6. 妹と帰国子女のお出かけ 優梨side
シルヴィーちゃんに誘われて、彼女のバイト先の洋菓子店『シュガーメアリー』までやってきた。
お兄ちゃんと一緒に下校することが習慣になっているため、断るつもりだった。だけど、お兄ちゃんに背中を押されて、仕方なく、ほんとに仕方なく、放課後の大切な時間をシルヴィーちゃんと過ごしている。
でも、最後に見たお兄ちゃんの訝しげな表情と「よし、俺も頑張らないとな」という気合いの入りよう。
私に秘密でなにか企んでいることが想像に難くない。すごく怪しい。ほんとはいますぐにでもお兄ちゃんのそばにいたいけど――。
「ユーリ、ユーヤのことを考えているんですか?」
「そう、だね。ちょっと気になることがあって」
「でも、甘いものを食べる時間だけでも、ユーヤのことは忘れてほしい、です」
「そだよそだよ。シルヴィーちゃんの言う通り、じゃんじゃん頼んじゃって。彼女の給料から差し引いとくから、代金のことは気にしないで大丈夫」
「んっ。ユーヤのこともお金のことも気にしないで。遠慮は大丈夫、です。ユーリが甘いもの大好きって知ってますから」
お兄ちゃんに気を取られている私に、メニュー表を強引に手渡してくるシルヴィーちゃんと洋菓子店の店長。ただの放課後の寄り道程度なのに、2人とも言動が大げさすぎる。
「……」
スマホを手に取る。GPS追跡アプリでお兄ちゃんのスマホ端末の位置情報を確認した。
お兄ちゃんは学校にいる。より詳細に表示してみると職員室にいることがわかる。先生に呼び出されでもしたのかもしれない。
このまま学校に長いすることがあれば、浮気を疑う必要もあるけれど、職員室にご用があるみたいだし、学校にいる間は安心だ。
「苺ムースのドリップケーキとココアで。前に食べたときすっごい美味しかったから」
「かしこまり! 当店の一番人気だからね、味には自信あるよ。あ、そうそう、シルヴィーちゃんの友達限定で飲み物を無料で提供してるんだけど、友達で間違いないんだよね?」
「初耳、です。いつからそんなサービスを? その……ワタシは友達と思ってますけど、ユーリは、」
「関係性を言葉にするんだったら、恋敵が妥当でしょ」
「そう、です……よね」
「……それ以外は認めたくないけど、まあ……友達、とも言えなくないかな。初めてできたほんとの友達……」
「っ……ユーリ」
「ふふ、シルヴィーちゃん、ちゃんと友達だって思ってもらえてるじゃん。よかったじゃないのっ」
「んっ。嬉しい、です。ユーリは日本で初めてできた友達、ですから……うぅ」
「これくらい泣くほどのことでも。しかも、日本で初めてできた友達って、あんなことされてよくそんなこと言えるよ」
「ユーリも恋敵のワタシを初めてできたホントの友達って。ふふっ……ワタシ、幸せ者、です」
私のせいで好意を寄せている相手と離れ離れになったのに、よくも涙を浮かべて喜ぶことができる。自分だったら、なにがあろうと許さない。絶対に許さないというのに。
涙をハンカチで拭い、店長と笑いあっているシルヴィーに呆れてしまう。
その後、注文したケーキと飲み物に加えて、シュークリームやコーヒーゼリーが一緒に運ばれてきた。
「店長、ワタシこんなに注文してない、です」
「サービスだって。遠慮しないで食べちゃって」
「店長……! ありがとう、ございます」
「ごめんなさいっ。こんなにしてもらっちゃって。またお兄ちゃんと一緒に来ますね」
「ぜひ来て! でも、うちは女性のお客様が多いから、イチャイチャは見えないところでね?」
「イチャイチャ……? ユーリとユーヤは見境がないんです、から」
「その……お兄ちゃんの唇がすっごい美味しそうに見えてっ……」
「まあ、カップル層を狙ったメニューやキャンペーンを考えて見ようかなっと思えたから。周りのことは気にせず、ラブラブしちゃって」
「は、はぁ……。ありがとうござます?」
常連客を相手するかのようなVIP待遇。シルヴィーちゃんの友達だから、ここまで良くしてくれているのだと思う。
シルヴィーちゃんはこの短い時間で、私やお兄ちゃん以外にも多くの繋がりを築いてきたんだなぁ……。
小学校の頃は容姿で周囲から煙たがられたり、好きな人に近づくこともままならなかったあのシルヴィーちゃんが、
私は、私はどうなんだろう。
変われたのかな。成長できたのかな。
………………。
…………。
……。
それから、店長さんは接客対応に戻り、私たちはというとスイーツと談笑を楽しんだ。
「お兄ちゃんの小学校の夢知ってる? 小学校の先生だったんだよ。妹のお世話するのは得意だからって。私がお兄ちゃんの夢の一因になれたときはすっごい嬉しかったなぁ」
「ユーヤ、優しくて、面倒見もいいので、小学校の先生になれるかもしれない、です」
「でも、小学校の先生って残業の時間多いから、一緒にいられる時間減っちゃうよね……」
「日本の先生は大変って聞きますね。だからって、あの進路希望調査は少し変、ですけど」
「私との将来をよく考えてくれた進路希望調査だーって思うけどなぁ。専業主婦は私がお兄ちゃんのお世話んしてあげたいから難しいかもだけど、第1希望のヒモ男は余裕よゆうーっ」
「ユーリは男をダメにするタイプ、ですね」
「男じゃなくて、お兄ちゃん限定だから。そこは勘違いしちゃだめだよ?」
「大丈夫、です。わかってますから」
シルヴィーちゃんは、私やお兄ちゃんのことをよく理解してくれているから、お兄ちゃんのことになるとついつい話し込んでしまう。
お兄ちゃんと過ごす時間が一番幸せだけど、友達と一緒にいるのも悪くない。そう思えた。
「そういえば、ユーヤも一緒がよかったですね。ユーヤが一緒のほうが、ユーリももっと楽しいはず、です」
「私をダシにして、お兄ちゃんと遊びたいだけなんじゃないのー?」
「ち、ちが……いません、ね……」
「ほら〜! んふー、シルヴィーちゃんってば、油断も隙もないないんだから」
「でも、ユーヤに朝いきなりユーリと遊びに行ってこいって言われて、少し違和感を感じてて……」
「違和感……」
お兄ちゃんの訝しげな表情が脳裏をよぎる。
「切羽詰まった顔をしていたというか……。ユーリは、ユーヤに放課後予定があることを知ってましたか?」
「なにそれ。知らない全然知らないよっ!」
「ユーリに秘密なんて怪しい、です。何かに巻き込まれてる可能性も」
「お兄ちゃんはいまどこ!?」
GPS追跡アプリを開く。お兄ちゃんのスマホ端末は未だに学校から動いておらず、詳細によれば進路相談室にとどまっていると表示されていて――。
「蚕……お姉ちゃん……」
でも、お兄ちゃんはどこからその情報を……? ここ最近お兄ちゃんが接触した相手は私とシルヴィーちゃんだけのはず。
ううん、仮にお兄ちゃんが、米倉先生が蚕お姉ちゃんだという証拠を掴んでいたとしたら、
「急がなくっちゃ」
「ユーリ!? ユーリどこに行くんですか……!」
「学校。……今日はありがとね!」
「ユーリ……」
5000円を置いて、お店をあとにする。
走る走る。大地を力いっぱいに蹴り上げる。
なのに、どんなに本気で走っても前に進んでいる気がしない。
「こんなことなら、もっと運動しとけばよかったぁ!」
運動不足に嘆く。
小学校6年間でリレーの選手に選ばれ続けたのは過去の栄光。運動や部活なんてしている暇があったら、お兄ちゃんと一緒にいたいから。
でも、いまだけは。いまだけは運動がからっきしな自分が恨めしい。
「は、ぁ、はぁ、おに、いちゃんっ……」
お兄ちゃんが職員室にいることを確認してから50分は経過している。お兄ちゃんになにかあったとしたら、もう……。
「杞憂で済んでくれた、ら……?」
学校に近づくにつれて、サイレンの音が高らかに鳴り響く。
救急車が私の真横を通り過ぎ、校門前には数台のパトカーが並んでいた。
「蚕お姉ちゃん。……蚕お姉ちゃんなんでしょ!?」
「き、君……! やめないか」
パトカーに乗り込もうとしていた蚕お姉ちゃんの胸ぐらを掴む。
警察に剥がされそうになるが、蚕お姉ちゃんを離さない。
「お兄ちゃんになにをしたの! さっきの救急車にお兄ちゃんが乗ってるなんて言わないよね!?」
「…………ごめんなさい、優梨ちゃん」
「……」
蚕お姉ちゃんの謝罪の意味を理解した瞬間、身体全体から力が抜ける。蚕お姉ちゃんを掴んでいた手も空を切り、その場に座り込んだ。
「……どうして、どうしてッ! 私もお兄ちゃんもいまがすっごい幸せなのに……あなたたちは、あなたたち多知川家の人間はいつもそう!!」
「どちらかが死んでたら、優也くんが死ぬこともなく、幸せな未来があったのかもしれないわね」
「あなたの口からそんなこと聞きたくないッ!」
私とお兄ちゃんの2人が一緒にこそ、2人とも幸せになれる。私がいない未来でお兄ちゃんが幸せになれるはずがない。
死ぬべきは、多知川 蚕――あなた以外いない。




