3.担任の先生と進路相談
ゴールデンウイークを優梨とデートしたり、家でダラダラしたりと過ごした休日明け。
俺は担任の――米倉 紬先生に呼び出され、進路相談室を訪れていた。
「失礼します。3年A組の多知川優也です。米倉先生は……」
「あ、優也くん。せっかくの昼休みを割いてきてくれてありがとうっ」
俺を迎え入れてくれた彼女こそが、米倉 紬先生である。
清楚な黒い長髪を小さな白いリボンで結い、生徒と間違えそうになる幼い顔つきが印象的な24歳。逆に身長は成人女性の平均は越えていて、体型も肉付きがよく、豊かなプロポーションをしている。とてもアンバランスな魅力を持つ女性だ。
とくに大きく育った胸は、ファスナーを閉めているはずのジャージから、いまにもこぼれ落ちそうなほどである。すんごい。
「ま、先生に呼ばれたんじゃ、しょうがないよな。昼休みを一緒に過ごす友達もいないし」
「最近はそんなことないくせに嘘をつかないの。シルヴィーさんと毎日昼食を食べてるんでしょう?」
「教室にいないのになんで知ってるんすか。どこからか覗き見されてる……?」
未だ優梨の手が及んでいるらしく、俺はあいも変わらずクラスで孤立している。だが、米倉先生の言うように最近はシルヴィーが食事を共にしてくれていた。
ただ――優梨が彼女に手を出さないか心配だったが、それは杞憂に終わっている。
「し、してないわよ。シルヴィーさんから、どうすれば優也くんと仲良くなれるかって相談されて、それでねそれでね――」
「なあ、先生。それ本人に話しちゃいけないやつ」
「あ、ややや、やっちゃった……。ゆ、優也くん、シルヴィーさんのことは忘れなさいっ……!」
「忘れるなんて無理だろ……いやまあ、忘れる努力はしますけど」
米倉先生は、お茶目なところもあるけど、快活で、生徒の悩みに寄り添い力になってくれる面倒見の良さから、男女問わず生徒たちに慕われている。
俺も去年から何かあるごとに相談に乗ってもらっていて、先生の中でも彼女が一番親しみやすいと思っている。
「まあまあ、座ってちょうだい。今日はとても大事な話をしなくちゃいけなくて……」
「大事な話っすか……」
「先週、進路希望調査を提出してもらったじゃない? 優也くんは自分が何を記載したか覚えてるかしら?」
「たしか……第3希望が妹の進路に合わせる、第2希望が専業主夫、第1希望がヒモ男だったっけ……?」
「せーいーかーい! もーあたしがプリントを集めるからってテキトーに書かないのっ」
「進路のことまだ全く考えてなくて……優梨の将来はよく考えるんすけど」
「優也くんは、妹さんのことを気にしてあげられる優しいお兄さんなんだから。でも、自分のこともちゃんと考えなくちゃダメよ?」
「俺の成績だと中小企業か、Fラン大学っすかね」
「優也くんは、そんなに頭悪くないんだから、上を目指してみてもいいんじゃないかしら? もちろん努力しなくちゃいけないけどね」
「そりゃ優梨に勉強を教えてもらってますから。けど、上を目指す、な……」
「大丈夫よ! あたしも勉強を教えてあげるから。そうね、放課後とか、休日とかどうかしら」
「休日に学校行かなくちゃいけないやつじゃないっすか。それに放課後は……」
「妹さんかしら? そういえば、進路希望調査に専業主婦とか、ヒモ男ってあったけど、その相手ってもしかして……?」
「それは……」
「ダメならいいの。ただあたしは、優也くんが心配だから、その……」
「まあ、先生ならいいか。口が軽いのは少し不安ですけど」
米倉先生は、優梨の行き過ぎた愛情表現についても何度か相談したことがある。そのときには、「兄妹の形はそれぞれあると思うの。だから、兄妹の形も優也くんたちらしくでいいんじゃないかしら」とアドバイスをくれた。
そんな先生であれば、俺たちの関係に偏見を持つことはないだろうし、力になってくれるのではないだろうか。
「お口チャックするからっ。お、お願い……?」
「先生って色恋沙汰好きっすよね。えっと……先生のお察しの通り、俺……妹と付き合ってます」
「2人は兄妹よね……?」
「優しい先生でも、さすがに受け入れがたいっすよね。……ええ、兄妹です。だから、先生の反応はごもっともだと思います」
「そういうわけではないけれど――」
「それでも俺は妹が好きです。誰がなんて言おうと俺が好きなのは、妹の優梨です。俺がアイツのお兄ちゃん――そして、恋人である以上は譲れません」
「優也くん……」
「……」
「そう……。……あたしは、あなたの味方だから、その気持ちは否定したりしないわ」
「……米倉先生!」
「でも、ほかの人には相談しにくいことでしょうから、困ったことがあったらあたしを頼ってね? これまで通り、ふふっ」
「本当、先生は心強いっすよね。感謝します」
「お礼はいらないわ。生徒たちの力になることが先生の役目なんだから」
米倉先生の優しさが身に染みる。
彼女のような大人が小さいころから側にいてくれたら、俺たち兄妹の行く末も変わっていたのかもしれない。
「じゃあ、話が終わったみたいなんで、俺行きますね」
「ええ、またね。いつでも来てくれていいから」
「あざっす。んじゃ」
急いで進路相談室を後にする。
「あ、優也くんっ! まだ進路のお話が終わってないわっ!」
「考えときます考えときますって。優梨にも一回相談してみますから」
「もう……」
まだ進路について考えたくもない俺は、米倉先生の停止を振り切り、そそくさと逃げ出したのだった。
★ ☆ ★ ☆ ★
「多知川 優梨、やーっと動き出したわね……。あたしは、あなたを絶対許さない。優也くんは、あたしが絶対に守るんだからっ」
優也を見送り、進路相談室で独りごちる米倉。
優也に対しては優しい先生の振る舞いしていたはずの米倉だが、優梨には悪意を抱いていて――。




