3.妹の忠告
「ごちそうさま。朝からこんな美味いもん食えるなんて、優梨の兄はすんげぇ幸せもんだな」
「お粗末さまでした。えへへ、朝からお兄ちゃんに褒められちゃった。嬉しいなっ」
妹の綻んだ笑顔にドキリとさせられる。
テーブルにズラリと並べられた唐揚げやポテトサラダなどの手の込んだ朝食を平らげた。お世辞でも、大袈裟でもなく、俺は優梨の兄で幸せ者だと思う。
朝食のメニューはゲーム世界と全く同じもので、いまのところゲーム世界と同じ流れを進んでいるようだ。
「そんじゃ、学校に行くか。いまからだと新学期だってーのに遅刻になっちゃうけど、その……悪いな。優等生のお前を遅刻に付き合わせちまって」
「ううん、遅刻のことは気にしてないよ。私は、頑張って作った料理をお兄ちゃんに美味しく食べてもらって、お兄ちゃんの血に肉、エネルギーになってくれるほうがよっぽど嬉しいもん」
「おう、こんだけ美味しもんを朝から食べたから、力がモリモリ湧いてきてる。今日は寝ずに授業を受けられる――て、今日は始業式だけで授業はないか」
「寝ないで校長先生のお話を聞けるといいね」
「無理難題を言うんじゃない。てか、急がないと始業式にも遅れちまうぞ」
「急ごう急ごう!」
「……だな」
優梨の妙な素直さに違和感を覚える。
ゲームの世界では「ズル休みしよ……?」と提案してきたのに、それがないまま登校することになったから感じたのかもしれない。まあ、ゲームと現実で差異があると考えれば、変化があって当然か。
2人して家を飛び出し、走って学校に向かう。優梨は運動音痴なこともあり、途中から俺におんぶされていたけど。
校門をくぐったところで、優梨を下ろす。
登校時間がとっくに過ぎていてこともあり、俺たち以外に誰もおらず、変に目立つことはなかった。
「走ると疲れるよね。明日からはお兄ちゃんとゆっくりイチャイチャ登校できるといいな」
「ほとんど俺に背負ってもらってたのに、その言い草はおかしくないか? お前が走ったのは数メートルにも満たない距離だろ」
「そうだったかな? えへー覚えてないや」
「自分に都合のいいように改ざんしやがって。もうおんぶしてやらないからな」
「え、嘘だよね、お兄ちゃん!? そ、そんなあぁ……」
この世の終わりとでも言いたげに悲しむ優梨を置いて、教室に――。
「おっと、危うく忘れるところだった。俺のベッドにスマホ忘れていったろ? はいよ」
「スマホ? あー全然気づかなかった。お兄ちゃんの布団に潜り込んだときに落としちゃったのかな?」
優梨は、俺がスマホを弄ったことには気づいていない様子に一安心。
それでもスマホを俺の部屋に置き忘れた事実は変わらない。俺以外にこんな失態を犯さないように注意する必要があるだろう。
「次は落とすんじゃないぞ。スマホの中身を他人に見られても文句は言えないからな。それにお前のプライベートを見られんのは兄として、その……ちょっと、な」
「はは〜ん。んふーお兄ちゃんったらー」
「なんだよ、にやにやして 」
「んふーなんでもないよん」
「あそうですかい。全くお前はどんな顔をしても可愛いな」
「んふーそうかなあそうかなぁ。んふんふーお兄ちゃんも可愛いよっ」
「兄相手に可愛いなんて言葉を使うんじゃないやい。普通はお兄ちゃんかっこいい、だろ!?」
「かっこいいもたくさん言ってるような……? お兄ちゃんは普段からかっこいいし、今回は反応がすごく可愛かったから」
「普段からかっこいいって褒めていけ。でないと、伝わんないぞ。現に俺にはかっこいいなんて自覚が全くない。優梨が刷り込みをしてくれなかったからだな」
「もう、しょうがないなぁ。……いくよ?」
「お、おう……」
優梨が、上目遣いで擦り寄ってくる。
目と鼻の先まで近づいてきた天使と見間違う愛らしい顔と女性の柔らかい感触にドキドキする。返事も上擦いた声で返してしまう。
ただ「かっこいい」と褒めてもらうだけなのにこんなに緊張するものなのか。世界中にいるどの兄よりも、妹からかっこいいと褒められている自信があるのに何てことを……。
ただ改めて聞きたいがために冗談混じりに発したことを後悔する。
「んふー」
「な、なんだよ、可愛い笑顔を見せやがって」
「お兄ちゃんはかっこいい。私にとって唯一かっこいいって思える人はお兄ちゃんだけだよ、えへへ」
「完璧な刷り込みだ。これで、自分がかっこいいことを自覚することができたぞ」
「自覚しても、調子に乗って女の子をたぶらかしちゃだめだよ? お兄ちゃんは、私のお兄ちゃんなんだからっ」
「だな、肝に命じておく」
「よろしい! あー立ち話してたら、このままじゃあ始業式にも遅れちゃうね!? また放課後にねーっ」
「はいよ。これまで通り、帰りのホームルームが終わり次第、校門で待ち合わせな」
「はーいっ」
自分のクラスの下駄箱へ走りながら、何度も俺のほうを振り返り手を振る優梨。俺はそれに手を振り返して答える。
そうして、優梨が視界から見えなくなってから、ゆっくりと自分のクラスの下駄箱に向かった。
何が優梨の琴線に触れたかは判断がつかないが、機嫌がいいのなら深く追求することはない。妹が隣で笑っていてくれることが俺の幸せだから
そのためにも――。




