6.帰国子女に妹の本性を相談!
▶︎シルヴィーに妹のことを話す
▶︎シルヴィーに妹のことを話さない
見覚えのある選択肢が目に留まる。その向こうには、心配そうにしているシルヴィーの顔があった。
辺りを見渡すが、教室に残っているのは、俺とシルヴィーだけのようだ。
「ユーヤ……?」
「待て。……頭が混乱してるみたいなんだ。状況を整理する時間が欲しい」
「混乱……? んっ。わかりました」
「すぅ……ふぅ……」
俺は――優梨に3階から突き落とされて、危機一髪で【Q.LOAD】を押したことまでは覚えている。
そもそも【Q.LOAD】は、ウィンドウを開く手間を必要とせずに【Q.SAVE】に最後に保存したデータを呼び起こすことができる。したがって、【Q.LOAD】に触れさえすれば、最後に【Q.SAVE】した場面に戻れるということだ。
最後に【Q.SAVE】した場面は――4月9日の12時頃。俺が悩んでいることについて力になりたいとシルヴィーが申し出てくれて、それに対しての選択肢が浮かび上がったときだったはず。
現在がその4月9日11時55分だ。
なら――。
「シルヴィー、聞いて欲しいことがある。かなり可笑しな話で妄言だって思われるかもしれないけど、そのときは忘れてくれていい。……俺の話を聞いてくれるか?」
俺は、"▶︎シルヴィーに妹のことを話す"を選んだ。
シルヴィーに協力を仰ぐという選択は、彼女を巻き込むことになる。それは危険を孕んでいて、惨劇に彼女を巻き込まないという最初に掲げたクリア条件に反している。
けれど、俺が優梨以外の人間と関わることによって、優梨が行動を起こすのであれば、いまの段階はもう手遅れ。朝のセーブした場面に戻るしかない。
だからこそ、敢えて、関わってしまったシルヴィーに協力をしてもらうことで、起死回生を狙う!
「ユーヤの話すことなら、何でも信じられます。だから、安心して話してほしい、です」
「シルヴィー……ありがとうな」
「んっ。どういたしまして、です」
シルヴィーの曇りのない翠の瞳に応えようと思う。信じようと思う。
「まず俺の妹のことについてなんだが。妹の名前は、多知川 優梨。俺たちの一つ下で、めっちゃくちゃ可愛い女の子だ」
「急になんですか。ん……ユーリ……可愛い、女の子……。もしかしてユーヤはシスコン、ですか?」
「妹贔屓じゃなくて、客観的に見て可愛いんだよ。シスコン扱いすんな。まあ、それでその……俺に友達がいないことは、見てわかるだろ?」
「みんながユーヤを避けてることを、友達がいないというなら……はい」
「その原因が……妹に、あるんだ。ふぅ……妹は、俺が妹以外の人間と関わるのが嫌らしくて、裏から手を回していたらしい」
「裏から手を回す、ですか?」
「あ、ああ……。例えば、その……鼻にストローを突っ込んでいじめ紛いなことをしたり、女子生徒の裸体を撮ってネットにアップすると脅したり――」
「鼻に……ストロー……」
「俺が優梨と普通の兄妹関係を築けなかったから、優梨の良い部分しか見てこなかったから、こんなことになっちまった。両親が早くに他界して、俺がアイツの親代わりだったのに……俺のせいで……」
「もうやめてください、ユーヤ。いまのお話でユーリがしてきたことは、わかりましたから。それ以上、自分を責めないでほしい、です」
「シル……ヴィー……?」
シルヴィーが、顔をしかめていた俺をギュッと抱きしめる。
「いままで1人で悩んできたんですよね? ユーヤは頑張りました、よく頑張りましたよ。ユーヤは悪くない、です」
「頑張るだけじゃ何も変わらない。それじゃあ、意味がないんだ。結果が出なければ、俺とシルヴィーはまた……」
「でも、ユーヤは結果を出すためにワタシに相談してくれました。そうです、1人でダメなら、2人で頑張ればいいん、です」
「優梨がしてきたことには、どう向き合えばいい。俺の失敗は!?」
「過去を振り返っても意味がない、です。これからどうするのかを2人で考えていきましょう?」
「んむ――っ。んん――っ……」
思い詰めていた顔が、豊満な胸に引き寄せられる。女性らしいむにゅりとした弾力と変幻自在に形を変える柔らかさを顔いっぱいに感じる。すごく気持ちいい。
しかし、息ができない……。
「普段のユーヤはカッコイイですけど、弱音を吐くユーヤは可愛い、です。ふふん、なでなで……なでなで」
「んんっ、ふうぐんうぅ……!」
「あっ、ユーヤあぁん……強く息を吹きかけないで、くださいっ……」
「んぅ、んんんうぅ……」
「今度こそ逃げたりしません、から……」
「……? んん……ぷはっ……。はぁ、はぁ……ふぅ、ありがとう、シルヴィー。もう大丈夫だ」
抱かれたままではいられないと思い、シルヴィーから離れる。名残惜しくはあるけど、窒息死するわけにはいかない。
にしても優梨の件は、シルヴィーにとっても耳苦しい話だったことだろう。それでも、親身になって聞いてくれる。俺の顔色を伺い、その配慮までしてくれる。
彼女に打ち明けてよかったと思えた。
「んっ。……お話から察するに、ユーヤに関わったワタシが狙われる可能性があるということ、ですか?」
「あ、あぁ……そうだな。そして、たぶん俺も対象になると思う」
「だから、ユーリを更生する方法、または、ユーヤとワタシが助かる方法を考えればいいんですよね?」
察しの良さに少し困惑するが、話す手間か省けるのは助かる。
俺やシルヴィーが一度殺されて、どうにかしないとまた殺されるかもしれないと説明したところで、どうせ信じてもらえないしな。
「色々試してみたが、更生は難しいとわかった。とりあえず、俺たち2人が助かることを最優先にして、更生の機会がくるまで待つのが得策だと思、う……ぅ?」
「あの、ユーヤ? 足元がふらついてますけど……大丈夫、ですか?」
「え、ああ、問題ないさ。ってのは無理があるか……ちょいと眩暈がして、その……」
フラフラしていた俺をシルヴィーが支えてくれる。危うく倒れるほどの立ち眩みだった。
「効きすぎました、ね」
「はぁ……?」
「ごめんなさい、ユーヤ。少しの間、寝ていてください。大丈夫、です。ワタシがユーヤを守ってあげますから」
「お、い……ッ」
眠気が強くなるのと反比例して、意識が遠のていく。1人の力で立ち上がろうとするも、四肢に力が入らなかった。
「大丈夫、です」
「くッ……ぁ、シルヴィー……」
焦点が合わなくなっていく中で、聖母のような慈愛に満ちた微笑みが視界に捉える。
雪のように透き通った肌、品格が漂う銀髪と清廉な翠瞳。イヌサフランの花のような薄桃色の唇は、唇が吸い寄せられそうになる麗しさがあった。
「ふふっ……ユーヤ、おやすみなさい、です。んちゅっ」
頬にふわりとした聖母の優しさを感じる。柔らかくて、温かい。心が満たされる。
しかし、イヌサフランの花には、毒があった――。
眩暈はなおも悪化し、そのまま意識を失った。




