第七話 楽しい魔界探検 その3
大人たちと別れてからしばらくは、特に問題なく道を進むことができた。そこそこの速さであまり戦闘することなく、無事に覚えた道を引き返すことに成功している。すると行きの時も通った少し広めの空間にたどり着いた。広さは陸上のトラックくらいだろうか、これならドラゴンでも暴れられるな、なんて思っていたら、上から魔物の叫び声が聞こえた。
俺たちはそろって上を見上げる。そこには腕が翼になった大きさ15mほどのトカゲがいた。たしかあれは。
「ワイバーン」
誰ともなくその正体を呟いた。
ワイバーンは空中で待機しながらこちらを見ると、口に魔力を集め出した。
「やばい、多分ブレスだ!」
俺は叫んで退避を促す。三人はバラバラに近くの岩陰に隠れて身を縮こまらせる。爆音が鳴り響く。その衝撃で岩ごと吹っ飛ばされたが、直撃ではなかったので衝撃はそれほどでもなかった。
再度見上げるとワイバーンはまだこちらを見ているようだ。自分のせいで巻き上がった土煙でまだ俺たちを発見できていないようだが、どうやら俺たちを逃がすつもりはないらしい。殺したいだけなのか、食べたいのかわからないが、後者なら食べ応えがないと思うのでぜひともやめていただきたい。
とりあえず気配を隠しながら三人で集まった。
「どうする?」
俺は端的に行動方針を訊ねる。
「逃げるか、隠れ続けるか、倒すか、かな?」
トールが選択肢を提示する。
「もちろん、たおそー」
リーナが暢気に答える。この状況ですさまじい胆力だな。
「倒すための作戦は思いつくか?」
俺の再びの問いにリーナが答える。
「思いっきり強力な魔法をぶつける」
俺はトールを見る。
「おそらく普通に戦えば誰の剣も魔法も通らない。弱点と言えばたしか寒さに弱いらしい。この中で水魔法を一番使えるのは僕だけど、さすがにあいつの体丸ごと凍らせるのは無理。あとは普通に他の魔物と同じく目や口の中を狙うか、リーナの全力の一撃に期待するか、だと思う」
俺は目を閉じて少し考える。そして決める。
「俺が囮になって引き付ける。相手が近づいてきたら俺とトールは攻撃。目か口の中、あるいは体の一部でもいいから凍らせることをトールは狙ってくれ。それ以外はリーナを守っててくれ。リーナは細かいことは気にせず全力で魔法に専念しろ。準備ができたら相手の隙を狙ってぶっ放せ。それでダメだったら撤退。異論は?」
「「ない」」
「じゃあ行動開始」
俺は飛び出す。二人は隠れつつ攻撃を狙える狙撃ポイントを探す。
ワイバーンは俺に気付いたのか、再度ブレスを放つ。だが俺が全速力で走ればそんな大技をくらうことはありえない。ワイバーンは何度かブレスを放ったが、無駄だとわかったのか直接俺を叩きに降りてきた。その移動速度は意外に速い。
俺は全神経を集中させて回避に専念する。体が小さいのと相手の攻撃が大雑把なのもあり、攻撃は当たらない。そして相手が減速すると嫌がらせのように俺は拾った小石を投げつける。
こうしてワイバーンのヘイトを俺に集中させたところでトールが水魔法でワイバーンに水をぶっかける。ワイバーンはあたりを見回すがトールの姿は見えない。俺はその隙にまた石を拾って投げつける。
ワイバーンはそれに怒り再度俺を追いかけまわす。そしてまた攻撃のために減速すると今度はトールが水と風の混合魔法で冷気の風をワイバーンにぶつける。俺は少しずつ自分の周囲に圧縮空気の塊をいくつか作ることによって、気休めだが気圧を下げることでワイバーンの体にかかった水を凍らせるのを手伝う。
急激に水が氷ることはないが繰り返しこの作業を続けた結果、ワイバーンの動きが鈍ってきたような気がする。俺はそろそろリーナに攻撃させるべきか考え、リーナの位置を探ることにした。だがここで油断してしまった。ワイバーンから一瞬目を離したのだ。
その瞬間ワイバーンは口に魔力を集めてブレスを放ってきた。上空からの時と違って今は距離がかなり近い。しかも先程の遠距離からの破壊力を集中させたものと違って、近距離で広範囲にぶつけるようなブレスだったようだ。
読み違えた俺は即座に距離を離すもブレスをくらってしまった。体がゴロゴロと転がる。床が岩なので痛い。そして大きな岩にぶつかって体が転がるのは止まったが、同時に背中を打ち付けたため一時的に息が止まってしまった。
そこをワイバーンがブレスで狙ってきた。今度は破壊力重視の方らしい。あれを直接くらうのはまずいな。俺はそう思うが体が言うことをきかない。
そしてワイバーンがブレスを放つ準備ができた瞬間、大きな落雷がワイバーンを襲った。あれはほぼ全力のトールの魔法だ。あれだけ大きな隙ができたのにリーナでなくトールが攻撃したということは、リーナの準備がまだできていないか、先程のブレスの余波に巻き込まれたのだろう。そこでトールが気を引くために瞬時に出せる最大の攻撃を叩きこんだのだ。俺を守るために。
ワイバーンは突然の落雷にブレスを中断する。そして攻撃したものを探す。トールは隠れていなかったのですぐ見つかる。今度はトールとワイバーンの追いかけっこが始まった。トールも俺ほどうまくはないが、身近で俺の魔法を見てきたので風魔法で速度を上げることはできる。そのおかげで何とかワイバーンの攻撃を躱している。温度低下で動きが鈍っていたのが功を奏しているようだ。
そして俺は、体の感覚が戻ってきたので音と気配と匂いを消しワイバーンに近付く。そしてワイバーンがトールをブレスで吹き飛ばそうとしたその瞬間、空中を駆け上がりワイバーンに近付く。
「うおおおおおお!!」
俺は雄叫びと共にワイバーンに向かって両手で握った短剣を振り下ろす。全力で魔力を注ぎ込んだ短剣は、ワイバーンの右目に刺さった。
「グギャアアアアア!!」
ワイバーンはたまらず顔を振って俺を振り払おうとする。俺は既に力が尽きてきたのでおとなしく吹っ飛ばされることにする。なんとか平らな床に受け身をとりつつ着地するが、やはり岩は硬くて痛い。
怒りに染まったワイバーンはちょうど近くにいた俺とトールをまとめて吹き飛ばそうとブレスの準備をする。そして俺たちは体力がなくなり動けないのでそれを黙って見つめる。
ワイバーンのブレスの準備が整った瞬間。ワイバーンの後ろから声がした。
「ぶっとべええええええ!!」
リーナが時間をかけて準備した、魔力を圧縮して作った小さくも超高温の火球がすさまじい速度でワイバーンの頭に直撃して爆発が起こった。おお、ちゃんと当たった。
俺は少し驚きながらも爆発のため閉じていた目を開いてワイバーンを見ると、頭の部分がきれいに焼失していた。そしてゆっくりとワイバーンの体が地面に向かって倒れていく。大きな音と共に倒れた後、ワイバーンはピクリとも動かない。
その後ちょっと汚れたリーナが向こうからやってきてボロボロの俺たちを見つけると、少し泣きそうな、でも嬉しそうな顔をして駆け寄ってくる。
俺たちもなんとか立ち上がると、三人でハイタッチをした。
「「「やったああああああ!!!」」」
俺たちは勝ち鬨を上げるとガッツポーズをして喜んだ。少しの間警戒も忘れて謎の踊りをしながら喜んでいたが、俺はあることに気付いて叫んだ。
「あああああ、俺の短剣があああああ!」
そう、俺の短剣はワイバーンの頭と共に焼失してしまったのだ。
「ごめんごめん。でも後ろからだとよく見えなかったし、手加減できなかったからしょーがないよねー」
リーナが軽く謝ってくる。たしかにその通りだから文句は言えないのだが、五歳の頃から使っている愛用の短剣がなくなってしまったのは悲しい。
そうしてちょっとへこんでいる俺をリーナとトールが励ましていると、上から何か聞こえてきた。俺たちはゆっくり上を見上げると、そこにはさっきまで戦っていたのより一回り大きなワイバーンが二体、洞窟の高い天井に空いた穴から出てきたのに気付いた。
「もしかしてあれ、このワイバーンの親かなー?」
リーナが現実逃避をしてささいな疑問に頭を悩ませ始めた。
「逃げる体力残ってる? それとも倒す?」
俺は笑いながらそんなことを言った。
「倒せるのならシアン、よろしくね。それと逃げるのもちょっと無理そうかな」
トールは苦笑しながらも俺の問いに答える。
ああ~。結構がんばって一体倒したんだけどな~。もしかしたらこの広間ってワイバーンが集まりやすい場所なのかもな~。その可能性もあるな~。
などと現実逃避をしながら俺たちはみんな逃げるそぶりも見せず、上を見上げ続ける。
そしてワイバーンが俺たちまであと少しの距離まで近づいたその時。二体のワイバーンは氷の中に閉じ込められた。
「おつかれ~。さすがに一体が限界だったわね~。でもきちんと一体は倒せたので合格かな~。なにはともあれ息子の成長が感じられて母さんうれしいわ~」
そんな呟きと共にいつの間にか大人たち三人が俺たちの後ろに来ていた。
「お疲れさん。作戦も動きも初めて戦うにしてはなかなかだったが、シアンはワイバーンが複数のブレスの種類を使うことを想定できなかったのが減点だな。トールは少しダメージを与えるのに時間をかけすぎたな。もう少し早く凍らせるなり直接攻撃できる手段がないとこのレベルからはきついから対策しておくように。リーナは最後の魔法は見事だったが、あれくらいの魔法は時間をかけずに動き回りながらできるようになるのが目標だな。それとブレスの余波くらい防ぐか避けないとだめだったな」
親父が酷評してくる。息子がワイバーンに襲われたのにこの評価。異世界って厳しい世界なんだな。
「いやいや、ワイバーンは一応一級の魔物だからな。それを七歳の子供が三人で倒すって、ちょっとした国なら英雄レベルだからな」
ヒースさんは何か言っている。たしかに強かったけど、でも相手はワイバーンだよ? 一年に一度何百匹も出てくるやつだよ? それを一匹倒したくらいで大袈裟だな。
「ヒース、ワイバーン一匹で英雄だったらうちの村全員英雄になってしまうじゃないか。さすがにそれは言い過ぎだ」
「そうね~。やっぱり一人で何百匹と倒せるようにならないと英雄とは言えないんじゃないかしら~」
ほら、親父たちもそう言ってる。良かった。ちょっと自分の実力を過信してしまうところだった。まだまだ俺の実力ではワイバーン一匹倒すこともできない程度なのだ。今後も精進せねば。
母様に最低限の回復をしてもらった俺とトールは再び動くことができるようになり、残りの帰り道も元気に魔物を狩りつつ帰ることになった。
村の近くまで帰るともう日が暮れるところだった。そこでトールとリーナと別れた俺は親父と母様とヒースおじさんと一緒に家まで帰った。いや~刺激的なピクニックだったな。今度はもっとうまく倒せるようにもっともっと修行しなければ。
そんなことを考えていると家の前に着いた。そこでヒースさんは立ち止まり今回のお礼を言い始めた。
「今回は急な話で悪かったが、こちらの頼みを聞いてくれて本当にありがとうな。おかげでかなり助かった。このお礼はまた別の形でするから、楽しみにしててくれ」
そう言ってヒースさんは俺たちに頭を下げた。
「別にいいって。そんなにかしこまるなよ。俺たちの仲じゃねえか。それにちび達にいい経験をさせてやれたからな」
「そうよ~。このくらいのことだったら、またいつでも言ってもらって構わないわ~。忙しかったら断るけどね~」
「こちらこそ、今回はいい経験を積むことができました。ケヴィンとも遊べたし、楽しかったです。また来てくださいね」
俺たちはそれぞれそう挨拶すると、ヒースさんは困ったような、でも嬉しそうな笑みを見せてから再度お礼を告げて、魔石が詰まった袋を抱えケヴィンに乗って飛び去って行った。
ケヴィンに別れを言うと少し寂しそうに鳴いてくれたので、どうやら友人として認めてもらえた気がする。今度会ったときはもっといろいろなことをして遊びたいな。ブレスを吐いてもらってそれに耐えるとか。
それと帰るときはケヴィンが大きなカゴを持っていたことから察するに、どうやら今回必要だったのは魔石の他にもたくさんあったようだ。多分それらは村に在庫があったのだろう。一応ゴーレムについては話は聞いたが、結局どうしてわざわざこんな田舎の村まで魔物の素材を取りに来たのかはわからない。この地域特有の魔物の素材とかだったのだろうか。
まあいいか。とにかく今日はしっかり夕飯を食べて、いっぱい寝よう。そしてまた明日からがんばろう。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
第一章完です。
第二章は完成したら投稿しますのでお待ちください。
もしよろしければ作者の別作品もお読みいただけるとうれしいです。
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