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2.帰国子女との邂逅

「遅刻せず済んだけど、あぁ〜〜朝から疲れたぁ……」


 始業式を終えて、今年1年間愛用していく机にうつ伏せになる。机がそれなりに冷たくて、卸したての枕カバーのような心地よさだった。

 だが、机は平らで固いという点においては、枕ほどの寝やすさがないのが難点だな。


 と、そんなどうでもいいことは置いておいて。今朝から自分の体に起きている摩訶不思議な現象に思考を割く。


「セーブ、ロード、キューセーブ、キューロードねぇ……。セーブは保存、ロードは保存したものを読み取るみたいなニュアンスなんだろうけど、キューセーブとキューロードってなんだよ。読み方あってんのかな……。んや、文字の意味、読み方がわかったところで、意味はないんだが」


 そもそもなぜ俺の眼は、右下辺りにある4つの単語――【SAVE】、【LOAD】、【Q.SAVE】、【Q.LOAD】を捉えるのか。

 昨日までは、そんなものは見えていなかったはずのに。視線を動かしても、目を瞑っても消えてはくれなかった。


 それに優梨と話しているときに出現した2つの言葉――それはまるでこれからの行方を左右する選択肢のようだった。選び間違えてしまうと不幸なことが起きるとでもいうのか。


 ぐうぅ……。

 お腹から鳴った音が思考を遮った。


「あぁ〜〜もうなにも考えたくない。腹減った……」


「朝食を、食べてないんですか……?」


 お腹の音を聞いて、1人の女の子が俺の席の前で足を止めた。


 綺麗な女の子だった。しかし、綺麗とだけ評価するにはおこがましいほどの美しさが、女の子には備わっていた。

 容姿は精巧に作られたフランス人形のようで、煌びやかな翠の瞳、色白の整った顔、流れるような銀色の長髪は気品溢れていた。体型は、セーラー服に曲線美を作り出すほどはっきりと凹凸が浮き出ていて、豊満な胸、美しくくびれた腰、ボリュームのあるお尻は、日本人離れしている。

 ――いいや、人間離れといってもいいほどだった。


「っ……」


「……?」


「あ、ああ。寝坊してさ、朝飯を食いそびれたんだ」


 思い出したように応答する。彼女のあまりの美しさに息を呑んでいた。


 ってか、女の子が俺に話しかけてくるとか久しぶりだな。俺から話しかけても無視されるし……。女の子と話すのは、去年以来か……?


「そう、だったんですね」


「そそ、だから、めっちゃ腹減ってんだ」


「なる、ほど……。あ、ワタシは、シルヴィー・フォッセ、です。帰国子女、です」


「そーいや、そんな話してたな。始業式前に教卓に立って、自己紹介してたろ?」


「んっ。あ、ええと、日本に来たばかりで、迷惑をおかけするかもしれません、けど、よろしくお願いします」


 途切れ途切れの拙い日本語で、フォッセはそう口にした。


 ――3年にもなって新しく友好を深めるとか、だるい。

 フォッセのお願いに内心面倒くさいと思いつつも、慌てふためく彼女の一所懸命な様子に心打たれる俺がいた。

 それに彼女の異端さに恐れおののいて、遠巻きに見ているクラスメイトは役に立ちそうにない。俺が力にならなければという責任感が湧いてきた。


 それに女の子とも話せるようになるしな! 下心丸出しでフォッセには申し訳ない。本当に申し訳ないが。


「俺は多知川 優也。まあなんだ、困ったことがあれば、俺を頼ればいい。できる範囲で力になるからよ」


「ユー……ヤ……。ユーヤっ! うん、ユーヤ!」


「おう。よろしくな、フォッセ」


「よろしく、お願いします、ユーヤ」


 ぺこり、と頭を下げるフォッセ。その空回りした真面目さに笑いが込み上げてきた。

 綺麗なだけじゃなくて、可愛いところもあるんだな。


 ぐるるぅ……。空腹の知らせが響く。


「あ、わりぃ。空腹を我慢できないみたいだ……昼までいけると思ったんだけどな」


「あの、食べますか?」


「なにそれ。初めて目にする食べ物だ」


「ブリオッシュ、です。フランスの、菓子パンなんですけど……」


 ブリオッシュ――パンの中央部分に丸いたんこぶが膨らんでいて、雪だるまみたいな形をしているパン。焼きたての香ばしい匂いが立ち込めている。


「俺が食ってもいいのか? フォッセが食べるために持ってきたんだろ?」


「いいんです。日本で初めて友達ができて……だから、食べてほしい、です」


 フォッセの申し出に俺は――。



▶︎パンを貰う


▶︎パンを貰わない



 もたもや出現した2つの選択肢。

 けれど、自分の状況と彼女の気持ちを鑑みて、答えはとっくに出ていた。


「言葉に甘えるとするわ」


「ゆ、ユーヤ……。あり、がとう」


「ばっか。礼を言うのは俺のほうだろ。ありがとな、フォッセ」


「んっ……うんっ!」


 フォッセからいただいたブリオッシュをかじる。


「甘くて美味しいな、これ。腹にもたまるし」


「ブリオッシュ、ワタシの手作り、です」


「すごいな、俺なんて料理を妹に任せっきりだぞ。料理どころか家事全般なんだけどさ」


「ユーヤ、妹がいたん、ですね」


「ああ、1つ下で、俺に全く似ずに育った、めっちゃ可愛い妹がいる。ん……?」


「ユーヤ?」


 鋭い眼力を感じる。それはものすごく強い怨念、死を匂わせる不快な視線だった。

 口に含んだブリオッシュを咀嚼し、誰がそのような視線を向けているのかを確認する。


「……」


「優梨?」


 俺の妹――優梨と視線が重なる。それもほんの一瞬のことで、すぐさま教室を通り過ぎていった。


 偶然、優梨が廊下を通っていた。偶然、俺を見ていた。

 偶然? 偶然なのか? 本当は俺を監視――ってそんなはずないか。


「ユーヤ、ユーヤ。スマホを見て、ください」


「limeがきてるな。教えてくれてありがとう、フォッセ」


 スマホのランプが点滅していることを教えてくれたフォッセに感謝して、スマホのSNSアプリを開く。妹の優梨から、メッセージを受信したみたいだ。

 その内容は、「今日、帰るのが遅れるかもだから、先に帰ってて。それと私が帰るまで、なにも食べないで。お願い」とのことだった。


 理由はわからないが、とりあえず「わかった」とだけ返信しておいた。

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