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4.『ヤンデレヒロインに立ち向かえ』のコーナー

 ブラックアウトしていた視界から、ウィンドウが開く。


 黒く塗られた人型の立ち絵が一緒に出現した。長い髪がパサリと舞い、豊満な胸がぱふぱふと揺れていたので、女の子であることは予想がつく。


Y2(ワイツー)がお送りします、『ヤンデレヒロインに立ち向かえ』のコーナー。いぇい、ぱふぱふ。いぇいいぇい、いぇあー」


「……」


「どうかしましたか。いぇいぶい」


 Y2と名乗る立ち絵――その声は、ボイスチェンジャーを通したかのような電子音で聞こえてくる。おそろく音声を何らかの技術を用いて変換しているのだろう。

 それにノリの良い口調なのにそれが表現されておらず、話し方にも抑揚がない。掴みどころがないウザいやつ。それが黒塗りの立ち絵に抱く第一印象だった。


「いや、別に……」


「あそうですか。……気になることがあれば、聞けばいいのに。ぼそり」


「聞けばいいって……。そうだな、聞きたいことは山ほどあるけど、一番気になることは――俺は……死んだのか……?」


 俺は死んだ――。妹に包丁で刺され、はらわたを掻き混ぜられた。生きていられるはずがない。俺は確かに死んだはずなのだ。

 けど、俺には意識がある。もしかして、ここが俗にいう死後の世界――天国やら地獄なのだろうか。


「Y2の後ろを見ていただければ、わかるでしょう。おててのしわとしわを合わせてしあわて合掌ちーんですよ」


 背景には、三途の川が流れている。

 三途の川は、仏教において、死後7日目に渡るとされる川だ。そんな見たくもないものがいまこの瞬間に見えている。その事実は、現在の自分が死、あるいはそれに近い状態にあることを痛切に感じさせた。


「オーケー。自分の状況をなんとなく理解した」


「無駄な話をしなくて済むので、それは助かります。しかし、妙に冷静で察しがいいのは多少腹が立ちます。Y2にもセリフください。ぽそり」


「脳にこびりついた死の記憶が、有無を言わせずに告げてくるんだよ。お前は、死んだ――ってな」


「痛々しいセリフですこと。カッコイイつもりですか。ぽそり」


「ぽそりつければ、小さい声で話してるつもりになるなよ。声量が一定だから、バリバリ聴こえてるからな。抑揚をつけろ抑揚を」


「努力してみます。えいえいおー」


 と言いながら、やはり言葉には感情が乗っていなかった。

 しかも、黒塗りの顔に表情の変化などあるはずもなく、余計に感情が読み取りにくい。


「それで、本題に入ってもいいですか。残業代がないブラック企業なので、定時には終わらせて帰りたいんです」


「あ、ああ、好きにしてくれ」


「えーとですね、まずあなたの今回の成果を拝見させていただきますね。ぺらりぺらり」


 Y2がタブレットを用いて、何かを確認し始める。


 ぺらりというオノマトペは、紙をめくる表現だぞ、というツッコミは内にしまっておいた。


「……」


「ふむふむへむほむ」


「……。…………」


「E判定ですね。全くセーブやロードを用いないなんて、攻略するつもりがあるんですか、って感じです」


「…………ッ」


「ダメダメですね。ばつばつばつ」


「そもそも攻略て何だよ。人の人生を勝手に批評して、ゲームみたいに言いやがって」


 あの惨劇がゲームであってほしい、すべてが夢であってほしいとは思っていた。そうすれば、妹とまた仲良く暮らせるから。しかし、妹が兄に与えたものは現実の痛みだった。

 だから、それはありえ――。


「いいえ、ゲームですから。Y2嘘付きません。変な文字が見えませんでしたか。選択肢が見えませんでしたか。はふん」


「変な文字っていうとセーブやロードのことだよな、見えた……あと選択肢も」


「そんな不可思議が現実でも起こりえますか。だから、これはゲームなんですよ、ゲーム。あなたは妹に殺されて、badエンディングを迎えた。だから、いまここにいるんですよ」


「ゲームてことは、俺の18年間は茶番だってことか?」


「そんなことはありません。あなたと妹が紡いできた人生は物語の大事な導入部分ですし、本編――新学期以降はあなたのプレイ次第でどうにだって変えられます。変えちゃえま……しょう」


「また妹に殺されろってか!? ふざけんじゃねえ」


「妹と一緒にいたくはないんですか。ずっこんばっこん」


 妹――それは俺にとってかけがえのない存在。両親が他界してから、唯一の肉親、ただ1人の家族になった。守護するべき対象になった。

 妹は俺の――生き甲斐だ!


「そりゃ一緒にいたいさ。俺の隣には、いつも妹がいて、だから、ここまで頑張ってこれた。優梨も俺と同じことを思ってくれてるはずだ。なのに俺が先に死んじまって、残りの人生を妹1人で生きなきゃならないんて、それはツラすぎる……」


「ぱちぱち。素晴らしい兄妹愛。答えを出せたみたいですね。はなまる」


「……おう。妹と暮らす生活は楽しかったからな」


「一緒にいたいというあなたの気持ち――それを叶えるためには、正しい選択肢を選んでいく必要があります」


「選んだ選択肢に応じて、違う未来が訪れる。俺の選んだ選択肢はbadエンドに繋がるものだったって解釈で問題ないか?」


「はい。したがって、happyエンドを掴み取るために、この……右下辺りにあるSAVE(セーブ)LOAD(ロード)Q.SAVE(クイックセーブ)Q.LOAD(クイックロード)を活用していく必要があるんですよ」


 右下辺りに浮かぶ文字に手をかざす。


「これを使えば、優梨に殺されずに済む、ずっと一緒にいられる……。頼む、詳しく教えてくれ」


「やっと本気になってくれましたね。ずっこんばっこんをせずに死ぬのは嫌ですもんね。童貞を卒業したいですもんね」


「スルーしたのを今更ほじくり返すのか。せっかく人がやる気になったのによ……」


「それは申し訳ないです。ヤル気もくもく。頭もんもん」


「ヤル気じゃなくて、やる気だからな。妹と絶対そんなことしないぞ。近親相姦だけは絶対ダメだ」


 真面目な話をしている最中に茶々を入れてくるY2。

 頼りになるやつ、と思った矢先にこれだ。やっぱり、掴みどころがないウザいやつだな。


「まあ、ゲームとはいえ、ほとんどは現実と同じ仕様なんで、そういう法に触れることやめてくださいね。実質、現実ですから」


「あれだけゲームだって説明しておいて、今度は現実って言うのかよ。ゲームなのか、現実なのか、はっきりしてくれよな」


「とりあえず、現実ということで。ゲーム感覚で進められても、良い結果が出ないと思いますし。現実から目を背けないでくださいね」


「現実から目を背ける? その程度の覚悟なら、お前から俺が生きていた世界の真実を聞いた時点で、三途の川を渡ってるっての」


「きりっ、って効果音がつきそうなセリフですね。カッコイイカッコイイ。では、本題に戻りますよ」


「脱線させたのはお前だろ、Y2……。あ、待て。そういや、選択肢を選ばないって方法はありなのか? 選択肢が出てきても、スルーするとか、選択肢以外のアクションを起こすとか……」


「また本題から脱線しましたよ。定時が過ぎたらタダ働きですよ、あなたが残業代を払ってくれるんですか」


「払わないから。そのなんだ、選択肢が明らかにハズレだったら、選びたくなくなるだろ?」


「意味のある質問なら、初めからそう言ってください。ばふん。選択肢が出てきても、選択肢以外の行動をすることはできます。しかし、選択肢は、あなたを中心とした物語のターニングポイントになっているので、世界の修正力が絶対に選ばなければならない状況に追い込みます」


「世界の修正力ってなんだよ。専門用語を使われてもわからん」


「世界の修正力に関しては、実際に体験していただいた方がわかりやすいので、ここでは省きます。カットカット。もう少しで定時ですし」


 Y2の説明をまとめると、選択肢以外の行動を行うことはできるが、最終的には絶対に選択肢を選ぶ必要があるということらしい。


 まあ、選択肢を選んでいけば、いずれはhappyエンドを迎えることができるだろうし、どうしてもダメだったときにチャレンジしてみるのもアリかもしれない。


「本題に戻ってもいいですか。まだ何かあるなら、残業代ちゃりんちゃりん」


「払わないってーの。わりぃ、続けてくれ」


「はい」


 それ以降は、Y2によるヤンデレ攻略指南が行われ、【SAVE】、【LOAD】、【Q.SAVE】、【Q.LOAD】の4項目を中心に指導された。


「では、さきほど説明させていただいた通り、SAVEデータが保存されていないので、新学期当日からのリスタートになります。よろしいですね」



▶︎はじめから


▶︎SAVEデータをロードする



 最終チェックと言わんばかりに2つの選択肢が浮かび上がる。


 俺に選択権がないんだから、いちいち聞くな!


「はじめから、やってやる!」


 ドヤ顔で言い放ったセリフが、新たな物語を紡ぐ合図となった――。


 暗転。

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