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10.『ヤンデレヒロインに立ち向かえ』のコーナー

 俺が正しい選択肢を選ぶことで、愛らしい優梨のままでいてくれると思っていた。

 けれど、どう足掻いても、優梨の本質は変わらない。

 俺以外の人間を有象無象のモブとして扱い、俺のことすらも羽を怪我した小鳥のように鳥籠の中で厳重に飼い続けるつもりなのだから。優梨にとって、俺は自身の愛すべき対象。それ以外のモブは、自身の愛情を邪魔する外敵でしかない。


 そして、俺は優梨の手を離れて、鳥籠の外を見た。鳥籠の中にいれば、何も知らずに済んだのに。優梨が外敵から守ってくれていたのに。安寧の檻の中で平和に暮らしていたのに。

 鳥籠の外と関わったせいで――。


「ハロウ、Y2(ワイツー)です。ぴろろりん。お久しぶりの登場ですよ。どうそ祝ってください。わいわーしょい」


「優梨が死んだ……」


「観てましたよ。シルヴィーエンドおめでとうございます。ぱちぱちぱち」


「……」


 抑揚のない電子音で喋る、黒く塗りつぶされた女の子の立ち絵が俺を出迎える。

 背景には、相変わらず三途の川が流れていた。


「どうなることかとヒヤヒヤしましたが、badエンド寸前の【Q.LOAD】をポチっといったのは素晴らしい判断でしたね。前回0点を取っていたのが嘘のようです。Y2の『ヤンデレヒロインに立ち向かえ』のコーナーを受講した甲斐がありましたね。どやぁえっへん」


「んなこと褒められても嬉しくねえ……俺は……優梨をッ……」


「このゲームは、happyエンドを目指すゲームなんですけど。すっとぼけ」


「違う、俺はただ優梨と一緒にいたかった。4月9日が始まる前のような、平凡で平和な、けど、ものすごく楽しかった日常を2人で過ごしたかっただけなんだ……」


 いまならわかる。いままで当たり前のように送っていた日々が、たまらなく幸せで、手に入り難い大切なものであったことに。


「あそうでしたか。そういえば、前にそんなことを聞きましたね。ずっこんばっこん」


「……」


「スルーは酷いですね、悲しいです。ほじりほじり。妹の死については、シルヴィーエンドでは死んでしまっただけで、ほかの√では生き残る可能性は充分にあります。現に1周目の√では、最後まで妹は生き残っていました。代わりにあなたとシルヴィーが死にましたけど。ちーん」


「それでも、起き受けに見た愛らしい顔の優梨も、ドキドキしながらおんぶした優梨も――2週目に一緒に過ごした優梨は死んだんだッ!」


「はいはい。まY2がいくら言っても、あなたに覚悟がないのなら、やめておいた方がいいですね。また死ぬ痛みを味わう可能性を孕んでいますから」


「違う、自分のことを心配してるわけじゃない。……別に俺が死ぬのはいい。ただ、優梨が痛めつけられることが、最愛の妹が死ぬことが耐えられないんだよ……!」


「ごちゃごちゃうるさいです。言い訳をしないでください。ぺしぺしぐりぐり」


 黒塗りの立ち絵から、むちりとした白い美脚が飛び出し、膝蹴りを何度も叩き込まれる。

 その表情は黒塗りで見えなかったが、このときだけは確実にメンドくさそうな顔していることを読み取ることができた。


「言い訳なんてしてない……」


 そのことを察していても、妹を目の前で失った悲しみを共感してほしくて、構ってちゃんをやめられなかった。


「一緒にいたいというのは嘘だったんですか。妹と暮らす生活は楽しかったというのは嘘だったんですか」


「……それは、嘘じゃない。4月9日を二度繰り返した今だからこそそう思える」


「なら、行ってください。妹の死を二度と繰り返さないためにも。こんな場所に居続けても、三途の川にはあなたの妹はいませんから」


「俺の居場所はここじゃないってこと、か……?」


「当然です。生粋のシスコンの居場所なんて、妹の隣くらいでしょう。さあ、早く。残業代も出ないのにこれ以上無償で働くのは我慢できません。ぷんすく」


「……結局、自分のことかよ」


「これはいわゆるひとつのターニングポイント。Y2が何を言ったところで、決めるのはあなたです」


「……そう、だな」


「またチャレンジして優梨との未来を紡ぐか、諦めてY2と過ごすか――どちらの選択肢を選んでも新たな道筋を描くことができます。どうせ選ぶのなら、あなたの進みたい√を選択してほしいんです」


「絶対にか? 選びとらない方が気負わずにいられて楽だろ」


「絶対にです。選択肢を選ばずに停滞することだけはやめてください。それは人生を諦めたことと同義です」


「そういえば、前にそんなこと言ってたな。世界の修正力が絶対に選ばなければならない状況に追い込むって」


「生きている限りは選択の連続ですから、世界の修正力が強要してくるのは当然のことです。だから、頑張ってください」


 黒塗りの立ち絵から少女のような細い腕が伸び、俺の胸に触れる。

 温かく柔らかい小さな手だった。その手が悲嘆に暮れて行動を起こそうとしない俺にほんのちょっとの勇気をくれる。


「優梨が三途の川にいないのなら、まだ渡れないな。とりま、またやってみるわ」


 優梨が死んだことはまだ整理がついていなくて、どうすることが正しいのかモヤモヤが晴れていない。

 だけど、優梨と一緒にいることが俺の生き甲斐だから。死後の世界に居続けることも、選ばずにぼけっとしていることも、絶対に論外だ。


「ええ、早くそうしてください。そして、次こそはあなたの望む√を紡いでください。残業はもうこりごりです」


「優梨との未来のために善処する」


▶︎はじめから


▶︎SAVEデータをロードする


▶︎シルヴィーAfterをプレイする


▶︎Y2とイチャイチャする


 知らず知らずのうちに目に映っていた4つの選択肢から、上の選択肢を選ぶ。最後の2つなど眼中にない。


 4月9日を優梨と歩み直すために。

 今度こそ2人揃って、4月10日を迎えるんだ!


 暗転。




 ★ ☆ ★ ☆ ★




「はぁ……疲れたぁ」


 優也が粒子となって消えていく。

 それを最後まで見送ったY2――黒く塗りつぶされた立ち絵から、声帯から発せられた深い溜め息が漏れる。さきほどまでの電子音とは打って変わり、女の子の甲高い声だ。


「やっぱりそう易々とは、目的を果たせないよね……。あっ、でも、__を私たちの望む√に向けられたのは大きな収穫かなーっ。んーよしっ! よーしっ!」


 黒い立ち絵から、セーラー服の上に白衣を見に纏った女の子が飛び出し、周囲をぐるぐるとスキップしながら喜ぶ。

 地面に届く寸前の長い黒髪が楽しそうに踊り、豊満な胸は――大きくもなく小さくもないサイズにまで萎んでいた?


「私の胸も、この立ち絵くらい成長してくれればいいのに……!」


 女の子は、自分の平均的な大きさの胸と、立ち絵のぱふぱふと揺れる豊満な胸を見比べて、そうぼやく。言葉には悲痛な叫びがこもっているように聞こえて、Y2の抑揚のない電子音とは大違いだ。


「まあ、いいや。暇つぶしに__が解放したシルヴィーHistoryでも見てよ」


 黒塗りの立ち絵を寝かせて、その上に覆い被さる女の子。豊満な胸に顔を埋め、楽な体勢で寝転がっていた。黒塗りの立ち絵が、だんだんと布団と枕に見えてくる。


「じゃあ、ポチっとな」


 女の子は、寝転がったまま新たなウィンドウ――【EXTRA】を開き、シルヴィーHistoryを再生した。

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