2.恋人としての初デート? 帰国子女乱入!?
「お会計3500円になります。はい、3500円ちょうどお預かりします。ありがとうございましたー」
                                 
「ご馳走してくれてありがと、お兄ちゃん。でも、けっこう高かったけど、お金だいじょーぶ?」
「優梨のためにバイトして稼いだ金なんだから、優梨に使ってやれるなら本望だろ。問題ない」
「もー、多知川家の財産があるんだから、無理してアルバイトしなくてもいいのに」
「まあな……」
多知川家の資産額は約2兆5000億円にも及ぶ。そのほとんどを俺たちが相続したらしい。
そんな金があれば、学校や仕事に行く必要がなく、一生を遊んで暮らせるだろう。
「でも、もし優梨がその金を必要としたときに足りないってなったら、臓器を売らなくちゃならんだろ」
「私がお金を必要とするときなんて、お兄ちゃんになにかあったときくらいだよ……」
「それに自分の稼いだ金で好きな女の子を喜ばせてやりたいだ。そんな男心を今日は素直に受け取ってくれよ」
「お兄ちゃん……!」
「こんなところで抱き着くなよ」
優梨が腰に抱きつき、愛情を溢れさせるようにぎゅーっと抱きしめてくる。
愛おしい妹よ……。
「甘えん坊なのは何歳になっても変わらないな」
「…………すみませんっ」
「はい?」
「お客様、そこは出入り口になんですよー」
「え、あっ! は、はい……!」
店員の一声に我に帰る。
店の出入り口前で何をしてるんだ俺たちは……。
食事中の客も手を止めて俺たちのやりとりを見つめていた。気づかないうちに注目を集めてしまっていたみたいだ。
「し、失礼しました! いくぞ、優梨」
「う、うん」
恥ずかしさのあまり急いで店を出ようとする。
優梨はというととくに焦った反応はなく、抱きつき足りない様子だった。私たち2人の世界にほかの人間は関係ない、というのは本当らしい。
「ありがとうございましたー。またのご来店をお待ちしてまーす」
出入り口が開く。
すると――銀髪翠瞳の美しい女の子とすれ違った。
「おっ、きたねー、フォッセちゃん」
一瞬でも視界に入れてしまえば、神が創りたもうた端麗な容姿と全美な四肢に目が釘付けになる。それほどまでにフォッセと呼ばれる女の子の外見は美しかった。
「店長、こんにちは、です。……急いで準備してきます」
「フォッセ……? あ、シルヴィーじゃないか!」
「え、ユーヤとユーリ……?」
「なになに、フォッセちゃんこのバカップルと知り合い?」
「バカップル……」
「んっ……友達、です」
「まずバカップルを否定してくれ、シルヴィー」
「それは難しい、です」
「この2人、食べさせ合いっこしたり、キスしたり、ハグしたり、これはもうバカップルとしか言いようがないよねぇ」
「そんなことをしてたんですか……? う、羨ましい、です」
さきほど会計の対応してくれた店員――店長さんに何から何まで見られてたんすね……。
「あっ。ねえ、バカップルさん、よかったら、フォッセちゃんを遊びに連れて行ってあげてくれない?」
「ワタシが一緒だとユーヤたちの邪魔になる……それにお仕事が」
「邪魔なんてことあるはずないだろ。なあ、優梨」
「…………うん」
優梨は間をおいて頷くも全然納得してくれてない。
優梨からしてみれば、2人きりのデートを楽しむはずが、恋敵が乱入してきたようなものだ。不機嫌になってしまうのも致し方ない。
「バカップルもこう言ってくれてるし、仕事のほうは問題ないから行ってきなって」
「でも……」
「フォッセちゃん、ゴールデンウィークなのに毎日シフト入っちゃってるし、たまには友達と遊んできなよ」
「それはワタシが毎日入れてほしいってお願いしたから……」
「彼に誕生日プレゼントあげるため、だもんね? 大丈夫、給料はたんまり出してあげるから」
「て、店長……! ユーヤだけじゃなくて、ユーリにも……」
「あー、わかってるわかってるー。仲良くしてくれるあのバカップルに、だよね。本命は、彼のほうのくせに」
「うぅ……」
「じゃあ、いってらっしゃい! お2人さん、フォッセちゃんのことよろしくね!」
店長さんの有無も言わせない強引なやり方にシルヴィーも折れて、俺たちと遊びに行くことになった。
★ ☆ ★ ☆ ★
申しわけなさそうなシルヴィーと不満気な優梨とともに駅前の大型ショッピングモールにやってきた。
ここであれば、店や遊ぶ場所に困らないだろう。
「なあ優梨、どこ行くよ?」
「……ぷいっ」
「シルヴィーだったら、別にいいだろ。小学校の頃、お前があんなことするまでは仲良しだったんだしさ」
「仲良し? 私はお兄ちゃんに気のありそうな害虫に近づいて情報収集してただけだから」
小学校1年生がそんなことを思って行動するはずないだろうとは、優梨相手には言えない。全ては、彼女が小学校1年生のときから始まっているのだから。
「はぁ……。シルヴィーはどこ行きたい?」
「ワタシ、ワタシは……お買い物がしたい、です。欲しいものがあって」
「お、いいんじゃないか。シルヴィーの欲しいもん買いながらテキトーにブラブラしようぜ」
「んっ。よろしく、です」
「そうと決まれば、出発だな!」
「……お兄ちゃんはシルヴィーちゃんのお願いを聞くんだね、ぷいっ」
「最初に優梨に聞いたよな! 理不尽すぎないか!?」
優梨は膨れっ面で俺たちの5歩後ろからついてくる。
何をしても機嫌が悪くなる一方で、もう諦めた。2人きりになってから、ご機嫌を取ろう。
ということで、まずは隣を歩くシルヴィーに楽しんでもらえるように努力するか。
「シルヴィーはどうしてバイトなんてしてんだ? お前ん家、金持ちだろ」
「……社会勉強、です」
「なんだいまの間は。嘘をつくな嘘を」
「嘘じゃあ……。社会勉強も理由の1つ、です。日本のことわからないことが多くて、ユーヤの近くにいるために勉強しないと……」
「俺の近くにいても楽しいことなんてなんもないぞ」
「そんなことない、です。いまのワタシはユーヤと同じ空気を吸えるだけでも幸せ、ですから……」
「大げさな……」
「私なんて、肺にお兄ちゃんの空気を取り入れるだけで、幸せが溢れ出てくるけどね」
「優梨は対抗するな。どっちも頭おかしいぞ」
「そーいうお兄ちゃんは、どーなの? 私といて幸せを感じられる瞬間はあるでしょー?」
「もちろんだ。俺は……優梨と空気を共有できるだけで同じ世界にいるんだって実感できてるよ」
「んふー……そ、そんなこと言っても、私は機嫌は取れないんだからね! えへへっ」
「お、おう……ほとんど懐柔されかけてる気もするが」
「えへ、えへへー……」
「ユーヤも大概、です。3人ともきっとズレてます」
「し、シルヴィー!? くっ……んなことより! 優梨にプレゼントしてやりたいんだっけ?」
プレゼントの件が優梨の耳に入っては、シルヴィーが俺たちに秘密にしてバイトしていた意味がなくなってしまうけど、それも些細なことだろう。
優梨は警戒すべき人物は、あらゆる手段を用いて逐一監視してるはず。シルヴィーがバイトしていた理由を知っていても不思議ではない。
「店長さんとの会話を聞いて……!? う……わかってて質問したんですね。ユーヤはイジワル、ですっ」
「はは、お互い様だってーの。俺でよかったら、相談に乗るぞ。優梨のことは俺が一番詳しいからな」
「その……ユーリがもらって嬉しい物を教えて欲しい、です」
「あー、いー、うーん……。俺、とか?」
「ユーリはとても喜ぶと思います。でも、ワタシでもあげられるプレゼントを知りたい、ですっ」
「優梨は物欲がないんだよ。俺にはすげぇ執着してるけど」
「ユーヤをプレゼントにできるんだったら、ワタシが受け取りたいくらい、です」
「俺は優梨の所有物だから、それは無理だけどな」
「ゆ、ユーヤっ……!」
「まー、その、なんだ。シルヴィーが優梨に似合いそいだって思った服かアクセサリーでもプレゼントしてやりゃいい。シルヴィーが頑張って買ったプレゼントなら気持ちは伝わるだろ。金持ちの癖に自分の働いた金で喜ばせたいって気持ちはよくわかるし」
「ワタシの気持ち……ユーリとまた友達になれると嬉しい、です。一緒に遊んで、ユーヤのことでお話が盛り上がって……そんな関係に戻りたい、です」
「きっと戻れる。時間はかかるかもしれないけど、シルヴィーがアイツのことを思い続けてくれる限りきっと大丈夫さ」
「んっ……」
女性のファッションブランド店が密集したエリアまで移動してきた。
女性の気に入りそうなプレゼントを買うのであればいい、ここが一番だろう。
「あのお店、優梨に似合いそうな服がありそう、です」
「へー、こんな店もあるんだな」
女の子の可愛さを前面に押し出した服の揃ったお店だ。
店内も10代、20代の女性が多く、男は当然ながら俺1人。俺の場違い感がすごい。
「俺は外で……」
「お願い、です。ユーヤの意見を聞かせてください」
俺の袖を掴み、クイっと引くシルヴィー。親に助けを求める赤ちゃんのようで可愛い。
「しゃーない。そもそも俺が相談に乗るって申し出たんだもんな」
「そう、です。なのに、ユーヤは……ユーリ以外の女の子にはイジワルばっかり」
「まるで俺が優梨には甘いみたいな言い方だな。そんなことないぞ、俺は」
「きゃっ! お、お兄ちゃん、なに!?」
桃尻を手のひらで優しく押し込むと、甲高い声とともに押し返すような弾力が感じられる。
「優梨は相変わらずいいケツしてるな。ほら、この店にいる間は着せ替え人形になってくれ。終わったら、ご褒美やるから」
「セクハラしといてよく堂々としてられるね。お兄ちゃんじゃなかったら……。で、ご褒美って私が決めていいの?」
「……お、おう、俺のできる範囲であれば?」
「オッケー! お兄ちゃんの心と身体があったら、できることだから大丈夫だねっ」
「俺の心と身体が許容できる範囲であれば」
「私の好きなことをお願いしても、だいじょーぶってことだよね!」
「はい」
シルヴィーの着せ替え人形になるには、そこまでの犠牲を払わなくてはいけないのかと覚悟を決める兄だった。
にしても、優梨の兄でよかったな、多知川 優也。優梨にセクハラし放題だってよ。と心の中でガッツポーズしたのは秘密にしたい。どうか俺の表情から心の中を覗かないで。
「イジワルというより、ヘンタイ……でした」
「おい」
シルヴィーのために犠牲を払ったのにその言い草はないだろう!
妹のケツに妄りに触れ、セクハラ公認に喜んでしまう時点で否定できる要素が皆無なのだが。
「ねえ、シルヴィーちゃん。私に用事あるんだったら、早くしてくれないかな?」
「ユーリ……! あ、ユーリが気になった服はありますか……?」
「とくにないから、シルヴィーちゃんが選んで着せて? 私、着せ替え人形だから」
優梨は約束を忘れないでねとでも言いたげに、俺をチラ見する。
借りた猫のように従順で、すごく恐い。
でも、シルヴィーは臆することなく、服を探し出す。
シルヴィーと優梨の人形遊びが始まった。
「ユーリに似合う服……ううん、ユーリは可愛いからどれも似合う……」
「ありがとう、シルヴィーちゃん。それで? 私に着せたいのはあった?」
「え、えっと……これなんてどう、ですか? ユーリ、肌が白くて綺麗だから、肩出しブラウスもいいんじゃないかと……」
「シルヴィーちゃんの色白に比べたら、私の肌なんて全然。でも、まあ、一応、着てみるね?」
「駄目だ、優梨。肌の露出が多すぎる……! ほかの男に舐め回すように見られたらどうする!?」
「ユー、ヤ?」
「そんなことするの、お兄ちゃんくらいだよ……」
「じゃ、じゃあ……このタイトスカートなんて――」
「優梨の美しい曲線美とエッチな桃尻がはっきり浮かび上がってしまうだろ!? 俺が見る分にはなんの問題もないが、ほかの男には許さないっ!」
「ユーヤ……」
「お兄ちゃん……」
「あ、ヤバ」
俺の優梨に対する想いがプレゼント選びの邪魔をしてしまっている。
それでも、好きな女の子は独占したい気持ちを2人にはわかってもらいたい。
「露出があるのはダメ……身体のラインが出るのもダメ……」
「ダメってわけじゃなくて正直見たくはあるんだけどな? それ以上にほかの男に見られたくないって気持ちのほうが大きくて……」
「うちのお兄ちゃんがめんどくさくて、ごめんね? でも、私がお兄ちゃんからご褒美をもらうためだから」
「め、めんどくさいってなぁ……。俺はお前心配してるんだって」
「私もお兄ちゃんに関しては過保護だし、気持ちはわかるよ」
「過保護……?」
「うん、過保護。私、言葉選び間違ってるかな」
「いいえ」
優梨の俺に対する言動が過保護の言葉で片付くのであれば、モンスターペアレントの子どもを想っての言動が可愛く思えてくる。
「……あの、ユーヤに可愛いって思ってもらえる服だったら、どう、です? ユーヤは納得してくれるし、ユーリも張り切って選んでくれるかもしれない、です」
「俺が納得する服……それで2人がいいんだったら。ホントなら、ファッションセンス皆無な俺が口出していい立場じゃないしな」
「ユーリは……?」
「名案……名案だよ、シルヴィーちゃん!」
「え……?」
「そうと決まったら、お兄ちゃんに可愛いって思ってもらえる服探そ? よしっ、がんばるぞー!」
「お、おー……!」
「お兄ちゃんは清楚で可愛いカンジなのが好みだよ。だから、ブラウスにカーディガンを羽織ったり、ワンピースがかなり好きみたい。あと制服フェチみたいなところもあるからセーラーとかプリーツスカートもいいんじゃないかな」
「このお店にある服ばっかり、ですね。ユーヤが気にいる服すぐ見つかるかもしれません」
「でもね、それ以上に露出にはうるさいから、気をつけて」
「わかり、ました。探してみます!」
「妹よ、お兄ちゃんの好みを同級生の女の子に垂れ流さないでくれー」
急にやる気に満ち溢れた優梨に、驚きながらも同調するシルヴィー。
それからの人形遊びは大盛り上がりだった。
「このレースブラウス、お兄ちゃん好きそうだけど、下着が透けて見えちゃうもんね……」
「そこまで考えて……。これなんてどう、です?」
「お兄ちゃんの好みばっちり! ……あ。でも、スカートの丈が短いかも」
「この丈で、ですか? 膝よりやや上なのに……ユーヤは厳しいですね」
「ロングスカートの中にも可愛いのはいっぱいあるし、大丈夫だって!」
「でも、夏場は薄着も露出もできなくて大変じゃない、ですか?」
「すっごい暑いけど、お兄ちゃんのためだもん。がまんがまんっ。おしゃれは我慢って言うでしょ?」
「我慢する方向性が違うような……」
「いちいち俺をおちょくるな。しかし、まあ、2人が楽しそうにショッピングをしてるのを見るとあの頃に戻った感じがするよ」
このあとは俺が人形になるかもしれない恐怖と隣り合わせに、2人の微笑ましいショッピングを見守るのだった。
 




