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1.世界の修正力

「んぁ……ぁっ……」


「…………。ん……?」


「おにぃ、ちゃぁ……んっ……」


「んっ、ふあ、ぁ……。はぁ……朝からなんだよ、優梨……」


 耳元で囁かれる喘ぎ声が目覚まし代わりになって、俺は意識を取り戻す。


 すぐに隣で寝ていた優梨と視線があった。

 とろんと力が抜けた瞳。艶やかな赤みを帯びた頬。素肌が露出するほど乱れたセーラー服。いまの妹は、尋常ではない様子だった。


「あっ。はぁ……おはよ、お兄ちゃんっ。はぁ、はぁ……っ」


「優梨――」


 ドクン――。


 目と鼻の先にある優梨の整った愛らしい顔に吸い込まれて、死の記憶が頭をよぎる。

 こんなにも可愛くて、兄をものすごく慕ってくれている妹は、兄を1人の異性として愛し、そして――妹は兄を殺した。


 また殺されるかもしれないと思うと、ゾッとする。

 けど、俺が上手く立ち回ることができれば、あのような悲劇が起こることはないはず。目の前にいる彼女はすごく可愛いただ女の子――俺の妹だから。


「な、にっ……?」


「いや、なんでもない。おはよう、優梨……ってどうしたんだよ。息が荒くないか?」


「だ、だってぇ……お兄ちゃん、が……」


「俺がなんだよ? おい、どうした優梨!?」


 頰が真っ赤に熟し、兄を上目遣いで見据える優梨。

 手のひらから伝わる優梨の肌は、妙に冷んやりとして、柔らかい。赤ちゃんのぷにぷにとした柔肌のようだ。


 もみもみ。


「ひゃっ、あぁ……。お兄ちゃんの手が、お兄、ちゃんっ……の、手が……」


「俺の手が……?」


 優梨の言葉に促されて、自分の手の居場所を探す。肩から腕、手へと視線を移していくと、優梨のセーラー服に忍び込んでいたがわかった。


 俺の手が、妹の胸に触れているなんてことはないよな……?


 もみもみ。


「はぁ、あんん……」


 優梨から色気のある喘ぎ声が漏れた。兄が出させていい声ではない。

 全身から冷や汗をかく。


「っ。ふぅ……」


 一呼吸ついて、心を落ち着かせる。


 優梨の慎ましやかな胸から手を離し、状況を整理した。

 なるほど、優梨は俺を起こしにきて、そのままベッドに潜り込んできたのか。それで偶然、手が優梨の胸を弄ってしまったと。


「ざーねんっ。もう少し揉んでてくれてもよかったのになぁ……。異性に揉んでもらうと大きくなるって聞くし」


「家族は異性に入らないだろ。俺たちは兄妹だぞ」


「まぁーねぇ……」


「そもそもなに人のベッドに潜り込んでんだ」


「だって、お兄ちゃんがなかなか起きてくれなくて、だから添い寝しようかなーって。お兄ちゃんの可愛い寝顔を間近で見たいじゃん?」


「俺は男で、お前は女の子なんだぞ。異性のベッドに潜り込んでいいはずあるか」


「さっき家族は異性に入らないって聞きましたけどー? もしかして嘘だったのお兄ちゃん?」


「人の揚げ足を取りやがって……」


「んふー。それに小さい頃は毎日一緒に寝てたよね。恐いことがあると、2人でぎゅーって抱きしめあって、こわいのこわいのとんでいけー、って」


「小さいときの話を持ち出すなよ。もうそんなことする歳でもないんだからな」


 そんなこともあったな、と思いながら、目覚まし時計を見る。

 4月9日8時20分――優梨に殺された日と同じ筋道を辿るのであれば、そろそろ彼女から「問題です。じゃじゃん! いま何時でしょうーか?」と出題され、朝食を食べる食べないの選択肢が出てくるはず。

 けど、いまのところ惨劇のあった日と全く違う道筋を辿っている。妹の胸を揉むなど初体験だ(小さい頃に遊んだお医者さんごっこは含まないものとする)。


 もしかすると、物語の流れが変わって、選択肢が出てこないのかもしれない。まあ、あの日とは別の展開に進むのであれば、それはそれでありな気もする。


「そういえば、お兄ちゃん。問題です。じゃじゃん! いま何時でしょうーか?」


 安心したのも束の間、予想通りの質問が投げかけられた。

 キタ! これで俺の作戦を始動することができる。


「8時20分」


「せいかーいっ。よくわかったね」


「まあな。そんな感じがしたんだよ、俺すげぇから。そんで、朝食はどうする? 今日始業式だし、急いだ方がいいよな。でもな……優梨はどうしたい?」


 話す間を与えることなく、矢継ぎ早に口にする。


 これこそ俺の考えた作戦。優梨に朝食を食べるか、食べないかを答えさせることで、選択肢を出させない。俺が選択肢を選ばなくていい状況にする。そうすることで、優梨が望む通りにすることができる。


 いける。これで死から逃れられる。


「お兄ちゃんが決めて。私は合わせるから」


 しかし、世界の修正力には抗えなかった――。



▶︎朝食を食べずに登校する


▶︎先生に怒られることを覚悟で朝食を食べる



 俺が予期していなかった優梨の答えに、世界は予期していたかのように選択肢が浮かび上がった。


 これがY2の言っていた世界の修正力か……?


 世界には、修正力がある。運命が歪められた際に稼働し、元の歩みに戻される。運命の改変を試みたところで意味がないということだ。

 だから、唯一の手段である選択肢からは逃れられないし、世界を作り変えるには、有効活用するよりほかないだろう。


「Y2に言われた通りにやるっきゃないな」


 右下辺りの【SAVE】に触れる。すると、目の前に縮小されたウィンドウ――セーブ画面が開いた。

 セーブ画面には、ファイルが縦4×横5の20個あり、No.1のファイルにこれまでのデータを保存する。



No.1

4月9日 8時20分 自宅

▶︎朝食を食べずに登校する


▶︎先生に怒られる朝食を食べる



 ついでに【Q.SAVE】にもタッチし、データを保存しておいた。


 【Q.SAVE】は、ウィンドウを開くことなく保存できる。そのため、セーブ画面を開き保存するファイルを選ぶ【SAVE】と違い、手さえ動かせる状況下にあれば、すぐに保存を行えるのだ。

 ただ【Q.SAVE】は、保存できるデータが1つと限られているため、新たに保存しようすると前のデータに上書きをしてしまうのが難点である。


 それで、この選択肢の答えだが――。


「学校に行くぞ。急げばまだ間に合うかもしれないからな」


 あの惨劇は、フォッセから貰った食べ物を口にしたことが原因だ。だから、学校に行くくらいなら問題ない。

 それに死を気にしてばかりで、自分たちの人生ががんじがらめになっては意味がない。そのような考えがあっての選択だった。


「……そう、だね。走れば、まだ間に合うかもだもんね。でも、運動音痴の私が一緒だと足手まといになっちゃうから、私を置いて先に行って、お兄ちゃんっ」


「そんなわけに行くか。まだ間に合う。俺が間に合わせてみせる!」


「お兄ちゃん……っ」


「優梨……!」


 なんて寸劇に貴重な時間を費やし、兄妹はギリギリ間に合わないくらいの時間になって、やっと家を飛び出したのだった。

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