第六話 楽しい魔界探検 その2
ぜえはあ、ぜえはあ。あの、母様、そろそろ休憩とかしたいなーなんて思いっているのですが。そう言いたいのに俺の口からその言葉は出ない。もう疲れて言葉を口にする余裕がないのだ。
俺たちが最初の魔物を倒してから四時間ほど経つが、あれから俺たちは進行速度を徒歩から早歩き、駆け足と徐々に上げていく母様についていきながら魔物に特攻を繰り返していた。最初の内は自分の攻撃が通ったり通らなかったりに一喜一憂してはしゃいでいたが、一時間もするうちに既にはしゃぐことはなくなっていた。進行速度の加速も理由の一つだが、魔界の入り口の奥へと進んだことにより、魔物との遭遇頻度が上昇していったからだ。
最初の一時間はそれでも二、三分に一度くらいだったので問題なかったが、今は同じ時間に数回、複数の魔物から襲われている。それに淡々と処理できるようになってきているのだから、今回の訓練はかなり俺たちの実力を上げてくれているのが実感できる。もちろん強そうな魔物は母様が潰しておいてくれているのもあるので、自分たちだけでここまで深く入り込むことはできないが。
俺たちは最初の内は自分の頭だけを絞って攻撃方法を試行錯誤していたが、その内三人で話し合うようになり、母様の攻撃をよく観察して魔物の弱点や強度を学んでいくことによって少しずつ自分のスタイルを確立しつつあった。多分疲れてきて自分に合わない余計な行動や通じないであろう無駄な攻撃をしなくなったのが大きい。そして今はとにかく最小の力で無駄なく相手を殺すことに重点を置いている。じゃないと体力がもたないからだ。
そんな感じで疲れた足を動かしていると、突然母様が立ち止まった。
「うん。この近くにはもういなさそうね。それにそろそろいい時間だし、お昼を食べに一度入り口まで戻ることにしましょうか。
三人とも、お疲れさま~。最後の方はだいぶいい感じになってきたわよ~。それじゃあこれからお昼のために入り口まで行くので、ダッシュで戻りましょ~。それが終わったら休憩をとるから、がんばってね~」
口調はとてもやさしいのだが、その内容はひどく厳しいものだった。入り口までダッシュってどれくらいかかるんだ?
「はい、それじゃあ出発してね~。私は道案内しないから、三人の力で帰ること。それとぐずぐずしてたら後ろから魔法で攻撃するから、急いでね~」
あれは本当にいつもの優しい母様なのだろうか。だんだん鬼か悪魔に見えてきた。
だが母様は下手な嘘は言わない。ぐずぐずしてたら間違いなく氷で吹っ飛ばされる。いっそそうして気を失った方が早い気もするが、倒れたやつを担いで走らされたり無理やり起こされたりする可能性もあるのでそんなリスキーなことはできない。
「トール、ここまでの道のり覚えているか? 俺はなんとなくしか覚えていない」
「あたしもさっぱりー。でも攻撃した跡とかでわかるんじゃない?」
「僕も完璧には覚えきれてない。リーナの言う通り、覚えている道を辿りながら、わからないところは周りを見て判断するしかないかな」
「よし、それじゃあトールが先導してくれ。自信がない所まで近づいたら俺が偵察に出て調べる。リーナは敵が来たら倒すというより吹っ飛ばすことをメインでやってくれ。トールも余裕があったら足止めを頼む。
それじゃあ無駄な戦闘はせずにダッシュで帰るぞ」
俺たちは頷いて方針を確認し、走り始めた。
「次は右へ、その次は左、その後はまっすぐだよ」
トールの言葉に従い俺たちは来た道を引き返している。後ろからは恐怖の女王様が迫っているのでダッシュだ。一度同時に三体の魔物が襲ってきたのに手間取っていたら、氷が俺たちに向かって飛んできた。宣言通り急がないと攻撃されることがわかってから、俺たちの速度はさらに上がった。
「シアン、次の道は三叉路だったと思うんだけど、ちょっと自信がない。確かめてきて」
「了解」
俺はトールの言葉に返事して魔法で走る速度を上げる。これまでの戦闘で音を消すのはうまくなってきた。こちらの音はほぼ完全に遮断し、向こうの音はききづらいけどなんとか聞こえる、という感じまで上達している。その無音移動魔法と単純に気配を隠す技術が高いから俺は偵察を任されているのだ。それと魔法を使えば一番逃げ足が速いというのもある。風魔法は火力はないがかなり便利だと思う。
そしてトールの言っていた三叉路に着くと、俺は警戒しつつ道を調べ始める。ここは洞窟なので足跡はほとんど残っていないし、風景もあまり変わらない。魔物の死体はよくわからないが残っていない。食べられたのか、吸収されたのか、どうなんだろう。
俺は右の道と左の道をよく見比べる。すると壁の低い位置にいくつか新しそうな傷跡を見つける。その痕跡から察するに、身長の低いものが左の道からこちらに向けて魔法を放ったと予想された。
俺は少し左の道を進み他に手掛かりがないか探すと、似たような傷がいくつか見つかった。引き返して逆の道も見てみるが、先程のような傷は見当たらない。するとトールたちがやってきたのに気付く。急いで報告して左の道が正しそうだと三人で確認すると、そちらに向けてダッシュを再開する。
そんな感じで最低限の戦闘をこなして俺たちは入り口付近まで戻ることに成功した。外の光が見える。どうやらあそこが出口のようだ。
俺たちは疲労困憊になりながらも出口を抜けると、そこには親父と同じく疲れた様子のヒースさんが待っていた。俺たちは勢いよく倒れて体力の回復に専念することにした。
「だいぶソフィアに絞られたようだな。お疲れさん。ソフィアもお疲れさま。子供たちの面倒見てくれてありがとな」
親父が声をかけてくる。そして言葉からすると母様もすぐ後ろに来ていたようだ。途中から完全に母様のことは頭から抜け落ちていたことに気付いて驚いた。一応警戒していたのにまるで気配を掴めなかったからだ。
「うふふ。久しぶりに血が騒いじゃって抑えるのが大変だったわ。それにシアンちゃんたちが必死になって成長する姿を見ていたから、全然退屈じゃなかったわ」
「そうか、こいつらはどれくらい成長できた?」
「今ならアッシュビースト系をまとめて三匹くらいなら個人で相手できると思うわよ~。三人協力すれば魔法を積極的に使うタイプがいる集団でもなんとかなるかもね~」
親父と母様が子供の成長を嬉しそうに語り合っている。
「おいおい、アッシュビーストは一体でも三級扱いで、魔法を使うタイプがいる集団だと二級扱いなんだがな。もうこいつらは中堅冒険者より強いってことかよ」
ヒースさんがなにかぶつぶつ言ってるが、頭にあまり入ってこない。今は体力の回復が最優先だ。
「まあそれも知っている相手を倒すだけならって感じだけどね~。さすがに初見の相手を傷つけないように対処するところまではいってないわ~」
「まあそこまで行くにはまだまだ経験が足らないし、体もできてないからな。もう少し成長して火力が上がって経験を積めば自然とできるようになるだろ」
「一番器用だけど火力がたりないシアンちゃん、火力は一番だけどまだまだ剣も魔法の制御も荒っぽいリーナちゃん、なんでもそつなくこなしちゃうけど思い切りが足りないトールちゃん。この子たちが成人までにどれだけ成長できるか楽しみね~」
「ワイバーンの討伐数での賭けが捗りそうだな」
「もちろんシアンちゃんに賭けるのよね?」
「いや、そこはシビアに考えるさ。シアンの実力が足りなければ無駄金を使ったりはしない」
「も~。そこはシアンちゃんに期待してるって言ってあげるところでしょ~?」
親父と母様がまだまだ先のことを楽しそうに話している。俺たちはなんとか少しだけ体力を取り戻したので立ち上がって母様にお昼ご飯をねだることにした。
ふぅー。母様の手作りサンドイッチはやっぱりうまい。それとから揚げがいい感じに体に染み渡る気がする。あぁ~もう酒飲んで寝ちゃいたい気分だ。
だがまだ午後の部が残っている。そういえば魔石はどれくらい集まったのだろう。食べ終わった後のお茶を飲みながら親父に訊ねてみる。
「親父、魔石はどれくらい手に入ったんだ?」
「おう、こっちが18個、ソフィアが53個で合わせて71個だな」
母様いつの間に!
俺たち三人は驚愕の目で母様を見つめる。母様は頬に手を当てながらにこにこと応える。
「あなたたちが戦っている隙に、ちょっと、ね」
そんな風にかわいく言われても恐怖しか感じられない。そうか、クリスタルゴーレムを一度も見ていないと思ったら、全て見る前に母様に倒されてたのか。
「それで、午後はどうするの?」
「午前にソフィアたちが行った逆側に進めば30個くらい結構すぐに見つかるだろうからな。ソフィアがいればだが。なので今度は全員で行動するぞ。俺もお前らの成長を見たいしな」
ということで午後はみんなで行動するようだ。そういえば。
「ヒースさんってどれくらい強いの?」
俺はヒースさんを見ながら訊ねてみることにする。
「あいにくだが、俺は一般人だからな。まだお前らよりは強いだろうが、カインの足元くらいの強さしかねーよ。それとソフィアと戦うことになったら全力で土下座する」
清々しい潔さだ。これが実力を測る強さを身に着け、分を弁えた大人の判断力なのだろう。参考にはしたくないが、覚えておこう。
「ガキどもその生暖かい目はやめろ。その内お前らもこいつらの異常さがわかるはずだ」
そんな話をしつつ休憩をし終わると、再度魔界の入り口に突入することになった。
「ソフィア、先導は任せたぞ」
「は~い」
こうして俺たちの二度目の突入が始まった。
進み方は先程と同じで先導する母様についていき、魔物を発見したら俺たち三人が倒していく。たまにこちらの攻撃が通らなかったりして母様に倒してもらうこともあるが、体力も回復したしだいぶ慣れてきた感じがする。
「ほう、なかなか様になってきてるじゃないか。だがやはりまだまだ火力が足りないな。もっと魔力密度を上げないとな。理想はソフィアレベルだな」
親父はそんなことを言いながら評価してくる。たまにコメントをくれるのはありがたい。でも母様レベルはまだ無理だ。瞬時にあんなに魔力を圧縮しようとしても、俺たちではある程度圧縮すると魔力が押し戻されてしまう。まだまだ魔力操作の技術と保持魔力量が絶対的に足りないのだ。
「いや、七歳でこれだけできたら十分化け物なんだけどな」
ヒースさんはさっきから俺たちの動きを見てはぶつぶつ言っている。独り言が癖なのかな。
それから二時間くらい探索すると、母様が「終わったわよ~」と声をかけてきた。どうやら知らない内にゴーレムを30匹倒していたらしい。
俺たちもそろそろ疲労が溜まってきていたのでありがたかった。そして今度は先程のようにダッシュで帰るということもなく、そこそこのスピードでみんな一緒に帰ることになった。しかし急に親父が立ち止まったかと思うと急に剣を抜いて呟いた。
「おっと、手が滑った」
そう言って親父は俺たち三人と大人三人を分けるように剣を振り払った。すると洞窟が破壊されて完璧に分断されてしまった。
「おっとこれは困ったなー。俺たちはここをなんとか壊してから追いつくから、お前たちは先に行っててくれー」
壁の向こう側から親父の棒読みが聞こえてきた。それで俺たちは仕組まれたことを完全に察した。一応声をかけてみる。
「母様、魔法でこの壁を破壊できませんかー?」
「ごめんね~。今両手が塞がってて魔法が使えないのよ~」
ちなみに魔法を使うのに手が空いているかどうかは特に関係ない。なのでこれで大人たちが共犯だとわかった。
「わかりましたー。じゃあ俺たちは先に帰ってますねー。そちらも気を付けてお戻りくださーい。親父は帰ってこなくていいからなー」
早速俺たちは進みだした。今度はさっきと違って俺も道をしっかり覚えたから帰り道は問題ない。それと後ろからなにやら親父が言っている気がするが、残念だ。壁のせいで何を言ってるかわからん。
さて、無事に帰れるのか、それとも何か仕掛けてあるのか、それだけが不安だ。