん。私を見つめる想いのこもった真っ直ぐな瞳に気持ちが揺らぐ。


「……お兄ちゃん」


「おうよ、俺は優梨のお兄ちゃんだ。何かあるんだったら、包み隠さず話してくれや。兄として、力になってやる」


 お兄ちゃんは、胸を張って、無邪気に笑いかけてくれる。

 なんて頼もしいんだろう。お兄ちゃんとの未来に絶望していたのに、一筋の光に縋り付きそうになる。


「お兄ちゃんはずるいなぁ……」


「ズルくはねえだろ。それが兄ってもんだ」


「そっか」


「おう」


「……」


「……」


 一瞬の静寂。


「……ねえ、お兄ちゃん、成長した私はどーかな?」


 お別れを告げたはずなのに後ろ髪を引かれるように、つい質問を投げかけていた。


「は? あ、あぁ……どうったって」


「ねえねえ、どーなのっ」


 思いもしなかった問いにお兄ちゃんは狼狽する。そうして、頭の天辺から足の爪先までを舐め回すように観察して出てきた言葉が――。


「俺一、可愛くて綺麗だ。俺の愛してる人はこんなにも魅力的な女性に成長するんだな」


「ありがとうっ……」


 背は変わらず小さいままで胸もほとんど成長しなかった私の容姿に落胆するのではないかと不安だったけど、お兄ちゃんはお兄ちゃんだった。私を可愛いと褒めてくれるお兄ちゃんのままだった。

 それが嬉しくて、嬉しくて――最後の言葉を絞り出すことができる。


「大きくなった私をお兄ちゃんに見せるのがこれで最後なんて悲しいな。でも、私はいいの。お兄ちゃんは幸せになって。私の分もいっぱい、いーっぱい幸せになってね!」


「俺1人で幸せになんてなれるはずないだろ! 俺にはお前が――」


「んーん、きっと大丈夫! お兄ちゃんにはシルヴィーちゃんや奈々ちゃんがいる……全然1人じゃないよ」


 これを最後に、エラーを起こしたパソコンのブルースクリーンのように視界が青で埋め尽くされる。


 お兄ちゃんが必死になって差し出してくれた手と今更になって伸ばした私の手が重なることはなく。世界はブラックアウトした。


 暗転。

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