9.妹の死
「奈々、さん……?」
「おはようございます、優也先輩……」
寝起きに見えたのは、目元にクマを作り泣き疲れたような表情を浮かべる奈々さんと何の飾り気もない白い天井だった。
「ここは、どこだ……? 俺は家から出た覚えなんてないぞ、俺は優梨と一緒に……」
「お爺様と旧知の仲にある方が営んでいる小さな病院です。その……自分が優也先輩の首を締めて、殺そうと試みて……それも上手くいかず、気絶したままこの病院に運ばれて1日が経ちました」
「何言ってんだよ、奈々さん。俺はただ優梨と静かに暮らして、うっ……」
「優也さん!? 無理はしないでください。まだ安静に……」
わけのわからないことを口にする奈々さんに優梨と過ごした毎日のことを説明しようと起き上がるが、首に軽い痛みが走る。その痛みで、俺はこれまでのことを思い出した。
「……なら、優梨は? 優梨が奈々さんに襲いかかる瞬間を最後に気を失ってみたいでさ……。だから、優梨がどうなったか教えてほしい」
包丁を向けられた奈々さんが生きている。まだ1日とはいえ、俺が入院しているにもかかわらず、優梨の姿がない。
もしかして、この世には最愛の妹はももう――。
奈々さんは、俺の質問に対して静かに首を振る。
その行動にどのような意味があるのかわからない。言葉にしてはっきり伝えてくれなければ、俺は納得できない。
「……優ちゃんは死にました。自分が、殺したんです」
「ッ……」
予想していた通りの結果に言葉が出ない。
俺は、優梨のために選択してきた結果で紡がれたこの√が、誰も死なずに俺と優梨が一緒にいられる√であると信じて疑わなかった。
だというのに、俺が心を捨てきれなかったばかりに――いいや、本当は優梨を本気で愛すことができなかったばかりにこの結末を迎えてしまった。欺瞞でも、義務感でもなく、心の底から彼女を愛することができれば、どのように問い投げられるようが屈することはなかったんだ。
人間である以上、人を騙すには心の痛みが伴うのだから。
悔やんでも悔やみきれない思いを抱える俺に、俺が気絶した後のできごとを語ってくれた。
「優也先輩も包丁を手に襲いかかってきた優ちゃんを目にしたんですよね? 事実、彼女は自分に包丁を突きつけてきたんです」
「……だろうな。たとえ見ていなくても、優梨がその場に居合わせてしまったことを聞けば、そうなることは想像に難くない」
「優ちゃんの裏の顔を知ったような口ぶりですね」
「まぁな」
奈々さんの様子を見るに彼女も優梨の本性を知っているようだった。もしかすると、俺の気持ちを聞き出そうとしたことも含めて、奈々さんは優梨に協力していたのかもしれない。
「優也先輩を殺そうとしたところを見られてしまった自分は、死を覚悟をしました。彼女の意思に背いた罰を受けなくてはならないと。しかし、覚悟とは口にしていても、死の恐怖を耐えることができませんでした。っ……ぅ」
「抗ったんだな。はぁ……死ぬが恐いのはしょうがない。だから、泣くなよ」
「そう、うっ……うぅ、そう言われても……自分が抵抗したせいで、包丁は優ちゃんの心臓を……」
「ま、アイツの身体能力じゃ、同い歳の同性を負かすのは難しいよな」
「う、自分が、自分がぁ、っ……優ちゃんに素直に殺されていれば、はじめから優也先輩を殺そうなどと思わなければっ……」
「どっちが素のお前かは、関わりの浅い俺にはわからないけど、いつもみたいにらしくない笑顔を浮かべるか、2人きりのときに見せたお堅い感じで距離を置いた話し方をするかのどっちかにしてくれ。彼女いない歴=年齢で、しかも女の子と話す機会がそうそうない人間が、女の子の慰める技術なんてもってるはずないだろーが」
優梨が死んだことを脳が理解すれば、俺も奈々さんのように取り乱すと思っていた。活力が失われて、今度こそ全てを投げ捨ててしまうと思っていた。
けど、奈々さんが涙を流したからこそ、俺は冷静でいられた。また優梨と過ごすために、自暴自棄になって冷静さを失うわけにはいかなかったのだ。
「そのわりに、んふぅ……自分と2人きりで話していても、緊張されている様子はありませんけど。意外にも女性慣れしているのでは」
「世辞が言えるくらいには、元に戻ったんだな。ただ俺が女慣れしてるなんてのはありえない、勘違いだからな」
涙をハンカチで拭い、ぎごちない笑顔を見せる奈々さん。落ち着きを取り戻してくれたみたいだ。
「そうですか。ごめんなさい、自分のせいで話しが逸れてしまいましたね。でも、優也先輩が自嘲めいたことを言うから」
「奈々さんが少しでも元気になってくれたのならよかった」
「ふんっ、余計なお世話です。あなたが優ちゃんの好意に甘えて騙したことをまだ怒っていますから」
「可愛くないなぁ……。ギャル語を使って話してたときは、恥ずかしそうなところが可愛かったんだが」
なんて軽口を叩いていると、それを無視するように奈々さんは続きを話し始めた。
「その、自分が優ちゃんを刺して……優ちゃんが倒れたのを見て気が動転していましたが、それでもすぐに救急車を呼びました。警察にも連絡しました」
「警察……」
「しかし、どういうわけか警察が現場を訪れることも、今回の件が事件として取り上げられることもありませんでした。……お爺様が揉み消したんだと思います」
「お爺様というのは、俺たちが通っていた学校の理事長のことだろう? 自分の経営する生徒、しかも身内が事件が起こしたんじゃ、そうするきゃないだろ」
「頭ではわかっていても、自分は犯罪者です。刑務所に入って、罪を償わなくてはならない人間なんです」
「務所に入ったところで、優梨が生き返るわけでもないし、なかったことにもならないんだから、俺は優梨の分まで精一杯生きてほしいけどな」
「優ちゃんの分まで精一杯……」
「俺はそう思うだけで優梨がどうして欲しいかは知らないが」
「優ちゃんは、あなた以外の人間には眼中にない人でしたから、どうこうして欲しいなどはないと思います。自分が優也先輩を手にかけようとして、優ちゃんと優也先輩を会えないようにしてしまったことについてはかなり恨んでいるはずですけれど」
「妹の代わりに否定してやりたいけど、ま、恨んでるだろうな……」
「妹の代わり……優ちゃん、の代わり……」
「どうかしたか?」
小さい声で独り言を呟く奈々さん。さきほどまで優梨の死を悲しみ、悩み苦しんでいたのが嘘のように全てを吹っ切り、彼女の瞳に精魂が宿った――ような気がした。
「その、自分がいまやりたいと思ったことは、罪滅ぼしや償うことにはならないと思います。けれど、優ちゃんの意思を継いで、あなたの面倒を自分に見させてください。自分の一生を受け取ってください」
「……」
「聞いてますか、優也先輩」
「あ、あぁ……急にそんなこと言われてもな。……奈々さんは、俺のことが許せないんだろ? ようは嫌いってことじゃないか、嫌いなやつに一生尽くすって苦痛じゃないか……?」
奈々さんの豹変にポカンとするも、すぐに言葉を返す。
好意を持った相手ならまだしも、負の感情を抱いている相手に義務感で優梨のようにお世話をするは、ツラすぎる。昨日の奈々さんの言葉を借りるなら、「愛されてもいない相手と添い遂げて、それで幸せになれるとでも?」ってところだな。
どうせなら、俺みたいな凡人ではなく、能力の釣り合う人に尽くすべきだと思った。
けど、奈々さんの意思はとうに固まっていて――。
「自分はあなたを好きになります。優ちゃんが好きだった相手であれば、きっと好きになります」
「いまの言葉が優梨に聴こえてたら、大変なことになってたな絶対。たとえ優梨が地獄に行ってたとして、いまの言葉がアイツに聞こえてたら、奈々さんのことまた刺しに来ちまうぞ」
「好きな人に殺されるのであれば、本望です。昨日は気持ちが揺らいでしまいましたけど……今度こそ、優ちゃんのために死んでみせます。だから、あなたが自分を好きになって、優ちゃんのことを許せない気持ちが少しでも残っていれば自分を殺してください」
好きになった相手には、骨の髄まで尽くす――忠誠的な愛。好きな人の命令は絶対。死ねと指示を出されれば、それに従う。ただ今回のように好きな人の意に背くことも少なからずあるが、それでも奈々さんの好きな人に対する忠誠心は厚い。厚すぎる。
彼女もまた優梨とは別のベクトルで愛情が歪んでいるのだ。
優梨、シルヴィー、奈々さん――3人の女の子と関わって感じた。人を好きになるというのは、どこまで人を狂わせるのだろうかと。
しかし、不思議と嫌ではなかった。人を狂わせてしまうほど、俺は愛されていると実感できたから。
だから、俺は__がくれる歪んだ愛情を受け止めよう。そして、彼女を愛し、ともに添い遂げようと決心した。
暗転。
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【EXTRA】に奈々Historyが追加されました。
【EXTRA】に奈々Afterが追加されました。




