5.担任の先生に妹との関係を打ち明ける
「ユーリ、放課後デート、です。たくさん楽しみましょうね」
「ただ遊ぶだけでしょ。誤解を招くこと言わないで」
俺は壁に隠れるようにして、下駄箱に向かう2人を見守る。
シルヴィーが話題を振り、優梨が素っ気なく返答する。そんなやりとりの繰り返しだが、シルヴィーは声を弾ませて、優梨はなんだかんだでご機嫌みたいだ。
「ワタシは、放課後デートのつもりですよ。ワタシが彼女で、ユーリが彼女……あれ? どっちも彼女……?」
「私はそういう関係興味ないよ。お兄ちゃんにそういう趣味があるんだったら、考えるけど」
「ユーヤの趣味……?」
考えるな。想像するな。百合を嗜む趣味など俺にはない。
美少女と美女の百合ップルはいい。尊い!
「お兄ちゃん、すっごいニヤニヤしてる……」
「わっ……ユーヤ、です。ワタシたちを心配してくれてるのかもしれませんね」
「私たちの心配をしてるからこその行動だったとしても、品のない笑い方をしてたらねぇ……」
「ぐへへ、という笑い方は、ドラマやアニメなどにしかない大げさな演出かと思ってたので……。ワタシもあれはちょっとない、です」
「はぁ……気持ち悪いなぁ。覗き見がバレてないと思ってるのかなぁ」
「もしかしたら、ユーリが友達と一緒に遊びに行くのが嬉しいんじゃないですか?」
「え? ……わ、私とシルヴィーちゃんは友達なんかじゃないし……」
「そんなこと言って、ホントはユーリも嬉しいんじゃない、ですか?」
「……ぷいっ」
照れを隠すようにそっぽを向く優梨。そんな優梨を追撃するように、シルヴィーは頬をつんつんと突っつき、からかっていた。
はぁ〜! 優梨×シルヴィーは最高だぜ!
「よし、俺も頑張らないとな」
と自分に喝を入れる。
そんな最愛の兄の呟きを、妹は聞き逃さなかった――。
た。
★ ☆ ★ ☆ ★
職員室で小テストの採点をしていた米倉先生を呼び出し、進路相談室に移動する。
進路相談室は、俺と米倉先生の2人きりで内緒話をするのに都合がいい。襲われたときのことを考えると危険ではあるが、油断しなれば大丈夫だろう。
「相談ってなにかしら。昼休みにした進路の件? あ、それともあたしとワンツーマンで勉強する気になった?」
「放課後と休日は妹との予定が。しかも、ワンツーマンだったんすね。俺1人なんかのために仕事増やさなくっても」
「大切な生徒のためだもの。時間は惜しまないわ」
「生徒想い過ぎる。先生に彼氏ができない理由なんとなくわかったわ」
「関係ないでしょう!? 関係ないわよね……?」
「どう、なんですかね?」
彼女が蚕お姉ちゃんとわかってからは、仕事にばかりに精を出し、プライベートはだらしない姉として見てしまう。
実際いまの彼女がズボラなのかは知らない。でも、よく遊んでいた頃の彼女は、俺にいいところを見せようと家事に挑戦しては失敗して、俺が尻拭いをしていた。
「家事ができない女の人のこと好きになっちゃだめだよっ」と忠告してくれた優梨の真剣な表情は忘れられない。
あの頃から蚕お姉ちゃんに対抗意識を燃やしていたんかな? 可愛い奴め。
蚕お姉ちゃんも俺たちのことなんて忘れて、幸せになってほしかった。
「ま、まあ、あたしのプライベートの話はいいのっ。優也くんは、あたしと話したいことがあるんでしょう?」
「ええ。なにやら話せばいいのやら」
「時間はたっぷりあるわ。採点なんていつでもできるしね」
「いえ、すぐ終わらせます。単刀直入に聞くんですけど、米倉先生って、多知川 蚕さんじゃないんですか……?」
「あっ、えっ……と、どうして、あたしだって……」
米倉先生が膝から崩れ落ちる。
どうして、どうして、と繰り返し、
「どうして、か……米倉先生から俺が小さい頃に遊んでもらってた蚕お姉ちゃんの面影を感じたからですかね?」
前の経験で知ってしまったとは言えるはずもなく、それっぽい理由を並べる。
「面影……」
「俺の勘違いだったら、すげぇ恥ずかしいんですど……どうですか?」
「優也くんっ……」
「あ……せ、先生!?」
ぎゅぅぅと強く抱きしめる。
あの頃より胸が一回りもふた回りも大きくなって圧迫感が増えたが、包まれるような懐かしい温かさはなにも変わっていなかった。
「やっぱり蚕お姉ちゃん、生きててくれてたんだな」
「もちろんよ! 優也くんと優梨ちゃんの2人だけを残して、死ぬことなんてできないわ」
「か、感だったけど、蚕お姉ちゃん本人でよかったわ!」
「優也くんにだけ、くん付けは露骨かなって反省してたけれど、それで気づいたのかもしれないわね?」
言われてみれば、俺以外の生徒には、さん付けだったのかもしれない。ほかの生徒に眼中になさすぎて、そんなことにも気づかなかった。
「ま、まあね。小さい頃、蚕お姉ちゃんに優也くん、優也くんって呼ばれまくったからな。俺のことを親しげに呼んでくれるのなんて、優梨とシルヴィー、それと蚕お姉ちゃんくらいだ」
「それは優梨ちゃんのせい、でしょう……?」
「優梨のせい……?」
「多くの生徒が相談にくるわ。多知川 優梨さんに酷いことされて、優也くんと関わったことに原因があるんじゃないかって」
「蚕お姉ちゃんに相談か。力になってくれそうだもんな」
「何も、できなかったの。他の先生方に掛け合ってみたけど、どの先生も学園一の優等生である優梨さんに限ってそんなことをするはずがない。彼女の将来を汚すようなデマはやめてくださいって」
「優梨と有象無象の生徒を天秤にかけたら、そりゃな」
「仲のいい2人にこんなことは言いたくないけど、いますぐ別れたほうがいい。みんなが優也くんを避けるのは、優梨ちゃんのせいだから」
「それは俺もわかってる。けど、蚕お姉ちゃんの忠告でもそれは無理だ。俺はいまの状況を受け入れてる。それなら、何の問題もないだろ」
「優也くんに直接的な害はないかもしれないけど……」
「昼休みにも言ったけど、俺は妹と付き合ってる。俺が一番愛してるのは、妹の多知川 優梨だから」
「……たしかに聞いたわね」
「それを聞いた蚕お姉ちゃんは、俺の味方だから、俺の優梨に対する気持ちは否定しないって言ってくれたろ」
「ええ、気持ちは否定しない。けれど、2人の関係だけは認められない」
「世間体か?」
「多知川家の生き残りとして。2人のお姉ちゃんとして。優也くん、優梨ちゃんがお付き合いなんてしたら、2人のお父さまとお母さまも悲しむわ」
「それはどうだか。父さんは、優梨の遺伝子に俺の低レベルの遺伝子が混ざることにはキレるだろうな。母さんは俺を優也という個体として見てくれてるか危ういし」
「そんなこと……! 優也くんのお父さまとお母さまは2人を大切に育てられていて――」
「俺たち家族は、理想的な家族から程遠かった。互いに同じ家に住む邪魔者としか思っていなかったはずだ。……政略結婚なんて、愛のない繋がりなんて、そんなもん」
「…………」
「でも、俺たちには愛がある。家族愛、兄妹愛はもちろん、男女愛」
「き、きっと兄妹愛と男女愛がごちゃごちゃになってるんだわ。距離を置いて、冷静になればおかしいって気づくんじゃない?」
「距離を置いたことなんてある」
優梨が死んで、物理的に距離ができてしまったときに。
「冷静になって考えたさ」
優梨の想いを受け止めていいのか。
「その結果がいまの俺たちの関係だ。誰にどんなこと言われようとも、俺たち2人の世界に他の人間は関係ない」
「……関係ないなんて、そんな冷たいこと言わないでよ。あたしは2人を見守りたくて、先生になったのに」
「俺たちのことを想ってくれてるのは嬉しい。けど、好きって気持ちにとやかく言われる筋合いはない」
「あたしは、絶対に優也くんを守るって決心した。そっか、優也くんは、優梨ちゃんに穢されちゃったのね。だから、優梨、優梨って一つ覚えに彼女の名前を呼んで」
「穢されたわけじゃない。俺が選択した未来なんだ!」
「あぁ……優也くんの未来が穢されちゃったなんて、可哀想なの。あたしが導いてあげるからね。先生として、お姉ちゃんとして」
「蚕お姉ちゃんっ、蚕お姉ちゃん! お願いだから、俺の話を聞いてくれ!」
虚ろな瞳でにじり寄ってくる蚕お姉ちゃん。俺がどんなに説得しようとしても平行線をたどるだけ。
こんなはずじゃなかったのに。




