日刊川口新聞第2号 唐突な対面
正門を出ると俺はそのままバス停へと向かった。たまたま取り出し忘れていたICカードがリュックサックに中に入っていた。残高は見ることはできないので幾ら入っているか気になって仕方ない。
今日することを頭の中で考えながら歩き始めた。
歩き始めて約2分、目の前の景色にバス停が映り込んだ。幸いにも、バス停に並んでいる人は少ない。だが、バス停まであと数十メートルというところで3人の影が俺の視界に横切った。またあいつらか。
「おはよ〜奏、今日も朝が早いな〜。」
間延びした話し方と少し高めの声が特徴的な人物が話しかけてきた。この3人の中のリーダー格の男だ。名前は藤聖。聖と書いて「こうき」と読む。初めはちょっと驚いた。
こいつは俺が一番苦手とする周囲を考えないタイプの人間だ。正直、こうして話しかけられてる時間が惜しいと思う。
「…そりゃ新聞部だから。」
おはようとこんな奴に言いたくない。
「俺たちも今日は早起きしてん、今日はな。で、まあ意味があるからしたんやけど…なんやと思う?」
「また俺の活動の邪魔か?」
相手がする質問に真面目に答えたくないので適当に思いついた言葉を並べて答えを返した。
「ちゃうで、俺たち友達やからそんなんせぇへんで。…で、まあこうしててもラチがあかなさそうやから答えを教えよう。…お宅の部活の天使にデートに誘われたんやって?」
「…ぇ?」
素っ頓狂な声が出た。もちろんそんな約束はしていないし、相手も俺にそんな気があるとは思えない。ましてや俺は孤独が好きな男だからあり得るはずがない。
「いや…俺はしてないよ。」
「まあまあ、本題はこっからや。した…ということはお前は天使とデート出来るぐらいの富はあるっていうことや。率直に言うけどお金貸して。いや、頂戴。」
聖は両手を俺の前に差し出した。お金を貸してではなく、お金をくれになった。もちろん、俺はICカードを除いてお金なんて手元には持っていないし、富があるわけでもない。
「いや、だから俺は今お金は持ってない。」
「じゃあ、借金しよか。俺たちがお金を貸したるからそのかわり、元金と利子を付けて…そうやなぁ、俺の計算上だと10万円は超えるかな…ということで、お金を貸すから今日の夕方までに返してな。」
あまりに一方的な物言いに口を挟むタイミングを失った。少し前なら500円とか800円とか今と比べれば低い方なのに、ついには10万円を超える額をくれと言っている。
「俺はお前らにお金を借りるほどお金がないわけじゃない。だから借りない。」
なんとか言い返そうと口から言葉を絞り出した。予想通り、そんな言葉で相手に通用するわけがなく反論してきた。
「なんか勘違いしてへん?俺たちがお前にお金を数万円借りようとしてんの。でも奏君は手元に今お金が無い。お金が無いから、今この場にいる俺らのお金を借りる。こういうことを今してんねん。やから、結果的には奏君が俺たちにお金を借りなあかん羽目になってんの。Are you OK?」
__でもそれはお前らの一方的な発言だからそういう状況が成り立っているわけだろう。
そう言い返したいのだが、これ以上酷くなれば俺が過去経験したように何をしでかすか分からない。仕方なく白旗を上げお金を借り__
「おーおー、お金関係のトラブルやな?俺が仲介したるから、まずは一旦落ち着こーや。」
俺の向かい側、3人の後ろ側から声がした。よく見ると、赤がかった髪にネックレスをしているチャラそうな身なりの男がこちらへ手を振りながら近づいてきた。俺の推測では高校生だと思う。
「あれ⁉︎もしかして川口中学校の生徒⁉︎」
男は俺が来ている制服を見ると目を丸くした。今の男の発言からすると、どうやらこの人は在校生か、もしくは卒業生だと思われる。
「は、はい。一応彼らも同じ中学校です。」
「そうかそうか…で、ちなみに何年?俺は中3。」
「俺は中2です。」
俺の後に続くように3人も答える。
「同じく中2。」
「俺も。」
「俺も。」
「みんな中2やねんな。まさかの俺だけ仲間外れ…うう…。」
男は顔を両手で多い泣く真似を始めた。誰も突っ込まなかったためすぐに泣き止んだ。そもそも年長者なので突っ込みにくい。
「で、話戻すけどお金を借りるんやって?この…誰や…背の高い子が。」
__コンプレックス言われた!一番のコンプレックス言われた!
今度は逆にコンプレックスを言われた俺が泣く真似を衝動的にしたくなるが我慢する。ここで泣く真似をすればなんだか負けた気になるような感じだからだ。
「ふぅーん…で、なんでこの子がお前たちからお金を借りなあかんの?お金を借りるのならば、ちゃんとそれなりの事情がある、もしくは正当な理由があるからやろな?」
「はい、理由はあります。まず元々奏君…あ、彼なんですが、デートをするらしいんです。それでデートができるということはそれなりのお金があるということで俺たちが最初に彼に事情があるからお金を貸してほしいと頼んだんです。そしたら断固拒否したんです。なんでかというと、彼はデートは出来るんですがそれ並みのお金を持っていなくて…。それで今度は彼の方から俺たちにお金を10万円程度貸してほしいと…。」
俺はここで耳を疑った。さっきまでの一連の行動の殆どをありのままに話しているのは良いのだが、途中、事実を異なる事をこの男に述べた。目上の人に向かって嘘までつくのか…。そう感じた瞬間、目の前の聖の存在に対して恐怖が増したように思えた。
「なるほど…。それで…奏君は彼らにお金を借りたいと。合ってるね?」
男はこちらを振り向き笑顔で尋ねてきた。その笑顔の少し後ろにはアイツらがこちらをライオンのように睨んでいる。合っていると言えということだ。
これ以上この人にも迷惑をかけるわけにもいかないし、目的の臨隊の調査もある。そしてそろそろバスが到着する時刻のため、一刻も早くこの状況を抜け出さないといけない。
「…はい、合ってます。」
覚悟を決めてそう言った。お金を返せるか本当に不安だが、今、目の前の出来事を打破することを最優先にすればなんとかなる。自分に何回もそう言い聞かせた。
「分かった。じゃあこのまま話を進める。」
男は黙って頷いて3人の方へ向き直った。すると、ガッという音が聞こえた直後、聖の両隣に居た奴らがほぼ同時に倒れた。一体何が起こったのか、俺も聖も戸惑っていた。
「……人の心を分かってへん奴に金を持つ資格とか無いで。」
男は自身の右足を聖の脛に向かって思いっきり当てた。聖の足には激痛が走りもがいている。「う、うう」と呻き声まで上げている。脛に渾身の力で当てられたのだから、想像以上にダメージが大きそうだ。
「自分自身がさっきまでしていたことのお返しやと思えば、軽いもんやろ。」
先ほどまでの明るい声が消え、電気のような痺れた雰囲気になった。男は聖の元へしゃがみこんだ。俺から見ると、男の目はすごく冷たい目をしている。
「それに…嘘をついてまで金が欲しいんやったら土下座した方がええんちゃう?」
「な、なんで知ってんだよ…。お前さっきまでいぃひんかったやろ…。」
聖が痛みを我慢しながら男を睨みつけた。やはりまだ痛いらしい。
「…お前…覚えとけよ…。」
「もちろん覚えとくで、こう見えて記憶力がええ方やからな。」
聖は恐怖を覚えたのか、その場から一緒にいた二人と脱兎の如く逃げたした。今までアイツらに襲われてばっかりだったから、こうして助けれれたことは非常に嬉しい。
「あ、その、助けてくれてありがとうございます。」
俺は目の前の男に深々とお辞儀した。本当に感謝だ。
「いいっていいって、お礼を言われることなんてしてへんで。そういうグループに入ってるんやからさ。…あ。」
「ん…そういうグループ…?どういうグループなんですか?」
「しまったぁ…聞かれたな…まあ仕方ない、こうなったら答えるしかないな。えーと…単刀直入に言うな。……………俺は臨隊に所属している者や。」
「え、ええ⁉︎」
あまりにチャラそうな身なりに明るい性格から、まさか臨隊のメンバーの一員だとは思わなかった。衝撃の事実に目を丸くした。
「あ、あの…実は俺もあなたにお願い事があるんですが…いいですか?」
「全然良いで。でもここやったら誰に聞かれてるか分からんから場所変えよか。」
丁度といえるタイミングでバスが来た。
__あ、でもバス…ううん、この人が臨隊の一員だから聞いたらいいか。
俺はそのまま臨隊の一員だと名乗る彼のついていった。たまたま助けてもらった人が臨隊のメンバーとは思いもしなかった。必然か偶然か、それは俺にも分からない。だが、この出会いは大事にしたい。少なくとも、俺を助けてくれた優しい人だから。