第四話 ジャイアントキリング
大人と子供、いや大鳥と子供の合戦が開幕した。
戦いの火蓋を切ったのは、鳳の方だ。
都合四度目となる雷を放ったかと思うと、「ヒーーンッ!」と雄叫びをあげて突っ込んでくる。
雷撃では埒があかない、と気付いたのかもしれない。
今の俺は周囲の状況をかなり遠距離まで把握できている。
その秘密は、雷精が電波を全方位に放出してる事にある。そしてその電波の反射波で物体の位置を把握しているのだ。
難しく言ったが、要は自前のレーダーである。
こんな真似ができるのも、前世の知識があればこそ。
しかしそのおかげで、身の毛のよだつ事実も判明してしまった。
それは鳳が予想以上に大きい、という事だ。
感覚的な把握では、翼開長がなんと三十メートルを超える。
プテラノドンとかいうレベルじゃなかった。これじゃまるでラー○アだ。
ファンタジー世界、どんだけだよ! って叫びたくなる。
ともあれ、嘆いてばかりはいられない。
まずは小手調べ。
鳳も雷耐性を備えてそうだが、たとえ効かなくとも牽制と示威の効果は望める。
俺は鳳の方へと右掌を突き出した。
その方向に、精霊陣(雷精の展開する陣形)の密度が収束する。
脳裏に描くのは雷を一直線に放出するイメージ。
ドンッ!!
鼓膜を破りそうな轟音と、凄まじい白光が精霊陣の外で発生した。
自然現象では決してありえない、地上から天空へ放たれた閃雷が鳳に命中する。
――撃てた!
雷精との精神交感にて可能だと確信は得ていたが、実際にやれてみると特別な感慨も湧いてくる。
だが、感動をじっくり味わう時間を敵は与えてくれなかった。
俺の放った雷の軌跡を逆行するかのように、鳳らしき巨影が迫ってくる。
雷が効かない事は織り込み済みだったが、全く意にも介さず突っ込んで来るとは思わなかった。
予想の上を行かれた急降下攻撃に、俺は驚愕と恐怖で硬直してしまう。
それは致命的な隙だった。
「イィィィィィン!」
「ぅわっ!?」
暴猛な威力を秘めた鳳の鉤爪が精霊陣に激突した。
彼我の僅かな間隙で紫電がバヂバヂッと音を立てて弾ける。
雷精たちが放電して壁を作り、抵抗しているのだ。
だがそれは、鳳のとって薄紙のような脆い障壁でしかなかった。
接触してすぐ、雷精たちが危険信号のような感情を送ってくる。
ヤバイ、保たないっ!
危機感に突き動かされた俺は、咄嗟に地面へと倒れ込んで身を伏せる。
その直後、精霊陣を切り裂いて凶爪が俺へと殺到した。
「ぐっ!」
伏せた俺の頭上数十センチ上を大質量が通り過ぎ、背中を削り取られるような冷たい恐怖を覚える。同時に、羽ばたきが巻き起こす下向きの煽りで全身が地面に押し付けられ、体が軋んだ。
まさしく間一髪。
伏せるのがコンマ五秒でも遅かったら、恐らく上半身を吹き飛ばされて即死していた。
また、鳳がそのまま着地していても踏み潰されて死んでいた。
精霊陣との衝突による放電光で目を眩ませたからか、それとも地上にいる敵に少しでも隙を晒す事を嫌ったからか。
いずれにせよ、命拾いした。
まったく、寿命が何年も縮む思いだ。
たった一回の接触で、絶望的なまでの戦力差を思い知らされた。
倒れたまま幼子のように泣き喚いてしまいたい衝動を抑えつけ、俺はのろのろと立ち上がる。
口内に侵入してきた泥水をぺっ、と吐き出す。
汚れを厭わず五体投地したせいで、ぬかるんだ泥水をかなり被ってしまった。
全身の各所に染み込んでくる冷たい感触が不快にすぎる。
せめてもの救いは、強烈な風雨が速やかに顔の汚れを洗い流してくれた事だ。
このままじゃ風邪を引くかもな……。
場違いな心配だが、おかげで少し心に余裕が戻ったのを自覚する。
鳳に注意を向けると、ヤツは頭上四百メートルくらいの高さを維持して俺の周囲を旋回している。
すぐに追撃をかけてこないのは、多少なりとも俺に脅威を感じているからか?
だが仮にそうだとしても、稼げる時間はごく僅かだろう。
効かない雷撃を放ったところで、こちらの遠距離攻撃オプションが他にない事を悟らせるだけだし、何もしなくともいずれは警戒心を薄めて攻撃してくる。
戦いは始まったばかりなのに、早くも手詰まりといった感じだ。
くそ、どうしたら……。
焦燥ばかり募ってゆく頭を必死に冷却し、打開策を考える。
まず、単純に雷撃をぶつけても意味がない。鳳もこちらと同レベルか、それ以上の耐電能力を備えていると見るべきだ。
となれば、それ以外の手段でもって打ち倒すしかない。
雷撃を封じられた今の俺に、何が出来る?
懐にある短剣では、仮に根元まで埋め刺そうとも、せいぜい針刺し程度の痛痒しか与えられまい。
何か、他の攻撃手段はないものか。
そうだ! 電撃能力者といえばこの技、レールガンとかどうだろう。それで短剣を打ち出せばアレも一撃で……って、やっぱ無理だな。
原理は知ってるし、やってできない事はないかもしれないが、練習や研鑽もなしに実用化できるわけがない。
追い詰められて一か八かの技が成功するのは物語の中だけだ。
砂鉄を武器にする案も考えたが、同様の理由で却下だ。
有効なアイデアを思い付けないまま、時間だけが過ぎてゆく。
思考の袋小路に陥りかけた頭を一旦冷やそうと、首を左右に振ったとき。
視界の端をあるものが掠め、天啓のような閃きを得る。
思いついたのは乾坤一擲の賭け。ベットするものは俺の命だ。
失敗すれば俺は死ぬだろうが、成功しても鳳を確実に殺れる保障はない。
――ええい、迷うな俺!
策なしで戦えば万に一つも勝ち目がない相手なんだ。
自分の命を賭けるだけでそれを引っくり返せる見込みがあるなら上等じゃないか。
俺は両側の頬をぱちん、と叩いて気付けし、覚悟を決めた。
常に把握している鳳の位置と進路方向を確認し、俺はレラムの老木に向かって駆け出した。
それなりの距離があったが、幸い鳳が襲ってくる事はなく、老木の根元近くに無事到着する。
これで準備は整った。
あとは鳳との対角線に老木を挟むように位置関係を調節しつつ、訪れる機会を待てばいい。
勝算はある。
俺が一方的に設定したこの賭けは、俺の思惑を鳳の知能が上回れるかどうかの勝負だ。
「……さあ、来い!」
距離的に届くはずのない俺の声が切っ掛けになったのかはわからない。が、俺が気炎を吐いた直後、鳳は俺の方へと進路を変えた。
かかった!
俺は胸中でほくそ笑むと、老木に背を向けて走り出す。
鳳からしてみれば、恐怖で怯えた敵が泡を食って逃げ出したように見えただろう。
敵だった相手が獲物へと成り下がり、もはや自分が傷つけられる事はないと確信したはずだ。
きっと何の憂いもなく獲物に爪をかけようと降りてくる。
俺は駆けながら、常に鳳と老木の位置を把握し続ける。
そして、鳳と老木の位置が重なろうとする直前。
俺は予め背後に全ての雷精を展開していた。
まるで砲身のように太長い陣形で追従する雷精たちに、ただ一言の意志を下す。
全力全開で撃て、と。
膨大な雷の気配が生まれるのを背中で感じた直後。
色々な事が同時に起きた。
筆舌に尽くし難い、凄まじいまでの轟音が炸裂し、白光が空と地上を真昼のように染め上げる。
「ヒィィィアァァァン!!」という鳳の絶叫が響き。
全身がばらばらになるような衝撃波を背中に受けて、前方へ派手に吹き飛ばされた。
キーンと耳鳴りがして、瞬時に気分が悪くなる。もしかしたら鼓膜が破れたのかもしれない。
長い浮遊感の後、俺は前のめりに地面へと墜落。
受身を取る余裕はなかった。
胸のあたりで何かが折れるような音と感触が響く。同時に激痛が走り、痛みのあまり呼吸困難に陥る。
「ひぃっ、ひぃはっ、ぅぐっ……」
視界がぐわんぐわんと揺れている。
痛みと酸素不足のダブルパンチで意識が飛びそうだ。
それらを必死に耐え、力を振り絞って姿勢を横向きに変えた。
「げはっ、がはっ……!」
喉にせり上がってきた何かを咳き込むようにして吐き出す。
びしゃりと地面に飛び散ったそれは、黒っぽい赤。
……血か。
衝撃波で内臓を痛めたのか、折れた肋骨が肺にでも刺さったか。
胸が灼けるように熱く、まともに呼吸ができない。
致命傷かもしれないと、頭の冷静な部分が判断を下す。
――ヤツは、どうなった……?
ここまでやって鳳は無事でした、では、さすがに報われない。
悲鳴のような声が聞こえた気がするから、無傷という事はないだろうが……。
死にかけの体に鞭打ち、這いずるようにして向きを変える。
そうして背後の様子を確認した俺の目から、ぽろりと熱いものが滴り落ちた。
歓喜と興奮に感極まっての涙だった。
「くくっ……ざまぁ……ガフッ、みやがれ……。焼き鳥に……してやったぜ……」
視線の先で、さっきまで鳳だったものがごうごうと燃えている。
肉の焦げる臭いがただよい、ぱちぱちと火の弾ける音が響く。
火の勢いを雨が多少削いでいるようだが、焼け石に水だ。
もはや炎の塊となった鳳が動き出す気配はない。死んだ、いや殺せたと判断していいだろう。
火や熱にも耐性があって倒しきれない可能性を危惧していたが、杞憂だったようだ。
鳳を倒すに至った一連の仕掛けはこうだ。
鳳が老木の直上を通過、ないし接触するコースを取るよう位置関係を調整し、その時が来たら最大出力の雷で老木を燃やすだけ。
単純な罠だが、結果からも判るように効果は絶大だ。
十億ボルトを超える高電圧に晒された老木は瞬時に燃え上がり、瞬間的とはいえ炎の温度は恐らく数万℃以上に達しただろう。
太陽の表面温度すら上回るその高温に、耐えていられる生物などいるはずがない……と思うが、そう言い切れない怖さがファンタジーにはある。
鳳が老木を警戒して、遠距離から雷撃で燃やされたらアウトだったが、結果的には上手く嵌ってくれた。
俺は賭けに勝った。
いや、俺も死にかけてる事を考えたら引き分けかもしれないが。
ともあれ、これで思い残す事は……いっぱいあるけど。おそらく俺はもう助からないだろう。
好奇心は猫をも殺す、とは良く言ったものだ。ちょっとした稚気による冒険の結末がこれとは、過酷すぎだろ異世界。
ああ、気が遠くなってきた……。
ごめん、母さん。すまない、レナ……。
徐々に思考が混濁してゆき、俺の意識はぷつりと途切れた。
ルナティック難度の相手/戦闘でしたがあっさり終了。
拍子抜けの感があるかもしれません。ですが白熱の長期戦を展開するのは、戦力差上の理由からリアリティに欠けるという理由で採用しませんでした。
以上言い訳。