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3.妹の本性

 満月が照らす、かげりのない夜。


 10分前くらいにSNSアプリで、優梨に呼び出されて、指定された公園に足を運んでいた。


「おい、優梨。いま何時だと思ってやがる。22時だぞ22時、可愛い女の子が外を出歩いていい時間じゃないだろ!?」


「ごめんね、お兄ちゃん。思ったより時間がかかっちゃって」


「お前、自分がどんだけ可愛いのか、わかってんのか!? お前、男から大人気なんだぞ、お前のことが好きな奴めっちゃいるんだからな!? それくらい可愛いんだから、危ない奴に狙われる可能性だってあるのに」


 少し遅れて公園に着いた妹に説教してやるつもりで、啖呵を切る。20時になっても帰ってこない優梨を心配し、市内を探し回っていたのだから、これくらいは当然の権利だろう。


「私にとって、お兄ちゃんがすべて。お兄ちゃん以外の有象無象は、眼中にないよ。だからさ、お兄ちゃんは私のことをどう思ってるのか教えてほしいの。可愛いって思ってくれてる?」


「いや、まあ、可愛いって思ってるよ。いつも言ってるじゃんか、可愛い可愛いって」


「どれくらい?」


「世界一? いーや、宇宙一だな。俺の妹は誰よりもめっちゃ可愛いぞ。てか、いまその話関係なくね?」


「んふーじゃあ、私のこと好き?」


「無視かよ、はぁ……。そりゃあ、好きに決まってんだろ。優梨は、俺の妹であり、俺にとって唯一の肉親なんだ。愛してると言ってもいい」


「愛してるって言われて、喜んでる私がいる。でも、お兄ちゃんが口にしてくれた"愛してる"と、私がお兄ちゃんに対して抱いてる"愛してる"は違うよね。私はね、1人の男性として、お兄ちゃんを愛してるよ」


 突然、告げられた妹からの好意。

 しかし、その好意は社会的、倫理的に受け入れがたいものだった。


「はぁ……? 俺たちは、兄妹だろ……?」


 困惑が声の震えに現れる。


 俺だって、妹を1人の女の子として意識することはある。こんなにも可愛い妹なのだから、意識しないほうがおかしい。

 だが、家族としての好意はあっても、1人の女の子に対する"愛してる"という気持ちは俺にはなかった。


 なのに優梨は――。

 そんな兄の考えなどお構いなしに、当たり前のように言い放つ。


「血の繋がりなんて関係ない。私は、お兄ちゃんを好きになった。ただそれだけ」


「ま、ま、お前がどんだけ好意を寄せてくれてるのかわかった。そ、そんなことより可愛い妹がこんな夜遅くに出かけてることに俺は怒ってんだよ」


 妹の好意をいまの自分には理解しがたいものであると気づき、わざとらしく本題に戻した。


「私がこんな遅くまで、なにをしてたか気になるんだよね」


「なんだよ、そのもったいぶった言い方は。ああ、兄として、知っておく必要があるだろ。夜遊びしてんなら、矯正しなくちゃならないし、大事な妹が知らない男に誑かされてたらボコボコしに行くぞ俺は」


「私が歪んだ好意を寄せてるって知っても、お兄ちゃん然でいてくれるんだね」


「当然だ。どんなことがあっても、俺は優梨のことを1番大切に想ってるんだからな」


「じゃあ、妹がこんなことしても、そう想い続けてくれるかな? 兄妹として、ずっと愛してくれるかな?」


 意味深な言葉を投げかけて、肩にかけたスクールバッグから丸い物体を取り出す優梨。

 それは白く透き通った艶めかしい肌をしていて……肌? 夜風に当てられてた長い銀髪は、華やかに靡いていた。銀、髪……?


「フォッセ……?」


 色白の肌、銀色の髪、死んでもなお損なわない気品高い美しさ――今日、仲良くなったシルヴィー・フォッセの特徴に酷似していた。


「そう、シルヴィー・フォッセさんの、あ・た・ま。あはは、けっこう大変だったんだからね。抵抗されて、少し怪我をしちゃったよ」


「なんで、フォッセが……? どういうことだよ、優梨。なぁ……?……優梨ッ!!」


 妹が○した? ――信じられない。

 妹が○した? ――信じたくない。

 妹が○した? ――そんなはずない。

 妹が○した? ――嘘であってほしい。


 けど、どんなに妹を庇いたくても、彼女が動かぬ証拠を持っている以上、真実を問いただすほかなかった。


「この人から、なにか貰ったでしょ?」


「はぁ……?」


「パンみたいな食べ物貰って食べてたよね? 美味しかった? ねえ、美味しかった?」


「美味しかったって、そういう話をしてないだろうが!! お前、なにしたかわかってんのかよッ!?」


「もっちろーん。この女が私の大好きな、大好き、な……ううん、この世界で一番愛してるお兄ちゃんに手を出したんだよ? だから、私は間違ってない。この結果は当然だよ」


「ただ食べ物を貰っただけなのに、か……?」


「だって、邪魔者――ゴホン……お父さんとお母さんが死んでから、お兄ちゃんは私の料理をいつも食べてくれたよね。美味しい、美味しいーって言ってくれて嬉しかったなぁ。なのに……なのに! なのに!! 今日は私の作ったご飯を食べないで、ほかの女に餌付けされて、お兄ちゃんの体が穢されたみたいで……許させなかったの」


「そんなことで? お前、そんなことで、フォッセの命を……?」


「うんっ! だからね、汚物は取り除かなくちゃ。えへっ、私に任せて!」


 優梨は、眩く光るモノを取り出す。


「おい、包丁を持って、近づいてくるな。あ、ああ、危ないだろ……」


「危なくないよー。ただちょっと痛いかもだけど、お兄ちゃんの体を綺麗にしてあげるから。ほかの女の存在を綺麗さっぱり消してあげるからっ」


 ゆっくりとした歩みで距離を詰めてくる優梨に、恐怖のあまりたじろぐ。

 死が迫っている。それは逃れることができない確定した道筋のようで、その場から逃げ出すことができなかった。


「少し我慢してくれれば、だいじょーぶい。すぐ終わらせるからね……?」


 この日のために買い置きしていたとでも言いたげな、刃こぼれがしていない新品の包丁。それを満面の笑みで、兄の腹部にあてがった。


「ぐ、ぁ……」


 包丁の先端が衣服を越えて、肌に触れる。冷ややかな刃の感覚を感じ、声にならない悲鳴をあげた。


「我慢、が・ま・ん。まだなにもしてない、これからなんだから。んよっしょっと」


「ああぁぁッ、んんあああッッッ……!!」


 悲痛な叫びが木霊する。


 包丁が肉体にめり込んでくる痛み。あまりの激痛に妹を想うことすら、敵わない。

 痛い、痛い、痛い。痛いとかそういう次元の痛みじゃない!


「やめ、ろ……ゆ、ぅ……り……」


 震える唇で、必死に言葉にする。

 しかし、それは無駄な足掻きでしかない。裂傷が血を垂れ流し、意識の有無も定かではない。体の限界は顕著だったのだ。


 それを感じ取った最愛の妹は、黒い薔薇を咲かせて――。


「生きたまま私のものにできないのは残念だけど、大丈夫だよ。死んじゃっても、私はずっとお兄ちゃんを愛してるから。同じお墓に入って、永遠の愛を紡いでいこうねっ!」


 肉体に妹の愛が染み込んでくる。

 受け止めきれないほどの膨大な愛。愛が妹を突き動かし、俺を死に至らしめる。兄に対する愛こそが妹の原動力。


 俺は、こんなにも妹に愛されているのだと、いまやっと気づいた。


 けど、それも手遅れ――。


「…………」


 俺――多知川 優也は、妹の愛を一心に受けて、18年の人生に幕を閉じたのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 僅か3話で主人公とヒロイン(?)が死ぬ恋愛小説初めてかも
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