第三話 祭りは楽しい
ティア村長と会ってから俺の生活は少し変わった。修行により熱が入ったのもそうだし、同世代の子二人と一緒に遊ぶようにもなったのだ。
一人はトール。茶髪で緑の瞳の男の子だ。将来はイケメンになりそうな感じがする。性格は非常に温和で三人の中で一番の常識人。無茶をしがちな俺ともう一人をいつも止めてくれるストッパーだ。三歳にしてオカン属性を持つすごいやつだ。それと俺は異世界の知識があるので常識がないのはしょうがない。
もう一人はリーナ。銀髪で金色の瞳の女の子だ。かわいいけれどもどちらかというと中性的な気がする。将来は男装が似合うかもしれない。非常に活発で俺たちの中で一番の暴れん坊だ。だが性格は優しく、暴力を揮うわけではない。ちょっと考え足らずで考えるより先に行動してしまうだけだ。
俺たちは昼飯を食べた後に集まり、村の中で遊んで一緒に昼寝する。そして夕方前に帰る。という感じで遊んでいる。遊ぶ内容は様々だが、まあ三歳にしてはちょっと過激だったりするかもしれない。魔法の練習で近所のおじさんの家をぶっ飛ばしてしまったのは悪かったかもしれない。
いや、実行犯は俺じゃない。リーナだ。ちなみにトールは必死にリーナと一緒におじさんに謝っていた。俺は速攻で逃げた。後で怒られたが。世界は理不尽に満ちているな。
そんなこんなで健全に子供らしく遊びつつ、一方で未来の結婚に向けて真剣に修行をしていると、いつの間にか五歳になっていた。子供は大人より一日が長く感じるらしいけど、あっという間に感じたな。
そして五歳になるとこの村では勉強会が始まる。五歳から十歳までの子供が集められ、一緒に勉強をするらしい。学校みたいなものだ。ちなみに現在生徒は十一人。俺たち三人の他には八人しかいない。まあそんなに大きくない村だからな。
先生役は村人が適当に持ち回りでやるらしく、授業内容や指導方法は先生役毎に違う。教え方がうまい人もいれば適当な人もいる。だけど、文字の勉強が一週間だけ。それも教科書渡すからわかんなかったら訊きに来てって。それもう授業じゃないだろ。五歳になにやらせてるんだ。
それでも俺は既に文字を習得しているから問題ないが。二人は大丈夫だろうか。そう心配していたが杞憂だったようだ。二人とも三日でマスターしていた。先生役は驚いていない。
次の週は計算の勉強だった。だがやはり内容がおかしい。数字と計算記号の意味を説明したら、あとは教科書読めって。それにこの本計算式と答えが書いてあるだけだし。そして週末にはテストが行われた。内容は計算だけだが難易度は小学六年生くらいだろうか。俺はもちろん余裕だ。トールとリーナは……。既に四則演算はマスターしているようだ。
こんな感じで勉強はハイスピードで行われた。お昼から三時間位しか勉強していないのに、一か月で中学生レベルまで勉強した気がする。でもみんな普通にできてる。一つ上の子は微分積分をやってるらしい。そうか、これがこの世界の常識か。まだまだ俺は前の世界の常識に囚われていたようだ。
学校で習うのは机の上の勉強だけではない。実技もやる。運動だけじゃなく魔法の練習もする。五歳の間は基本的に練習という感じで、様々な鉄製の武器を振り回し、様々な魔法を実演を参考にしながら練習した。
五歳児に鉄製の武器は重過ぎると思ったのだが、魔力で身体能力を強化すれば案外なんとかなるのだとわかった。それでも最初は大変だったが。それと前からわかっていたが、どうやら俺は魔力を遠くに作用させるのが苦手らしい。得意の風属性魔法でも、体の近くに圧縮空気を作ったり風のカーテンを作ることはできるのだが、離れた的に空気の弾をぶつける、といった魔法ができない。厳密にはできないわけではないのだが、時間がかかり過ぎるのと魔力の変換効率が悪すぎて使い物にならない。
まあまだ五歳なのでこれからの練習次第で上達する可能性もあるが、他のみんなは5mの火球を30m離れた的に向けて連発する、といったことを平然とやっているので、やはり苦手なのは間違いないだろう。もしかしたら魔法の才能がないのかもしれない。
それとこの世界の地理についても勉強している。このジェンド村はかなり僻地にあるらしく、一番近くの街まで山を五個越えないといけないことがわかった。それと近くに魔界の入り口と呼ばれる深い谷があるらしく、そこから出てくる魔物を狩るのがこの村の主産業らしい。なるほど。どうりで村人みんなが戦えたり、いつも強そうな魔物の肉が食卓に上がるわけだ。そうか、この世界の田舎暮らしは大変なのだな。
それと魔物からは魔石と呼ばれる便利なエネルギー源がとれることも習った。これはもはやこの世になくてはならないものらしく、生活のあらゆるところで使われる魔道具の動力源となっているらしい。魔道具職人はこの村には住んではいないが、簡単な魔道具なら直せるようにと、八歳になったら魔道具の本格的な勉強が始まるらしい。先輩がいじっているのを見ていると楽しそうなので三年後が待ち遠しい。
まだまだ他にもたくさんのことを習ったが、どうやらこの世界は覚えなければいけないことや身に着けるべき技術が前世よりもたくさんあるらしい。俺はなんとか前世に培った知識や経験を活かしてついていけているが、正真正銘のお子様のトールやリーナ、そして先輩方が普通に学んでメキメキとそれを身に着けているのを見ると、俺はまだまだだと実感する。だが村長にプロポーズするためにも、周りのやつらを全員打ちのめすくらいの実力を身に着けなくてはな。精進あるのみだ。
今年は今世初のお祭りを経験することになった。この村ではティア村長の気が向いた年しか祭りは行わない、というか結構頻繁に勝手にお祭り騒ぎをしているのでする必要がないらしく、今年は七年ぶりの正式な祭りだそうだ。
村の広場に急遽用意された料理のための簡易キッチンが置かれ、いつもより上等な酒が何樽も置いてある。普段の酒は何人かの村人が趣味で造っているものらしい。そしてよくわからない飾りつけがあちこちになされてみんなのテンションが高まって抑えきれなくなった頃、広場の中心の舞台の上にティア村長がどこからともなく現れた。
「諸君。今年は研究が順調でな。先週ついに火竜の鱗を貫ける威力を持つ火魔法の魔法陣の構築に成功したのじゃ。それを祝うためにこの度祭りを開催することにした。奮発していい酒をたらふく買い込んだから、今日は遠慮せず楽しむことじゃ。
それじゃあみなコップは持ったな? では乾杯!」
乾杯! とみながコップを高く持ち上げて叫び祭りは始まった。
さすがに子供はお酒を飲めないが、普段たまにしか飲めない果実水がふるまわれているので子供も十分に楽しんでいる。肉もうまい。この肉はなんの肉だろう。さっき村長が言ってた火竜の肉? ああ、そうなんですか。竜の肉ってやっぱりおいしいですね。
そんなことを肉を焼くおばちゃんと話しながら祭りを楽しむ。だが俺の視線はひたすら村長を探しては見つめている。あれから何度か村長を見る機会はあったが、話そうとしても近くは大人たちが集まって話していることが多くほとんど話せていない。
だからこうして熱視線を送ることで少しでもアピールしているのだ。ああ、それにしても村長は本当にかわいいな。ごくたまにだが、村長がこちらに視線を向けてくれる気がしたときはとてもうれしい。あれ、なんだかストーカーみたいなことをしている気がするが、気のせいだろう。うん。
「シアンー、何見てるのー?」
隣で肉をもにゅもにゅしていたリーナが問いかけてきた。
「どうせまた村長を見てたんじゃないの?」
行儀よく肉をもぐもぐしていたトールが推測を口にする。
「また? 本当に村長が好きなんだね」
「よく飽きもせずにずっと見ていられるよね。どうせなら声をかけてくればいいのに」
トールはうるさいな。見てるだけでも心が弾むんだからほっとけ。それに五歳のガキが熱心にアプローチしたって結果は前と変わらない。もっと成長するまでは静かにアピールするしかないんだ。うむ、少しからかってみるか。
「そう言うトールだってエリー姉ちゃんを見かけたときは赤くなって声かけられないじゃないか」
「そ、それは関係ないじゃないか。僕は別にエリーさんが好きだとかそういうんじゃなくて……」
「まあエリー姉ちゃんも二十歳になったしそのうち結婚するだろうからな。その時に泣かないようにしておけよ」
「余計なお世話だ! ところでリーナはあんまりそういう話はしないよね」
「う~ん。ヴァンのおじちゃんとかは渋くてかっこいいな~とかは思うよ」
「ヴァンさんって……。まあたしかにまだ三十過ぎの割には寡黙で落ち着いててかっこいいけどさ」
うん、こういう話を聞いてるとこいつらもまだまだ子供だなって感じるな。こんな子供が普段は対数関数について話したり、15mの火球をぶっ放して倉庫を半壊させて怒られたりしてるなんて想像できない。だがこれがこの世界の常識なのだ。早く慣れなくては。
「おう、ガキども。初めての祭りは楽しんでるか?」
少し酔った様子の親父が話しかけてきた。
「親父邪魔。村長が見えない」
俺は酔っ払いにつき合う趣味はないので、速やかに要求を突きつける。
「うう、息子が冷たい。いつからこんな冷たい子供に……。あれ、割と最初からそうだった気がする」
その通りだ親父。良く気付いたな。とにかく邪魔だから早くどいてくれ。
「ヨーゼフ~。どうやったらお前んとこのトールみたいな優しい子供らしい子供に育つんだ~」
近くにいたトールの親父さんに絡み始めた。どいてくれてなによりだ。よし、これで村長が良く見える。それにしてもこんな大人にはなりたくないものだ。酒の失敗は前世で経験したから今世ではもうしたくない。
「カイン、そうはいうがシアンだっていい子じゃないか。学校ではよくカインに勉強を教わってるって聞くぞ?」
ちがう。それは俺がすごいんじゃなくてトールがすごいんだ。たしかに訊かれたら教えてはいるが、普通の五歳児は三角関数について公式の説明をしただけでは理解はできない。
「そうだそうだ。うちのリーナもシアンと遊ぶときはいつもより楽しいって言ってたぞ」
今度はリーナの親父さんのレインさんも加わってきた。そろそろここから離れるべきか?
「いやいやリーナちゃんとシアンが手を組むと色々怖いだろ。この前も魔力をどうやったら魔法に効率的に注げるか実験してみたとか言って倉庫を半壊させてただろ。あれはシアンの無茶な提案にリーナちゃんが悪乗りしたからだって聞いたぞ」
まずい。俺が黒幕なのが大人たちにばれている。しょうがないじゃないか。自分だとうまくできないんだから。
「子供のやることにいちいち目くじら立てんなって。適当に俺ら親が頭を下げとけば済む問題だろ?」
その通り。レインさんはいいこと言うな~。
「そのせいで修繕費をとられて俺の酒代が減ってるんだよ。ソフィアには逆らえないしな」
母様は親父の体を心配してるんだよ。きっと。そのはずだ。でも母さんが最近流行りの服を買ってたのは黙っておこう。
「ソフィアさんには……。まあ無理だよな」
ヨーゼフさんが頷いている。むっ。リーナ、トール、撤退だ。あっちのワイバーンのすね肉を調理している方へ行くぞ。急げ。
俺は二人にサインを送って静かに走り出す。後ろからは。
「あら、何を話しているのかしら~。私も混ぜてもらえるかしら~?」
母様が親父たち三人に話しかけている。がんばれ親父。俺は心の中で合掌する。
「あっ、シアン、あれ見よーよ!」
親父たちから離れてすね肉をかじりつつ広場を歩いていると、舞台の上に二人の大人が上がるのが見えた。二人は鉄の剣を持っている。そしておもむろに戦い始めた。いや、合図とか無しかよ。
全然腕から先が見えないが、両者の間で火花が散ってカキンカキン聞こえてくるから多分剣を打ち合っているのだろう。周りの大人たちはもっと攻めろだの蹴りを使えだの騒ぎ立てている。この村は好戦的な人が多いのだろうか。
しばらく見ていると決着が着いたようだ。二人は特に険悪な雰囲気は見せず、普通に舞台から立ち去った。もしかしてショー的な何かだったのだろうか。
すると近くにいたお兄さんが俺たちに向かって話しかけてきた。
「ちび助どもも舞台に上がってみるか? 俺と対戦なんかどうだ?」
その問いにリーナが即座に答えた。
「やる!」
どうやら二十歳くらいのお兄さんと舞台の上で戦うことが決まったようだ。
「武器は好きなのを選んでいいぞ。ルールは一対一で戦うこと。舞台を破壊する魔法は使わないこと。五分以内に一回でも攻撃を当てること。これでどうだ?」
俺たちは互いに視線を合わせてこくりと頷く。
「よし、それじゃあ初めは誰からだ? 準備できたら上がってこい」
というわけで相談開始。その結果最初はトール。次はリーナ。最後に俺という順番になった。じゃんけんで早い者勝ちで順番を決めた結果だ。
「トール、がんばれよ!」
俺はそう声をかけて友人の後姿を見守る。トールが選んだ武器は基本的な長剣だ。普段は長剣と盾のスタイルだが、今回は時間制限ありでおそらく向こうは攻撃してこないから盾は必要ないと考えたのだろう。
勝負が始まる。トールは最初から身体強化をしてトップギアで攻め立てる。だがさすがに年季も体格も違う。相手のお兄さんは丁寧にトールの剣を捌いている。避けないのはわざとだろう。どうやら先程のように打ち合っている姿を見せるのがこの舞台の主旨らしい。
周りの大人たちはこの子供対大人の無謀な戦いを止めることはなく、むしろ楽しんでいる。
トールは四分ほど攻め続けるが、やはり実力の違う格上のお兄さんから一本入れるのは難しいらしい。
「あと一分だ」
お兄さんがトールに残り時間を告げる。しかしトールの動きはどんどんと悪くなっていく。体力切れか?
そして残りが十秒を切ったその瞬間、トールの動きが格段に良くなった。最初よりも速い。これならいけるか、と思ったが、お兄さんは少し驚きつつもトールの動きについていく。やはり経験の差というのは大きいようだ。そのままトールは攻撃を入れることができないまま勝負は終わった。
「なかなかいい作戦だったが、この村では使い古された手だからな。こっちが慣れてなけりゃうまくいったかもしれないが運が悪かったな。だがよくその年で実行したもんだ。こりゃ十年後にはこっちが負けるかもしれないな」
お兄さんはそう言ってトールを励ましていた。トールも少し残念そうだが満足しているようだ。
「よーっし。次はリーナの番だよ!」
トールが舞台から降りると早速リーナが舞台に上がる。武器はやたらと大きい大剣だ。リーナは火力バカだからな。剣術も魔法も。
そして勝負が始まる。リーナは小さい体にも関わらず大剣を勢いよく振り回していく。まるでコマか台風だな。それでももちろん格上の相手であるお兄さんには通じない。
「これならどうだー!」
リーナはそう叫ぶと大量の火球を生み出し、剣を振りながら魔法も放っていく。ルールは舞台を壊す魔法を使わないこと、なので、一応火球が舞台に当たらないように気を付けているらしい。だが外れた火球はもちろん舞台の外へ飛び出していく。しかし観客の大人たちは騒ぎもせずに各自が魔法で火球を打ち消していく。その慣れた様子から察するに、よくあることらしい。
リーナは五分間元気に暴れ回ったが、結局一本も入れることはできなかった。だがその暴れっぷりが気に入られたのか、観客たちは非常に盛り上がっていた。
「嬢ちゃんはパワーは十分だが少し大振り過ぎるな。あと剣も魔法も素直過ぎる。もうちょっと頭を使わないと、強い魔物には通じないから気を付けな」
「う~。頭使いながら動くの苦手なんだけどなー」
「ふむ。じゃあ相手にいたずらする気分で挑むといいかもな」
「あ、それならできそー。にーちゃんありがとねー」
リーナへのアドバイスは終わったようだ。次は俺の番か。
俺は二本の短剣を持つとリーナと入れ替わるように舞台に上がる。舞台の上から見渡すと、村長が舞台を見ているのに気付いた。これは負けられないな。負けるとしてもいい所を見せてやる。
俺は両手に持った短剣を構える。
「おっ、今度は二刀流か。よし、それじゃあ始めるぞ。試合開始だ!」
そのお兄さんの声に応じて俺は駆け出す。もちろん魔法で肉体強化をしている。俺の戦法はいたって単純。速く、速く、速く。とにかく速さを上げて攻撃する。それだけだ。
両手の剣でとにかく回転数を上げて攻撃する。もちろん相手からすれば十分対応できる速度だろう。だが、お兄さんはわざわざこちらの攻撃を剣で弾いて捌いてくれる。俺はその力も利用してどんどん速度を上げていく。
徐々に上がる速度にお兄さんが怪訝な顔をし始めた。だが、俺の速度はまだまだ上がる。俺は遠距離の魔法が得意ではないが、体の周囲に発生させる分には、むしろ器用に魔法が使えるらしい。それを利用して、体のひとつひとつの動作に対し空気抵抗を無くし、また進行方向に対し追い風をかけるように魔法を使用していく。
段々とお兄さんの顔から余裕がなくなっていくが、俺の攻撃自体は非常に軽いので、お兄さんも速度重視にすることで問題なく捌くことができているようだ。
ここまで三分ほど。ではさらに攻撃を増やしますか。俺は攻撃速度はそのままに、今度はさらに足の裏に魔力を集中させた。そしてこちらの剣が弾かれて体が傾くのに合わせて魔法を発動させる。俺の体は傾いて舞台に倒れながらも、足が空中を強く踏みつける。そして普通ならありえない低い体勢から俺は攻撃を振るう。お兄さんは驚きながらも冷静に対処する。
俺は次々に空中を踏みしめて自在に宙を駆け回りお兄さんを攻撃する。お兄さんは最初こそ驚いていたがすぐに対応し始めた。だがうっすらと汗をかき、顔からは完全に余裕が消え去っている。
残り一分。俺は全ての魔力を使い切るつもりで攻撃を振るい続ける。まだまだ理想には程遠いが、現在やれる範囲で最大限の速度を出せるようにひとつひとつの魔法を制御し続ける。そしてこのころになると、お兄さんの顔は少し青くなってきた。俺の最後の仕掛けがようやく効いてきたらしい。
俺が使っていた魔法は、体を速く動かすための魔法、空中を踏む魔法、そして俺の周囲の空気を薄くする魔法だ。遠距離に及ばせることはできないが、今回の試合のようにずっと相手の近くで攻撃し続けられるなら有効な攻撃手段だ。俺が休まず攻撃し続ける限り相手は五分間の無酸素運動をしなければならない。それも空気が薄い状態で。こちらももちろん五分間動き続けなければならないが、まだまだ小柄な子供と大人では体を動かすのに必要なエネルギー量は桁が違う。それにこちらは普通に呼吸できる。いくら相手が鍛えているこの不気味なほど強い村の住人だからといって、この状況は楽ではないはずだ。
俺は時間の許す限り必死に攻撃した。三百秒で何回剣を振るったかわからないが、三百回を超えた自信はある。だが、それでも無慈悲に制限時間が来てしまったようだ。お兄さんは少し強めにこちらの剣を弾くと、「終わりだ」と告げた。
俺は着地すると同時に一気に疲労感がやってきたのか、座り込んでしまう。大量の汗が出て、ひどく呼吸が荒くなる。自分の心拍がやけに大きく感じる。
やはり一本入れるのは無理だったか。そう思いながらも充実した時間を過ごせたことに俺は満足していた。ただひとつ心配だったのは、村長が今どんな表情をしているか。
驚いているのか、楽しんでいるのか、落胆しているのか、それがとても気になる。
だが目の前にお兄さんが近寄ってきたので注意をそちらに向けると話しかけてきた。
「驚いたぞ。その年でここまでの動きが見せられるとは思わなかった。まだまだ荒いところもあるが、魔法の使い方が上手かったな。あれだけの数の魔法を同時に制御して見せたことには素直に感心するよ。
結果はこっちの勝ちだが、小柄ですばしっこい魔物や毒ガスをまき散らす魔物と戦った経験が無ければやられてたかもしれない。ま、魔法を使えば話は別だがな。
あとはこの速度に重さが加わればかなり強くなると思う。期待しているぞ。次の祭りも縁があったらまたやろうな」
そう言ってべた褒めしてくれた後、お兄さんは舞台から降りていった。やっぱりお兄さんは魔法を使ってなかったのか。さすが、この村の住人だな。
俺はまだ呼吸が安定しなかったので声が出せなかったが、しっかり頭を下げておいた。この時は結局最後までわからなかったが、あのお兄さんはベルクという名前の戦闘狂らしい。次の祭りで戦うことになったら、今度は向こうも攻撃ありでやってみたいものだ。
そんなことを考えながら呼吸を落ち着けて立ち上がると、目の前に人が立っていた。驚いて見上げると、そこにはティア村長が立っていた。
俺が驚いて口をパクパクさせていると、彼女は楽し気な笑みを浮かべつつ話しかけてきた。
「なかなか良い戦いじゃったな。その年であれだけの魔法を使いこなすとはあっぱれじゃ。この調子で精進することじゃな。それともう少し成長したら魔法陣を習うだろうから、それと組み合わせるとさらにお主は強くなれるじゃろう。魔法陣は素晴らしい技術じゃからな。それでは、今回はご苦労だった。次も期待しておるぞ、シアン」
そう言ってティア村長は俺の頭をなでるとフッと消えてしまった。俺は久しぶりに間近で村長を見れたこととか名前を呼ばれたこととか頭を撫でられたことで頭がオーバーヒートして、その後すぐ倒れてしまった。だが俺は倒れる前に誓った。今日のこの幸せは一生忘れないと。
その後舞台近くの木箱の上で目を覚ました俺はリーナとトールと一緒に先程戦った感想をお互いに言い合った。またやってきた親父たちに褒められたりアドバイスされたり、ついでに肉を食わされたりしながら時間を過ごした。
非常に有意義な戦いと最高に幸せな村長との思いでの記憶を作ることのできた初めての祭りは、こうして楽しく喧しく過ぎていった。