10.『ヤンデレヒロインに立ち向かえ』のコーナー
真っ暗だった世界に明かりが灯る。
すると、流れる速さが異なる三つの瀬のある川と、黒く塗られた人型の立ち絵が視界に入った。立ち絵は長い髪と豊満な胸が目を惹く女の子で、全体図だけでも彼女の魅力が伝わってくる。
「二度あることは三度ある。はい、どーも。みんなのアイドル、Y2です。わーわー」
「御託はいらない。早く本題に入ってくれ」
「会って一言目になんですかもう。ぷんぷん。せっかちさんですね、まったく。ぷんぷん」
言葉に減り張りがないために電子音のように聞こえるY2の声。能面のように変わらない表情と感情の乗っていない言葉からは、彼女の本心を読み取ることが相変わらず難しい。
とりあえず、テキトーに褒めておく。
「はい、可愛い可愛い。Y2は可愛いな」
「はいはい、お世話をありがとうございます。ぺっこりん。ではお望み通り本題に、ええと……今回は奈々エンドを迎えたようですね」
「みたいだな。奈々に告られたところで終わった」
「奈々と紡ぐ物語に興味があるのであれば、シルヴィーエンドを迎えた際に解放された【EXTRA】を開いて、奈々Afterを観賞することをおすすめします。ぷっしゅっしゅ」
「結構だ」
「釣れないですね。すかすか」
「そりゃ俺の目的は、優梨とずっと一緒に過ごすことだからな。何度も言わせるなよ、Y2」
「であれば、今回も失敗という結果に終わりましたね。不出来な生徒がなかなかクリアしてくれないので、これで三度目の登場になってしまいました。やったやっ――うえんうえん」
「Y2は、毎度残業は嫌だって愚痴ってる癖して、無駄口を叩くよな」
「これでもあなたを元気づけるつもりでやっています、感謝してください。ぴーすぴーす。ただ――今回はあまり落ち込んでいないんですね」
「何があっても、優梨と添い遂げるって決めたからな」
迷いもなく紡がれる誓いの言葉。ゲームを通して積み上げてきた決心が揺らぐことはない。
「その言葉を聞けて安心しました。セーフセーフ。あなたをヤル気にさせるのは面倒ですからね」
「ヤル気じゃなくて、やる気な」
「しかし、本気で愛してもいないのに、家族の好き程度でずっと一緒にいたいと願うのは、わがままですよね。ぷんぷん」
「そうだ、いままでの俺はわがままだった。自分の欲求を満たしたいだけの子どもだった。兄妹だからってずっと一緒にいたいと願うのは傲慢だって、俺も理解した」
「ふむふむ……」
Y2が口にしてくれた敗因を改善できなければ、前√の繰り返すだけ。俺と優梨が一緒に居続けることはできない。
なら、どうすればいいのか。
男と女が添い遂げるには、結婚と相場が決まっている。結婚は、愛し合った男女が儀式を執り行い、結婚した男女は家庭を築き、子を成していくものだから。
「だから、俺は優梨を1人の女の子として愛したい。欺瞞でも、義務感でもなく、俺が愛したい女の子だから愛するんだ」
想いを言葉にすると、心が暖まる。枷となっていた重荷から解き放たれたような気がする。
これで俺は、心から優梨を愛せるようになったんだ――。
「……それはそれは。期待してもいいんですよね。わくわく」
「へへ、優梨のことを一番に想ってる俺が、優梨を1人の女として愛せないはずがないんだよなぁ」
「なるほど。そこまでの自信と覚悟があるのであれば――妹の罪を知ることになっても、妹に対する愛情が揺らぐことはありませんよね」
「妹の罪? 愛情が揺らぐ? まだ俺が知らない優梨の罪……しかも、自信と覚悟が損なわれるような重い罪があるとでも……?」
「Y2に聞かずに、自分の目で確かめて見るのがよいと思いますよ。ポチッと」
――【EXTRA】に優梨Historyが追加されました。
Y2の軽いノリとともに宙に映し出される文字。
その文字に触れようと腕を伸ばすが、俺に選択権はないとでも言いたげに空を切った。
「おいY2、こりゃどういうことだよ!? 俺はまだ優梨を攻略してなんかないぞ!」
「ごめんなさい。ぺこりん。Y2は、妹に対するあなたの愛を確かめて見たくなりました。てへぺろ」
「可愛く言ってみせても、棒読みじゃ意味な――」
文句を言い終える前に音を失う。次に身体の自由がなくなり、視界も途絶えて――。
Y2によって、強制的に意識をブラックアウトさせられてしまった。
暗転。
★ ☆ ★ ☆ ★
「勢いあまって、予定にないことしちゃったしちゃったよ! ゲーム内の助言をするだけで、基本は傍観するスタンスでいようと思ってたのに。条件を踏まずに優梨Historyを解放して、無理矢理送り込んじゃったけど、大丈夫かな……?」
黒く塗り潰された立ち絵から、セーラー服に白衣を羽織った女の子がゆっくりと姿を現わす。背は小さいもののその容姿は誰もが可愛いと賞するほどで、声は鈴のような甘い音を響かせている。
けれど、その愛らしい表情と魅惑の声にも、言葉の端々から優也を心配する様子が伺えた。
「そもそも急に物分かりがよくなった__が悪いんだよ、うん。だんだん私の出番短くなってるし。なってるよね? ……でも、生半可な愛情で告白されてもいい気分しないし、この対応が妥当かなーなんて」
と口では言いつつも、やはり不安を拭えない女の子。心を落ち着かせるために、優也の顔がプリントされたクッションに抱き着き、優也が使い込んだ歯磨きを口に含み、優也の使用済みパンツを頭に被っ――。
女の子は、不安が募るあまり常軌を逸した言動に手を出そうとするも、すぐに思いとどまる。
「ま、まあ、__の意思が確認できるまで、奈々historyでも見て時間を潰そうかな。――奈々ちゃんがどんな気持ちを抱いてくれてたか知りたいしね」
優也のことでソワソワしながら、優也の全身がプリントされた抱き枕に身を預ける。
「じゃあ、いってみよー」
女の子は、寝転がったまま新たなウィンドウ――【EXTRA】を開き、奈々Historyを再生した。




