6.告白
俺と優梨はショッピングモールを後にして、家からそう遠くない位置にある公園に立ち寄っていた。
当然、俺が財布を忘れるという大間抜けをしたせいで、優梨に服をプレゼントすることはできなかった。
「ごめんな。朝ドタバタしてたから、財布持ってくるの忘れててさ」
「しょうがないよ。寝坊も遅刻も誰にだってあることだしね?」
「おぅ……明日からは時間厳守、寝坊も遅刻も絶対にしないようにするわ……」
「ふふ、じょーだんっ。私は、お兄ちゃんが似合いそうな洋服を選んでくれて、しかも可愛いって褒めてくれて――ほんとのデートみたいで楽しかったよ?」
「しかしだな……」
「私は可愛い洋服が欲しいって思って、お兄ちゃんとお買い物してたわけじゃないよ? ただお兄ちゃんとデートがしたかったの」
「デート……」
「一緒に歩いて、楽しくお話しして――他人からしたら、たったそれだけのことでよく喜べるねって思うかもだけど、私はたったそれだけのことをお兄ちゃんと一緒にできることがすごく嬉しかったもん。それなのにお兄ちゃんが落ち込んでたら悲しいよう。今回のデートが失敗だって思っちゃうよう」
「べ、別に落ち込んでねえし。俺も優梨とのデートは楽しかったからさ、失敗だったとか思うなよ。それ勘違いだから。俺も……楽しかった」
「じゃあ、また楽しいデートしようねっ」
「おう。次はデートプランをちゃんと立てて、お前をエスコートしてやるからな。楽しみにしてろよ」
「うん……」
「……」
「…………」
会話が一区切りつくと、手持ち無沙汰になって、公園に視線を向ける。
俺たちがいる公園は、俺が初めて死んだ、優梨に殺された場所で――あの夜のできごとはいまでも忘れられない。
優梨の手が掴んでいた、白く透き通った艶めかしい肌に、上品さを漂わせる綺麗な銀髪が覆われた頭部――。
冷ややかな刃物を深く刺されたことによって感じた、全身を襲う耐え難い激痛――。
そんな状況で俺への愛を語り、黒い薔薇のような笑顔を咲かせる優梨――。
恐かった。ツラかった。悲しかった。どうすることもできず、ただ死を受け入れるほかなかった。
けど、あのときの俺とは、ひと味もふた味も違う!
「……すまん」
「なんでまた謝るの? 終わった話を蒸し返すのはいくないと思うなっ」
「違う。財布を忘れたことに対してじゃない。兄妹ってことを言い訳にして、自分の気持ちを偽っていたことに謝ったんだ」
「お兄ちゃんの気持ち……?」
唐突に話を切り出す俺に、優梨は意味がわからず、きょとんっと首を傾げる。
伝えるんだ。
4月9日で止まった時間を再び動かすために、もう悪夢を繰り返さないために、俺たち兄妹がずっと一緒にいられるように。俺が紡ぐ想いで、これからの未来をハッピーエンドに確定させてやる!
「俺は優梨が好きだ」
「ぅん? 私も好きだよ?」
「俺は、一人の女の子してお前を愛してるって言ってんだよ。……だから、恋人になってくれるか?」
「嬉しい。私もお兄ちゃんが好き大好き! ものすーーっごく愛してる……!! 私にとってお兄ちゃんは生きる意味。生まれた瞬間から、私はお兄ちゃんを愛してましたっ」
「だったら――」
「……けど、私はお兄ちゃんの妹だから」
俺の告白に嬉しさを滲ませるもそれは一瞬のこと。すぐに顔をこばわらせて、俺たちが恋人になれない関係であるという事実を口にする。
まるで俺の好意が本物であるかを確かめたいとでも言いたげだ。かまってちゃんなところも可愛いよな全くよ。
それでも俺は引き下がらない。
優梨は俺の妹だ。だけど、俺は多知川優梨という女の子が好きで好きでしょうがないから。どうしようもないほどに、多知川優梨という女の子を愛しているから。
失われたルートが時空を超えて、現実の俺に刻みつけた気持ち。この気持ちが愛である以上、俺は――。
「妹だからなんだってんだよ。俺たちは種違いの兄妹で、ほかの奴らとは境遇が全然違うじゃないか」
「……そっか。お兄ちゃんも気づいてたんだね」
「気づいたってか、気づかせてもらったってってか……」
「そう、私たちはほかの兄妹とは違うの。一般の兄妹は、同じお父さんとお母さんから産まれて、同じ遺伝子で強固な繋がりを築いてる。だけど、私たちはお母さんが同じでも、それぞれが違うお父さんの種から産まれてる。だから、私たち兄妹の血の繋がりは、他の兄妹よりも弱くて、崩れ去りやすい」
「それでもさ、なにがあったって俺と優梨が兄妹であることは変わらないと思うがな」
「どうしてそう言い切れるの……? お母さんと悠真伯父さんは実の兄妹だっただけど、2人は愛し合ってて、お腹にはお兄ちゃんもいた。なのに、多知川家と佐奈田家のせいで、2人は引き裂かれて、家族でいることもできなくなって……」
俺たち兄妹はそうなりたくないと、優梨は憂わしげに呟いた。
多知川佐奈田両家を壊滅させた張本人のくせに白々しい――と思いながらも、兄妹関係を繫ぎとめる言葉が欲しくて演技しているのだと考えれば愛くるしくも感じられる。
そんな妹を納得させる言葉。
「優梨はずっと俺の隣にいてくれた。父さんは優梨に魅入られて、母さんは俺を通して悠真さんを見ていた。けど、優梨だけは、俺を兄として見てくれた。一人の男として愛してくれた」
「もちろん。お兄ちゃんの隣が私の居場所で、私はお兄ちゃんを愛してるから」
「……そんな妹を――一途に慕ってくれてる妹を、俺は手放したくない。――手放さない! 多知川家や佐奈田家のような、兄妹関係を引き裂く存在が現れたとしても、絶対に放すもんか……! 俺は優梨のお兄ちゃんだからな」
「それが、私たちが兄妹であることの変わらない理由……。私がお兄ちゃんを一途に慕ってる間は、兄妹でいられるってことだね……えへへ、カンタンじゃん」
「だろ? だけど、女の子として俺に好意を寄せてくれてるお前にも報いたい。俺は本気で妹を愛してるから。だからさ、優梨」
「うん」
「恋人になろう」
「……うんっ」
「俺たちの世界は2人だけで完結してる。ほかの兄妹とは違う、俺たちなりの、世界にたったひとつだけの兄妹の形を作っていこう」
「うんっ……!」
――可愛い。
優梨の綻んだ笑顔と明るい返事が、あまりにも愛おしくて、髪を撫でるように触れる。
「はぅ……えへへ」
すると、肩が揺れ、次第に頬が赤くなっていく。
その些細な表情の変化に胸がじわじわと熱くなる。感情を抑えきれなくなって、妹に愛情を注ぐように壊れるくらい強く抱き締める。
「優梨……!」
「お兄、ちゃんっ……んんっ」
そして、潤った薄桃色の唇にキスをした。
ただ唇が触れ合うだけの口づけ。しかし、その口づけが、多知川優也と多知川優梨――2人の関係を作り変える。
「んふー……私を選んでくれてありがとう、お兄ちゃん。やっと夢が叶ったよ」
「こちらこそ、俺を好きでいてくれてありがとな」
優梨は俺の妹である――それはずっと変わらない。
けど、同時に優梨は俺の恋人になった。それが俺の選択した結末だ。
「私いますごく幸せだよ、幸せ最絶頂だぁ……。こんな幸せなことはもうないんじゃないかな、なんて」
「なーに言ってたんだか」
「大袈裟だったかな? もしかして、私はしゃぎすぎ……?」
「いや、俺もいままで生きてきた中で、1番幸せだって思ってる。当たり前だけど、2番は優梨が生まれてきてくれたことだな。ただし――」
「ただし……?」
「この瞬間に限っては、俺たちは最絶頂に幸せなのは間違いないけど、今後、結婚、妊娠出産、子どもの成長――挙げればキリがないくらいに俺たち兄妹には幸せが待ってる」
「んふーそだね、私はまだまだ幸せになれるね!」
「そーゆーこった」
「えへへ、お兄ちゃん愛してるっ」
「俺も優梨を愛してるぞ」
そう、俺たちの物語は、ここで終わらない。
これからもずっと続いていく。俺が望んだ未来はここにあったんだ!




