7.帰国子女の本性
シルヴィーの前で気絶し、次に俺が目を覚ましたのは薄暗い殺風景な密室だった。
さらに手首に手錠、足首に足錠がかけられており、全く自由が効かない。そのため、ここがどこなのかを確認することもできない状況にある。
「うぉぉぉおいぃぃい!!」
……しーん。
大声を発するも、すぐに掻き消され、再び静謐が訪れる。
たぶん、全方位を防音材で囲ってるんだろうな。声が外に漏れた気がしない。
「あ? 何の音だよ」
静けさの中で、ピッ、という機械音が耳に入る。
「起きたんですね、ユーヤ。おはよう、ございます」
窓も扉もなかった密室に、外部からの光が入る。その光は扉の位置を明確にし、そこから、セーラー服姿のシルヴィーが入室した。
「おはよう……? はぁ……やっぱりお前か、シルヴィー」
シルヴィーの手にはカードキーのようなものを握り締められており、彼女の仕業であることが伺える。
ここは彼女の所有する建物で、何らかの意図で厳重な部屋に閉じ込められていると考えるのが妥当か。
「長い間、放置してごめんなさい、です。遮音性が高い防音材を使ってるので、ユーヤが起きたことに気づきませんでした」
「んや、起きたのはいまさっきだから、そこは気にする必要はない。そりよりも――」
「お腹は減っていますか? ユーヤさえよければ、手料理を振る舞いたいんですけど。お米とパン類、どちらがいい、ですか?」
「強引に逸らそうとするなよ、シルヴィー。聞かれて困ることがあるって言ってるようなもんだぞ」
「そうなんですけど……。本当に聞かれたくないことだから、わざとらしくなっても逸らしたい、です」
シルヴィーは、俺と全く視線を合わせようとしない。それほどまでに彼女の行動は罪深いことであり、それを自覚をしているのだろう。
まだ説得の余地はある。
「もうこんなことはやめよう、シルヴィー。俺を解放してくれ。な? こんなん友達にすることじゃないぜ」
「手洗い真似をして、ごめんなさい。でも、ユーヤのお願いを聞いてあげることはできない、です。どうしてもできない、です」
「理由くらいは話してくれるんだよな?」
「……ユーヤをユーリから守るため。そして、ユーリを誘き寄せて、決着をつけるため、です」
「なら、俺を縛りつけて、監禁紛いなことをする必要はないだろ。これじゃ、身動きが取れないし、シルヴィーを守ってやることもできないじゃないか」
「これもユーヤの安全確保のため。ユーリが消えるまでの我慢、です。それまで大人しくしてください。ワタシに守られてください。全てが解決したら、あとはワタシを好きにしてくれていい、ですから」
「自由を勝ち取るために、ユーリを代償にしろってか? ふざんけな! アイツは、俺の唯一無二の肉親なんだぞ!?」
「ユーリだけは……ユーリだけは……野放しにしておいていい人間じゃないんですっ!」
つい怒鳴ってしまった俺に、シルヴィーは声を出して主張する。
ユーリの話題になった途端、教室での優雅で落ち着いた様子や、監禁していることに対する申し訳なさが一切なくなり、ユーリに対する憎悪のような感情が前面に押し出されていた。
「それでもアイツは俺の妹なんだよ。だから、消えるなんて言わないでくれよ……」
「ワタシでは、満足できませんか?」
「はあぁ? どういう……意味だ……?」
「ワタシの髪も、瞳も、唇も、胸も、お腹も、お尻も――ワタシのすべてがユーヤのもの。ワタシのすべてを捧げてもいいと思えるくらいにユーヤを愛してます。ユーリを失う代償として、ワタシを好きにできる。……それではダメ、ですか?」
シルヴィーは、身動きがとれない俺に四つん這いで近づいてくる。
セーラー服のスカーフを緩め、胸元をはだけさせていた。あらわになったのは、たわわに実った胸と、それを包み込む高級感溢れる黒の下着。
え、エロい……。
息を飲むほどのふくよかで美しい曲線を描く魅惑的な膨らみから、必死に視線を逸らしながら拒絶する。
「ダメ、だ……!」
「お色気は効かない……それともユーヤは小さい方が好き、ですか? ユーリを庇うのも、胸のサイズが自分好みだから……?」
胸元に両腕を寄せ、納得がいかないと抗議してくるシルヴィー。その頬は恥じらいと後悔で真っ赤に染まり、めまぐるしく視線が泳いでいた。
「どいつもこいつも俺に対する偏見がおかしいだろ!? 俺は性的な目で妹を見たりしない! 近親相姦なんて論外なんだよ」
「じゃあ、ワタシを性的な目で見てください。性の吐け口にしてください。その代わり、ユーリは――」
「何度言えばわかる。優梨は唯一の肉親で、アイツがいなくなったら、俺は……1人だ。その苦しみを一度味わった。だから、お前が優梨に手を出すなら、例え友達でも力強くで止めてやる」
俺は、優梨に殺された。
酷く悲しかった。それは妹である優梨に殺されたからというのも理由の一つだ。けれど、それ以上に優梨を残してこの世を去らなくてはいけなもどかしさと、優梨と一緒にいられない苦しさが胸を引き裂いた。
だから、俺が1人になること、優梨を1人にさせることは絶対にありえない。
俺がいて、優梨がいる――それが俺たち多知川兄妹だから。
だが、シルヴィーには全くもって関係のない話で、
「寂しいんですね。なら、ユーヤが孤独にならないように、ワタシとユーヤ――2人の子をつくりましょう。そうすれば、ユーリが唯一の肉親じゃなくなります。3人家族、です」
「シルヴィーとそうなれたら幸せだな、って思わなくはない」
「そう、ですよね。ワタシも、ユーヤと人生を歩めたら幸せな毎日を送れると思います」
「けど、俺の幸せは俺だけじゃ完結しない。優梨も幸せになってこそ、俺は幸せを感じられる。家族として、兄として、俺は妹の幸せも願わせてもらうからな」
「ユーリは、兄と愛することでしか幸せを感じることができません。近親相姦? それはユーヤの意思に反することじゃないんですか」
「説得し続けるしかないだろうな。兄妹は結婚できないって。俺よりもいい男はいっぱいいるって」
「ユーリには、正しい言葉は通じない、です。彼女の正しさはユーヤを愛すること、その一点に凝縮されていますから。ユーリの愛を邪魔する者、否定する者が排除対象、です。だから、彼女を野放しにしていたら、被害者は増える一方で……」
「だからって、優梨を代償にして、俺だけがのうのうと幸せな人生を歩けない。俺はアイツの兄だから、それだけはどうしたって無理なんだ」
「……ワタシでは、ユーリとは釣り合わないんですね。――なら、しょうがない、です」
「ッ……」
「ふふふっ……」
翠の瞳が凍てついた視線で、俺の優梨に対する想いを撃ち砕く。微笑みを浮かべているように見えても、黒く濁った翠の瞳は全く笑っていない。
シルヴィーは本気だ。本気で優梨を――。
優梨の話を掘り下げ続ければ、いまにも狂ってしまいそうな危うさがシルヴィーにはあった。
これ以上、反論しても刺激するだけだと判断し、しばらく口を閉ざすことにした。それがいまできる最善の選択であることを信じて。




