4.帰国子女と一緒に教室掃除
「あぁ……だるい」
今日の放課後は掃除当番ということで、1人教室に残り、床を掃く。
俺以外にも掃除当番がいるはずなのだが……期待するだけ無駄か。優梨に怯えて、俺と一緒に掃除をしたいなんて物好きはいないだろうしな。
「そーいや、優梨に遅くなるって連絡しないとな。俺が待ち合わせ場所に来ないって武装して教室に乗り込んでくるぞ、きっと。なんてな、あはは、はは、はぁ……実際にありえそうで笑えない」
乾いた笑いを漏らしながらも、スマホのSNSアプリで優梨にその旨を送信する。
…………………。
…………。
……。
「……あれ? 普段の優梨だったら、秒も経たずに既読がつくはずなんだが。……そういうこともあるかぁ」
「ユーヤ、掃除をサボってませんか?」
「うぇ!? さ、サボってないサボってない掃除掃除……! って、シルヴィーかよ」
不意にサボっていたことを指摘され、慌ててスマホを仕舞って箒を動かす。それも落ち着いた声の主が銀髪翠瞳の美少女と知って、手を止めた。
「ん。シルヴィー、です」
銀髪翠瞳の美少女ーーシルヴィー・フォッセ。恐ろしいほど顔立ちが整っていて、神が丹精を込めて生み出したのではないかと疑ってしまうほどの神秘さを感じさせる女の子だ。
そして、セーラー服を突き上げるほどまで大きく実った胸とお尻も非常に魅力的で、男であれば揉みしだきたいと思ってしまうはず。
……って、いや、俺は優梨一筋だから。ロケットおっぱいと桃尻に靡いたりなんてしないから!? ま、尻に関しては優梨も負けちゃいないけどな!
「なんでまだ教室にいるんだ? シルヴィーは掃除当番じゃないだろ?」
「ユーヤ1人でお掃除をしてるんじゃないとか思って……。よかったら、お手伝いをしたい、です」
「そっか。シルヴィーは、俺がはぶられてることを知ってるんだもんな」
「ユーリは、ユーヤとお付き合いしてるのにまだ独占してる。もうそんなことしなくても、ユーヤの想いは……」
「俺も優梨も、他人がどうしようが、どうなろうが知ったこっちゃないからな。優梨がそうしなきゃ不安ってことなら、受け入れる。それくらい俺のことが好きってことだろうし」
俺は優梨のことを、優梨のことだけを愛している。
それでも優梨は変わらずに、俺を独占する。それは俺を信じていないという理由からの行動ではない。
俺を独占したいと思うほど恋焦がれている――ただそれだけのことだ。
「ワタシも他人、ですか……?」
「シルヴィーは……どだろな。俺と干渉しても、なんの問題もないんだろ? なら、優梨は、他人とは思ってないんじゃないか。もしかしたら、仲直りしたいって思ってたりするかもしれないしさ」
「ユーヤは……?」
「言わせんなよ。俺とシルヴィーは友達だ」
「ふぅ……愛人って言ってくれること期待してました。残念、です」
「ばーか。俺は優梨一筋だってーの。優梨に浮気してると思われたらたまらん。さっさと済ませるぞ」
「む……。んっ」
不満気な表情を覗かせるが、すぐに手を動かし始めるシルヴィー。
嫉妬してる? 嫉妬してくれてるんだよな……?
好意を寄せてくれてるって知ってると、表情が読みやすくなるんだな……。
「あー……なあ、シルヴィー。こっちの生活には慣れたか?」
「んっ。ユーヤや、担任の米倉先生、クラスメイトの皆さんが困ったときに助けてくれるので……」
「そりゃよかった。俺は別に何もしてないけど」
「ユーヤがいるだけで日本の生活は楽しい、ですよ?」
「俺さえいたら、どこだって楽しいみたいな言い草だな」
「実際にそう、です。どんな場所でもユーヤが一緒にいてくれるだけ楽しいし、すごく幸せ、です。ユーヤの隣がワタシの居場所、ですから……」
俺に対する恋心だけでシルヴィーは日本に戻ってきたんだ。決して、誇張して口にしているわけではないのだろう。
「……そ、そうかい。その……無駄口を叩く前に掃除をしてくれ掃除を」
「質問してくれたのはユーヤなのに……」
「優梨に刺されたくないからな。シルヴィーがなんて言おうと好意には答えられない」
「だから、ユーヤの愛人で――」
「掃除はこれくらいでいいだろ。そんじゃ、お先に!」
「え、わわ……ゆ、ユーヤ……っ!」
掃除を終えて、シルヴィーを置いて教室を後にする。
あの場を優梨に見られでもしたら、本当にシャレにならないからな。
「そーいや、送信してから時間が経ってるし、さすがに優梨からのメッセージきてるよな。早く返してやらないと、怒るぞきっと。ん……? は?」
SNSアプリを確認し、優梨から返信がきていないことに驚く。それどころか既読もつけておらず、不安になる。
「優梨に限って、数分も経ってんのに、俺の送信に既読をつけないなんてことはありえない。……優梨の身に何かあったって考えたほうが妥当か、こりゃ」
優梨に限って何かなんてことは万が一にもないと思いつつ、もしものことを考えて急いで校門に向かう。
だが、優梨の姿は見当たらなかった。
そうして、困り果てていると、背の低い女の子に声をかけられる。
「お、お兄さん……?」
「奈々さん?」
「慣れ慣れしいです」
「馴れ馴れしい……? あっ、そうか、そうか」
「これだから天然ジゴロは……優ちゃんを悲しませる言動は控えてください」
彼女は、美崎 奈々 さん。優梨のクラスメイトで、学年で一二を争う才女である。
ゲーム世界では色々あったが、現実世界では電話を通しての会話と、彼女が家に遊びにきたときに顔をチラッと見ただけ。直接対面しての会話はこれが初めてだ。
それにしても、ゲーム世界であったときとは全く印象が違うな。
ウェーブのかかった薄茶色のミディアムヘアは、黒染めされ、くせっ毛のないまっすぐなストレートヘアに。だぼだぼだなセーラー服を着崩していたはずだが、いまはサイズの合ったセーラー服をきっちり着用していて、エセギャルは何処へやら、如何にも優等生らしい風貌に変わっている。
貧相な胸は残念ながら、そのままだけど。
「なんです? いやらしい目でジロジロと見て」
「いや、たぶんこっちの奈々さんが、本当の奈々さんなんだろうなってさ。エセギャルのときは、無理してるっぽかったし」
「はぁ……お兄さんは、普段から優ちゃん以外の女の子とこの距離感で会話されてますか? 優ちゃんから聞いたお兄さんのイメージと全然違うんですけれど」
「み、美埼さん……」
「いえ、名前で呼ばれることが嫌ということではないので。名前のままで結構ですよ」
「おい、いまのくだりいらなくないか!?」
「自分と接するときも、まるで親しい間柄のような距離感でしたので気になりまして。それはそうとお兄さん、急いでいらっしゃるみたいでしたけど」
「そうそう、優梨がどこにいるか知らないか? 優梨から返信がないし、既読すらもつかないんだ」
「超ブラコンの妹に超シスコンの兄あり、ですね」
「は? 兄が妹のことを心配するのは当然のことだぞ」
「どうせ、たったの数分既読がつかなかっただけでしょうに」
「…………」
図星を突かれて、開いた口が塞がらなくなる。
それでもこれくらい兄として当然のこと。だよな?
「自分は、優ちゃんと途中までご一緒していたんですけれど、米倉先生に呼ばれて……もしかしたら、進路相談室ではありませんか?」
「それはありえる。ま、米倉先生と一緒なら、安心だな」
「それはどうでしょうか」
「いやいやいや。んだよ急に」
「米倉 紬。彼女は、生徒からの人望が厚い理想の先生ですが――謎が多い、多すぎる」
「ですが、じゃないが。つまんねえ冗談やめろよ。そもそも謎ってなんだよ」
「米倉 紬は、中学校以前の経歴を偽装している可能性があるんです」
「どういう……ことだよ……?」
「詳しくは調査中で。優ちゃんにも米倉先生が危険であることは伝えているので、情報収集を理由に近づいている可能性もありえます」
冗談なんて一切感じられない真剣な表情で口にした奈々さん。
それが真実だとすれば、優梨の身が危ないかもしれない!
「俺の荷物を頼む」
「わかりました」
鞄もプレザーも投げ捨てて、自己最速で進路相談室に駆け出した。




