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奈々History

 自分――美崎 奈々は、一族の期待と展望を一身に受けて、育ってきた。


「奈々よ、美崎家の者として、人の模範となる振る舞いをしろ」


「はい、おじいさま」


「日々の努力を怠るな。当然、結果の示せない行為を努力とは呼ばないからな」


「はい、おじいさま」


「常に頂点に君臨しろ。ことさら勉学においては、敗北の二文字は許されない。それが美崎家のあるべき姿。お前は幼児部でも素晴らしく成績がよかったと耳にしている。就学後もそれを続けることだ」


「はい、おじいさま」


 お爺様から掟を聞かされたのは自分が小学校に就学する直前のことで、中世の頃から教育に携わる美崎家の娘として生を受けた以上は当然のことだと思っていた。


 お爺様が理事長をしている高岡高等学校に進学しても掟を遵守した。

 まず知能レベルの低い人間を見下し、敬語や無愛想な態度で周囲から距離をおいた。カラスのように無駄に騒ぐ彼らと関わりをもっても、人の模範になるはずもなく、努力する時間が削られてしまうと考えたからだ。

 当然、可憐で清楚な容姿で周囲を引き寄せる人気者――多知川 優梨も例外ではなかった。


 それから入学して数ヶ月が経ち。初めての定期試験は、全教科で満点に近い数字を叩き出した。しかし、満点の多知川 優梨に惨敗し、学年2位だった。

 定期試験の無様な結果にお爺様は激怒し、両親は泣き崩れた。自分も、見下していたはずの人間に敗北したことが許せなくて、これまでより必死に勉強して1学期最後の定期試験に臨んだ。

 それでも、優梨に次いでの2位という結果に終わった。


 夏休みを翌日に控えた終業式。終業式が閉会し、教室に戻ると担任の先生から成績表が配られた。

 成績はオールS評価。美崎家として、当然の結果である。

 けれど、成績表の結果では、多知川 優梨に二度も敗北した悔しさと怒りを忘れることはできなかった。


 だからか、夏休みに浮かれて足早に帰宅するクラスメイトを尻目に、スマホを弄る多知川 優梨の席の前で足を止めていた。ほとんど無意識の行動だった。


「んーっ。ん……? あ、奈々ちゃんだっ。あれ、私に何か用かな?」


 気安く名前を呼ばれてムカっとくるも、苛立ちを表に出さない。多知川 優梨という人間を知るいい機会だと思い、声をかける。

 ――これが自分と優ちゃんの初めての会話になる。


「多知川さんは、二度の定期試験で1位を取っていますよね。頭がいいんですね」


「えへへ、それほどでも。これでもいーっぱい勉強を頑張ったからね」


 ――何がいっぱい勉強を頑張った、ですか。学校でクラスメイトと無駄な交流をして、家でも大して努力をしていないんでしょうに。

 ヘラヘラと笑う多知川 優梨に反吐が出る。


「さぞ成績表もよい結果だったんでしょうね」


「それがそんなこともないの。体育の成績は最低のD評価だったし。小学校の頃は、すっごく得意だったんだけどね、あはは」


「あ……」


 失念していた。彼女は、体育に関してはかなりの運動音痴だったんだ。

 体力測定では全ての種目で平均を大きく下回り、通常の授業でも活躍した場面を見たことがない。


「奈々さんは、体育も男の子に負けないくらいすごかったよね」


「美崎家に生まれた以上は、常に頂点に立ち続けることが家の掟ですから。こと学問においてはなおさら……なのに、自分は……」


「な、奈々ちゃん?」


「なぜ全ての時間を努力に捧げてきた自分が、無駄なことに時間を浪費するあなたに負けたんですか……?」


 恥を忍んで絞り出した小さな囁き。言葉の内容だけで判断すれば、八つ当たりと捉えられて仕方のないものだった。

 だが、多知川 優梨は心配するような声音で、


「ねえねえ、奈々ちゃん。ずっと気を張ってて疲れない? 家でも学校でも、自分に厳しく頑張ってるでしょ?」


「え、あ、努力するのは当然のことです……。ただ結果が伴っていない以上は何の意味もなしていませんが……」


「努力は大事だけど、息抜きはもっとだーいーじっ」


「あなたたちのように無駄な時間を過ごして、人生を棒に振れということですか?」


「もう奈々ちゃんはすぐに人に嫌われるようなことを言う」


「ごめんなさい――ではなく! あなたにはわざと、その……」


「えっとね、プライベートな時間を確保して、自分のしてみたいことやってみなよってことだよ。根を詰めて勉強しても、遊んた私には敵わなかったんだから、やってみる価値があるんじゃないかな」


「でも、自分は……」


「家とか学校に監視がいて自由がないんだったら、夏休みに学年1位の天才――多知川 優梨ちゃんと勉強するからって嘘ついて、夏休みどっか遊びにいこーよ!」


「あ、は……い……」


 なぜ多知川 優梨が、美崎家の事情を把握しているのかは深く考えず、ただ彼女の甘い誘惑に飲み込まれていた。それが人を思い通りに動かす彼女の話術であるとも当時の自分は知らずに。


 夏休みに入って、自分と優ちゃんはたくさん遊んだ。

 水族館や遊園地で子どものようにはしゃいで、渋谷や原宿では買い物を楽しんだ。そこでギャルに興味が湧いて、優ちゃんの勧めで、優也先輩前でギャルを演じることになるのはまた来年の話。

 ほかにも多くのことをしたが、勉強も怠らず最低でも1日8時間は参考書や問題集と向き合った。


 夏休みも終わり、2学期が半分過ぎた頃に実施された定期試験は――。


「満点で同一1位だよ、奈々ちゃん! やったやったねっ」


「優ちゃんが満点を取り続ける限り、自分も満点でなければ、1位になることができませんからね」


「私にケアレスミスを期待しても無駄だもんね。奈々ちゃんはよくわかってるー」


「二度――今回で三度目の満点を見せつけられてますから。あの……勉強を教えてくれてありがとうございます」


「教えてないよ、勉強は参考書を読んで、問題集を解くだけで、奈々ちゃんは1人で理解してたじゃん。私はただいっぱい遊んで、一緒に勉強して、いっぱい遊んだだけ」


「確かに。……たくさん遊んでくれてありがとうございます、優ちゃん」


「どういたしまして。それと、はいっ、プレゼント。1位おめでとう」


「え、うれ、しいです……優ちゃん……っ」


「奈々ちゃんが知らないこと、まだまだたくさん教えてあげるから、これからも勉強に遊びにいっぱい頑張ろうね」


 優ちゃんは定期試験の結果に大喜びし、サプライズで同一1位記念にリボンモチーフのネックレスをプレゼントしてくれた。優ちゃんだと思って、どんなときでも肌身離さずにつけようと思った。


 その後も優ちゃんを陥落させたことはないが、最低で2位、最高で同一1位の結果を残している。


 そして、自分の知らないことをたくさん経験させてくれた優ちゃんと接しているうちに恋心を抱くようになった。たぶん男女関係で抱く恋心だ。

 だから、優ちゃんが打ち明けてくれた禁断の愛や許されことない罪を全て受け止めることができたし、彼女の願いに従うことができた。優ちゃんの幸せのためであれば、自分や周囲の犠牲は厭わない。


 優ちゃんの幸せが自分の幸せだから。

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