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2.優雅な朝食

 顔を洗い、シャキッとしたところで、リビングに向かう。食卓には、ずらりと並べられた色彩豊かな料理と満面の微笑みを浮かべる優梨が俺を待っていた。


「随分力を入れて作ったな……。朝食のメニューにしては手が込んでるみたいだし、今日は誰かの祝い日か?」


「んーん、お兄ちゃんに褒めてもらいたくて、頑張ったんだよ。いっぱい食べて、さあ、さあ。さあ、さあさあ」


「褒める。褒めてやるからドヤ顔すんな、可愛い顔が台無しだぞ。その……毎日、美味しもん作ってくれてありがとな」


「んふー……ふふっ……」


 ドヤ顔を見せつける優梨の頭にポンと手を乗せ、軽く撫でる。すると、俺を見つめる瞳がとろんと蕩け、ご機嫌のいいときに出る艶かしい声が漏れていた。


「マジ感謝してる。優梨がいなかったら俺は飢え死にしてただろうしな。やっぱり俺の妹はすげぇわ……」


 と軽くお礼を口にし、優梨の向かいに座る。


「……でも、褒めてもらえたのは嬉しいけど、まだ食べてないのに美味しいって言うの早くない?」


「優梨の料理が不味いなんてことあったか? ないだろ? だから、食わなくても美味しいのは確定してんだよ」


「なにそれ、んふー。まあ、私の料理にはお兄ちゃんへの愛情がいっぱい入ってるから、当然かなーやっぱり」


「そういうことだ。んじゃ、いただきます」


「いっただきます」


 まずは好物の唐揚げから摘まむ。


「んん、んまっ……。にしても、久しぶりだな、この味」


「久しぶり? 昨日も私の手作り食べてなかったっけ?」


「ぁ……食べた、な。う、うん、食べたわ」


 優梨の言う昨日は、4月8日だ。4月8日は確か、カレーとナンをメインにしたものだった。もちろん、ナンも優梨の手作りだ。


 だが、俺の昨日は、4月9日の2周目にあたる。

 しかも、これまで4月9日を二度経験してきたが、どちらも急いで学校に行くことを選択したため、今回が初めての朝食タイムとなった。二度ということは、日に換算すると優梨の手料理を食べたのは2日ぶりということになる。

 そりゃ懐かしさを覚えるわな。


「やっぱ美味しいわ、さすが俺の妹。いい嫁さんになれること間違いなし」


「ほんと!? お兄ちゃんのお嫁さんになれる……?」


「え……」


「どうなの、お兄ちゃんっ。ねえ、おーしーえーてーよーっ」


 兄を1人の男として愛している妹が、"嫁"という単語に過剰な反応を見せる。茶色がかった大きな瞳がキラキラと輝き、自分の欲している答えを待ち望んでいるのが伺えた。


 何も考えずに口から出た言葉が、自分の首を絞める。

 しかし、俺は優梨のイエスマンになると決めた。なら、自分の感情を殺し、望まれている返答をするだけ――。


「……ッ。なれるかもな。俺は可愛くて、頭もよく、家事もこなせる優梨みたいな嫁さんが欲しいって思うぞ」


「じゃあ、結婚してあげるっ!」


「いや、まだ結婚を考えるには早くですかね……。俺が養えるくらいになってからがいいんじゃないか?」


「そだね。最低限、高校……と大学を卒業して、お兄ちゃんを養えるくらいの稼ぎが貰えてから、かな」


「俺には期待しないってか。んん……優梨は……俺と違って頭がいいから期待できるな。んん、んーま」


 話題の区切りがつきそうなところで、唐揚げを口いっぱいに頬をばり、ゆっくり噛んで話題が変わるのを待つ。

 優梨のイエスマンになることを決心したものの、心が拒否反応を示し、自然な対応ができてない。俺の心は、まだ歪んだ愛情を抱いている妹を受け入れらずにいるのかもしれない。

 こんな不完全な状態で優梨に迫られた日には俺は――。


「お兄ちゃんは、唐揚げがほんとに好きだよね。美味しぃ?」


「今日は一段と美味しいぞ」


「えへへ、嬉しいな。また作ってあげるからね」


 ――感情を殺し、人間性を捨てろ。

 人間であることを辞めるフレーズを頭の中で言葉を繰り返す。心に溶け込ませるように何度も何度も。


「…………。よし……」


「……でも、朝からこの量を作るのはやっぱり疲れちゃうなー疲れた身体で学校に行くのはなー面倒くなってきたなー学校休んでもいいかなー」


「棒読みすぎて、全然お前の疲れが伝わってこないんだが。たんに学校を休みたいだけなのがバレバレだぞ!」


「それにお兄ちゃんの体調のことも心配だから」


「お? うちの妹めっちゃ優しい。やっぱ天使、間違えなく天使。疑ってごめんな」


「それを理由に学校をお休みして、お兄ちゃんと一緒にいたーいっ」


「……うん、知ってた」


「だから、ね、ズル休みしよ……?」



▶︎朝食を食べてから、登校する


▶︎学校を休――



「ま、それもありだな、どうせ入学式だけで、授業はないだろうし。ズル休みしようぜ」


 選択肢が完全に浮かび上がる前に、会話の流れのまま返事をする。

 人間であることを辞めるフレーズが染みついてきた証拠だ。


「またまた珍しくない!? お兄ちゃん、ほんとに大丈夫……? 病院いく?」


「お前が提案しといてこれかよ。酷え妹だよ、全く」


「だってぇ〜……。学校行け学校行くぞ学校行かせろって口酸っぱく言ってくるお兄ちゃんが、今日は優しいんだもん。私と一緒にいたいってことだよね!?」


「最後の行かせろは、お前がお兄ちゃんと一緒のクラスじゃないならお兄ちゃんと一緒に学校を休む、ってダダをこねたからだろ!」


「そんなことあったか、えへへ」


「自分に都合が悪いときだけすっとぼけやがって。自分に都合よく改ざんするのは、なおタチ悪いけどな」


「昨日の夜は2人でお熱い夜を過ごして、お兄ちゃんも疲れちゃったからお休みしたいんだよね?」


「それ、それのことなんだよなぁ……。はぁ……もう一度確認するけど、今日は休みでいいな?」


「はーいっ」


 優梨の元気の良い返事を聞いて、食事を再開する。

 生姜焼きも美味しいな!


「お肉ばっかりじゃなくて、野菜も食べなくちゃ。はい、あ〜んっ」


「へいへい。あ〜ん、んん……妹特製マヨネーズがいい味だしてるわ」


 優梨の箸が掴んだポテトサラダにかぶりつく。

 間接キス程度では、いまの俺は止まらない。


「でも、ほんとにどうしちゃったの? 寝起きでのこともあるし、なんか心配だなぁ……」


「男には、色々あんだよ色々」


「ふふ〜ん……」


 色々ーー学校に行かなければ、シルヴィーに会うことはない。シルヴィーに会わないということは、優梨が嫉妬する対象に出会さないことに他ならない。

 なにより優梨が望んでいるのだから、この選択が正しい。


「これは俺が望んだことだ」

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