4.帰国子女に接触
朝のホームルームは間に合わず、始業式には途中からの参加になった。
優梨の担任からは「優秀な生徒である優梨さんの成績に傷をつけないでもらいたい。彼女の進路選択が狭まるようなことがあっては学校の恥なのでね」と注意を受けた。今回は非常事態だから仕方ないとはいえ、今後は優梨の足を引っ張ることがないようにしたい。
それはさておき、始業式を終えて教室に戻ってすぐに、前の席に座る銀髪翠瞳の美少女に声をかけた。
「よ、帰国子女。少し話があるんだけど、いいか?」
「え、ぁ……はい。大丈夫、です」
「助かる。できれば、2人きりで話したい。ついてきてくれるか?」
浮世絵離れした美しさを放つ表情に困惑の色が浮かぶが、少し考えてからこくりと頷き、俺の後をついてくる。
「この辺でいいか」
部室棟にある階段の踊り場にシルヴィーを呼び出す。
「……」
「…………」
部室棟には、俺たち以外に人の気配はない。始業式後、先生から教室で待機しているよう指示があったこともあり、ほとんどの生徒が指示通りに待っているのだろう。
これで心置きなく内緒話ができる。
「……あのワタシ、ホームルームのときに自己紹介したんですけど、そのときいなかった、ですよね? はじめまして、です。ワタシは――」
俺が周囲に気を回している間に生まれた沈黙に耐えきれなかったシルヴィーが、自己紹介をしてくれる。
遅刻が原因でホームルームに間に合わなかった俺に対する優しい配慮だ。俺が、彼女と初対面、あるいは小学校の頃の記憶を忘れていれば、その配慮を心置きなく受け取ることができるわけだが。
「知ってる、シルヴィー・フォッセさんだろ? シルヴィー・フォッセさんは俺のことをよく見てるんだな」
「い、いえ、自己紹介のときはワタシの後ろの席が空席だったんですけど、始業式が終わってあなたがそこに座っていたから……」
「シルヴィー、別に言い訳しなくてもいいんだぞ」
「ええ、と? ユーヤ……? もしかして、ワタシのこと……」
「久しぶりだな、シルヴィー。俺は、多知川 優也。小2のころに牛乳を飲んでやったりとかしたけど、覚えててくれたみたいで嬉しいぞ」
「嘘……。ユーヤは、もうワタシのことを覚えてないって思って……」
「だろー? んま、最近まで忘れちまってて、色々あって思い出したんだけどな。いやー銀髪の綺麗な女の子を忘れるはずないだろ、ってかっこよく言いたかったわ」
「ふふ……ふふふっ、そんなこと言われたら、ワタシはユーヤのことをもっと……。それでも嬉しい……すごく、すごく嬉しい、です」
「たぶん優梨もシルヴィーのこと忘れてない。むしろ、お前のこと未だに意識してると思うぞ」
「ユーリ、ですか……」
「そう、優梨だ。……なあ、シルヴィー」
「なんですか……?」
この上なく上機嫌なったかと思えば、優梨の名前を聞いた途端にテンションが急降下するシルヴィー。
これからシルヴィーは、初恋の人が妹を好きになったことを知り、これ以上ないくらいのどん底を味わうことだろう。
だからこそ、彼女の俺に対する恋心を粉々に踏み躙る。俺のことを嫌いになってくれることを願う。そうすれば、彼女は多知川兄妹につきまとうことはもう――。
「俺には、命を懸けて守りたい、ずっと一緒にいたいって思える女の子ができたんだ。違うな――彼女が誕生したときにそう誓ったんだ」
「……それって」
「そう、多知川 優梨――俺の妹だ」
「妹、ですよね……? 兄と妹の恋は遊びでも許されない、です。誰も認めてくれない、ですよ?」
「シルヴィーは、そう言って俺を助け出そうとしてくれるってわかってた」
「当たり前、です。だって、ワタシは、ユーヤのことが――」
「それでも、愛してるって胸を張って言える人なんだ」
「っ……」
シルヴィーの言葉を強引に遮った。
絶対に俺に抱いている好意を口にさせない。ひたすらに優梨に対する愛を語り、叶わない恋であることを教えてやる。
「たとえ後ろ指を指されることになっても、赤の他人のことなんて気にしないからよ。俺は、好きな人が笑顔でいてくれてなら、それでいい。一緒にいることで幸せになれるなら、他になにもいらない」
「ワタシもいりませんか……? ユーヤと一緒にいたいと思うことはわがまま、ですか……?」
「……わがまま、だな。俺は優梨が好きだから。それ以外の女の子と一緒にいてほしいなんて、おかしいだろ」
「ワタシとユーリの差は、なんですか? 過ごした時間、ですか? そうなら、今後はユーヤとずっと一緒にいます。絶対離れません。家事の得意不得意、ですか? いままでは家の者にお任せしてたので、今後はユーヤのために頑張ります」
「んなわけがない。その程度で、俺は優梨以外の女の子になびかねえよ」
「じゃあ。えっ、うぅ……ぇっちのこと、ですか……? だ、大丈夫、です。ワタシは、ユーリよりも胸が大きいですし、ワタシの全部を捧げる覚悟をしてます。……ワタシ、ユーヤのために尽くします、から……」
「……」
「お願い、です。お願い、です、ユーヤ」
シルヴィーは、何度も何度も懇願する。いまにも頭を床に擦り付けそうな勢いだ。
口にしなくても彼女が俺のことを好きなんだと嫌でも伝わる。
シルヴィーの告白を遮った理由――本当は恐かったんだ。俺は優梨を愛しているはずなのに、もしかしたら恋心がシルヴィーに傾いてしまうことを恐れたんだ。
だから、叶わない恋であることをシルヴィーに対して、そして自分に対しても思わせたかった。
でも、無理だったな。
「はは……シルヴィーは、俺のことがめちゃくちゃ好きなんだな。妹を愛してるシスコンみたいな奴なのにさ」
「んっ。ワタシは、ユーヤのことが好き、です」
シルヴィーから紡がれた短い告白。しかし、俺に対する好意が胸いっぱいに伝わってきた。
「ありがとう。綺麗な女の子に好きって告られるのはすげえ嬉しい」
「じゃあ、ワタシことを恋人にしてくれますか……?」
恋する翠の瞳が俺を見つめる。宝石のようにキラキラと輝いていて、吸い込まれそうになる。
「優梨もだけど、恋する女の子には敵わないよな全くよ」
「ふふ、好きな人のためなら、恋する女の子は何でもできちゃうん、です。……でも、ワタシも優梨に負けましたから、お互いさま、です」
「負けって……納得してくれたってことでいいのか?」
「……納得はできない、です。ユーヤがほかの女の子を愛していても、ワタシがあなたのことを好きでいることには変わりませんから。ただーー」
「ただ……?」
「ワタシが愛してる人と日本で初めてできた友達の恋が上手くいくことを応援してもいい、ですか?」
「シルヴィー……」
「でも、ですね。ワタシはユーヤのことを諦めてないですから、2人の仲が悪くなったらすぐにユーヤを奪います」
「優梨を悲しませたくないから、そうなることはないだろうが……。俺たちの関係を応援してくれる友達がいるのは嬉しいぞ」
「ありがとう……ございます。ん、ふふ……」
痛々しい笑みを浮かべるシルヴィー。無理やり笑顔を作っていることがよくわかる。
それでも告白できたこと、好意を抱き続けていいと認められたことは、彼女の救いになるのではないか。この結果なら、遺恨は残らず、シルヴィーエンドのような結末を迎えることはないように思える。
「じゃあ、教室戻るか」
「んっ」
危惧していたシルヴィーと愛し合う――あったかもしれないルートを排除することに成功した。
――これでもう邪魔はいない。




