日刊川口新聞第3号 カフェにて
俺はいじめられているように見えた少年、藤岡奏を助けて、近くにあるカフェへ移動した。
移動途中で彼は物珍しそうにこちらをじっと見つめてきていた。正直、恥ずかしいからやめてほしい。
だが、こちらを見つめられるのも仕方がない。なんせ、今の俺の立場は高校生であるとともに、臨隊に所属している。
今の世の中では臨隊という存在は非常に摩訶不思議である。
人助けをしたという噂が立てば、誰かを襲った噂も立つ。この中に事実もあるし、誰かが話を盛り立てて流されたデマもある。
さらに、主に構成される隊員は中学生、高校生の中である。今隣に座っているやつが入隊している可能性も少なからずあるし、いつもは静かなのに実は臨隊であることも少なからずある。俺も実際に経験済みだ。
もっと条件を絞れば色々と出てくるのだがここまでにしておこう。あまり臨隊のことを知られていては親御さん達にも迷惑をかける。
一度俺は周囲をグルリと見回し奏と同年代ぐらいの少年がいないことを確認した。再びさっきのようなことがあっては彼もそうだが俺も面倒だしな。
「…ここら辺ならお前の知ってる奴とかいぃひんやろ」
「今見た感じじゃ…いないです」
「あ、今更やけど名前言ってへんかったな。俺の名前は蛯原優斗。まあ蛯原先輩とかでもええけど、気さくに優斗でも呼んでくれたらええよ」
ひとまず、俺は安心して一緒に店内へ入っていった。
大手チェーン店ではなく、個人経営の店を選んだ。ちなみに店名は「the bitter cafe」だ。まだ彼に言っていないのだが、この店は俺の行きつけの店であるし、ある程度店員達とは顔馴染みである。
「いらっしゃいませー…あ、優斗クンやん。お友達なん?」
20代前半の女性店員、長津さんが話しかけてくれた。この店のアイドル的な存在で、彼女の見せてくれる笑顔が店員(主に店長)の癒しになっている。美しいというより、可愛いという言葉がよく似合う。
「そうなんすよ、さっき知り合ったばかりで。しかも同じ高校なんすよ」
「それは良かったやん。見た感じやと…優斗クンより先輩?」
「違いますよ、俺の方が先輩で奏…あ、こいつの名前です。奏の方が後輩っす。まあ高身長なんで見間違われのも仕方ないっすよ」
「嘘ー⁉︎優斗クンより身長高いのに後輩⁉︎そんなことあんの⁉︎」
「そんぐらい、普通にあるっすよ…つかそんなにビビります?それより注文でコーヒー二つお願いします。あ、一つは砂糖なしでお願いします」
「かしこまりましたー」
長津が手早く注文内容を書き、伝票を挟んだ小さいバインダーを俺たちに渡した。テーブル番号が記載されていて、今回の番号は3だ。窓側の席で木漏れ日がどこか懐かしい雰囲気でこの店の常連客には人気の席だ。俺は3番テーブルへ奏を案内して、何から話そうかと考え始めた。
奏はどうやらこの店は初めてらしく、とてもキョロキョロとしている。俺がこの場にいなかったら間違いなく不審者とでも思われるだろう。
「えっとな…先に言っときたいんやけど、今から話すことは絶対誰にも喋んなよ。喋ったら世間に広まって隊の奴らに迷惑がかかるかもしれないし、最悪の場合解散の危機に陥る。だから臨隊の俺との男の約束にしといてな。」
「は、はい。でも僕は一応学校の新聞とか書いているので少しぐらいネタを教えていただきたいんですが…ダメですか?」
「んー……ネタになるような内容なんて全然ないで。……あっ、あるわ。俺の中では一つしか心当たりがないねんけど…それでええんやったらええよ」
俺の後半の承諾したような発言を聞くと瞬時に目を輝かせ、先程との気弱そうな雰囲気とか一変した。目の前の奏は本気で新聞を書いているのだと少しだけ思い知らされた。
「き、聞きたいです!是非とも聞かせてください!」
身を乗り出してきそうな勢いがあり、少し俺は後ろへ引いた。別に奏のことが嫌いとか変な印象があるとかはないのだが、たかが一つ、されど一つのネタにこんなに夢中になるとは。
「おっし、じゃあ教えたる。…その前に」
ちょうどといえるタイミングに長津が二人分のコーヒーを運んできてくれた。流れるような動作でカフェオレをカチャリと音を立ててテーブルへと置いた。そのまま長津は「どうぞごゆっくりー」と言い、次の客の対応へと向かった。
まずは一口、コーヒーをすすった。ホワンとほろ苦い味が口の中へじんわりと広がった。そして舌の奥へとゆっくり、ゆっくりと味が消えたいった。はじめの一口目はこれが楽しい。そして二口目へと口を運んだ。
コーヒーを飲み終わってから会計を済まし(今回は俺のおごりだ)、店を出た。店の外に出るとき、長津はどうやら奏のことに興味を持ったらしく連絡先を交換して欲しいと彼に頼んでいた。
本人は嫌がることなく承諾、むしろ喜んでと交換した。そりゃこんな可愛ぃ人と連絡先交換できんのは一生に数えられるくらいしかないからな、と試しに奏へ行ってみるとかなり落ち込んだ顔をした。
言わなきゃよかったとは何故だか俺自身思わなかった。
店の外には出たのはいいが、これから何をしようか。下手に俺たちの本部とか教えてしまったら誰かに教えかねないかもしれない。さっき言ってたネタを今ここで教えてもいいが、新聞のネタであるためもっとれっきとした場所で行う方が良いのかもしれない。
一通り考えたところで八方塞がりになったことに気づいた。
__全然思い浮かばねーよ、どうすりゃいいねん
考えに明け暮れた時、通行人の一人が俺に話しかけてきた。しかも俺が奏に話そうとしていたネタの人物である。
「……あれ、蛯原?調査してへんの?」