第三十六話 魔法授業 その四
大変お待たせしました。
「さて、気を取り直してもう一度やろっか。ほら、先輩も席に戻って」
「ちょっと。もう一度って、さっきみたいな危ない事をまたやらせるつもり?」
パンパン、と手を叩きながらキャルが指示を出すと、レナが立ち上がってキャルを睨む。
キャルはヤレヤレ、と言いたげな顔で小さくため息をついた。
「まったく、先輩は過保護だなー。霊識で感じた熱さは物理的なものじゃないから体に害はないよ。それにイオ君も同じ失敗はしないだろうからへーきへーき。ね?」
水を向けられたので、頷いて肯定する。
「まあ、うん。次は上手くやるから、大丈夫。心配してくれてありがとう、レナ」
「イオがそう言うなら……いいけれど」
丁度良い高さにあるレナの手を軽く握りつつ声をかけると、彼女は渋々といった様子で頷き、席に戻った。
正面に向き直ると、キャルが生暖かい目でこちらを見ていた。
ハイハイごちそうさま、とか考えてそうな表情だ。まあ口に出して茶化そうとしないだけマシか。
「さ、イオ君。やってみて」
「うん」
キャルに促され、再び霊力の属性付与を試みる。
先ほどの失敗を教訓とし、今回は控えめにいく。
思い浮かべるのはたき火の炎。色はオレンジで、温度は八百℃くらいか。
結果、前回と同じく胸が熱くなったが、耐え難いほどではない。
「……できた」
「うん、今度は大丈夫そうだね。それじゃ、大きく息を吸って、呼吸を止めて。そしてまた霊気を操るの。吸いこんだ空気……に含まれる星気と、属性付与した霊気を混ぜるようなイメージでね」
「了解」
言われた通り、大きく息を吸い、止める。それから胸の熱い霊気を攪拌するように動かし、星気と混ざれと念じた。
すると数秒ほどで変化が現れる。胸に感じる熱さはそのままで、重い澱のような、ドロッとした感覚が追加されたのだ。
すぐに深呼吸して吐き出したくなるような、不快な感覚である。
「成功したみたいだねー。おめでとう、それが魔力だよイオ君」
不快さに思わずしかめた俺の顔を見て判断したのだろう。キャルがパチパチとおざなりに拍手してそう言った。
何とか笑顔を浮かべて頷きを返すが、正直とても喜べる気分ではない。というか地味にきつい。耐えてるうちに軽い吐き気まで込み上げてくる。
魔力が人体にとって有害だと説明された理由がよく解った。
「魔力を生成した後は呼吸しても大丈夫だよ。体内に留めておく限り、魔力は状態を維持するからね。ただ前にも説明したけど有害だから、長時間置いておくのはオススメしないけど。まぁ数分程度なら問題ないかな」
「数分どころか、すぐに吐き出したい気分なんだけど?」
「あはは、確かに慣れないと辛いかもねー」
キャルの呑気な態度に軽くイラッとする。
笑い事じゃねーよ。こっちは胸焼けと吐き気の二重デバフにかかってんだ。はよ次の指示よこせおら。
まあ多分、今の状態維持してちょっとは耐性付けとけっていう狙いがあるんだろうけど。
「くふふ、苦しみに耐えるイオ君も可愛いよ」
「…………」
前言撤回。ただの趣味だったようだ。
よし、突然だが魔力残留中に雷精を使役できるか実験してみよう。
俺は立てた指先に集まるよう雷精に指示を出す。
次の瞬間、バチッと音を立てて紫電が走った。
ふむ、魔力は精霊使役の障害にはならないようだ。この分なら属性魔法と雷精使役の併用もいけるだろう。重畳重畳。
満足した俺がニコッと笑顔を浮かべると、キャルはビクッとして頬を引き攣らせた。
「さ、さーて、次はいよいよ魔法発動の方法を教えるね! まずは魔力を外に出すところから。霊力と同じように念じれば動くから、手から放出する感じでやってみて」
動揺を取り繕うためか、やや早口で説明するキャル。俺の意趣返しはそれなりに効いたようだ。
溜飲を下げた俺は右掌を前方に翳し、魔力に動くよう念じる。
すると魔力はスライムのように形を変えながら、するすると体内を移動してゆく。そしてそのまま掌から外へと抜け出した。
「魔力を外に出したら、少し離れたところで塊になるようイメージしてね」
キャルの追加アドバイスに頷きつつ、魔力をコントロールする。
その結果、外に出た魔力は掌の五十センチほど先で小さな塊となった。大きさで言えばソフトボールサイズか。
自分で生成した魔力だからか、目には見えずともそこに魔力があるとはっきり判る。無視できない存在感のようなものを感じ取れるのだ。
何とも言葉にしにくい感覚だが、これも霊識の働きなのだろう。
「……できた。これでいい?」
「うん、上出来。あとは魔法を発動させるだけなんだけど……お手本を見せた方が早いかな」
そう言って、キャルは左腕を上げて真横側に掌を向ける。
宣言通り、魔法を使って見せてくれるのだろう。
一拍の間を置いて、キャルの掌の先に魔力が発生したのが判った。
当然と言えば当然だが、魔力生成速度が俺とは段違いである。
「よく見ててね。――《イグニスフィア》」
キャルが魔法名らしき言葉を唱えたと同時、掌先の魔力が炎の塊へと変わった。
そして次の瞬間それは発射され、俺たちから二十メートルほど離れた地点に炸裂した。
ボッ、という短い炸裂音と共に炎が大地を舐める。
大人の背丈ほどの高さまで火柱が立ち、その倍ほどの幅に燃え広がった。
しかし燃料が雑草程度しかないためか、火勢はすぐに衰えて、十秒ほどで自然鎮火した。
「おー……」
俺は感心して声を上げた。
何と言うか、これぞまさしく攻撃魔法! って感じだった。
てゆーか、まんまファイアーボールだよねこれ。魔法名違うけど。
火力と範囲からして、命中すれば人ひとりくらい余裕で焼き殺せそうだな。
「さ、次はイオ君の番。あたしが今見せた魔法の効果をイメージしながら魔法名を唱えればいいから。あまりのんびりし過ぎると魔力が霧散しちゃうから急いでねー」
少しばかり面映そうな表情でキャルが俺を急かす。
そういや、魔力も外に出した状態だと霊力みたいに自然消滅するんだっけか。
感想や質問なんかは後にして、さっさと行動しよう。
今目にしたばかりの光景をイメージするのは容易い。
と言っても、それだけを漠然と思い浮かべるだけでは多分ダメだろう。イメージには具体性を持たせないと。
まず、魔力が高温の炎に変換され、凝縮・圧縮される。それから発射。高速かつ直線的に宙を飛び、狙った所に着弾。解放された炎が周囲の酸素を取り込み、瞬時に燃え広がる。
……よし、予行イメージ完了。やってやるぜ!
俺はイスから立ち上がり、キャルが魔法を炸裂させた地点に掌を向ける。すると追従して魔力も動いた。
多分、掌と魔力の相対位置を意識していたからだろう。
「――イグニスフィア!」
頭の中でイメージしてから魔法名を唱えた、次の瞬間。
右掌先に予想外に大きい火球が出現したかと思うと、即座に発射されて着弾。キャルの時の倍近い規模で炎と熱を撒き散らす。
「出来た……!」
俺は思わず拳を握り締め、快哉を呟く。
異世界に転生して初めての魔法行使。さして苦労や努力をした訳ではないが、それなりに感慨深い。
「一発成功かぁ。しかも初めてなのにあの威力……イオ君は魔法の才能にも恵まれてるね。おねーさん、ちょっと嫉妬しちゃうなー」
口ではそんな事を言いつつも、キャルの表情は綻んでいる。
教え子の成果は教師の手柄。キャルも嬉しいのだろう。
レナと織羽も軽く拍手しながら祝福してくれる。
「魔法の初成功おめでとう、イオ」
『あにさま、流石なのです!』
「いやいや、指導者が良いおかげだよ。ありがとう、キャル先生」
「んふふ、これで少しはあたしの事、尊敬してくれる気になったかにゃー?」
謙遜も兼ねて礼を言うと、キャルはドヤ顔で胸を張った。
つい「ハイハイ尊敬尊敬」と返したくなる態度だが、半分はポーズだろう。
空気を読んだのと、彼女なりの照れ隠しである。
「うん、まあ、それなりにはね」
「えー、まだそれなりなんだ。でもま、いっか。イオ君のハートをキャッチする機会はまだまだあるだろうし」
脳天気に言ってくすくすと笑うキャル。
ふっ、俺のハートをキャッチしたければ、プリでキュアな魔法少女の衣装を着て出直してくるがよい。
そうそう、衣装と言えば。
最近のキャルは使用人のお仕着せを好んで着ている。
つまりメイドの格好をしている。
どうしてそうなったかと言うと、理由が二つある。
一つは、キャルが織羽付きの護衛兼世話役に収まったからだ。
キャルには俺の魔法教師というお役目もあるが、今のところそう頻繁に授業をやる訳ではない。
要するに暇なのだ。
なので手が空いてる時は織羽の面倒を見てるね、とキャル自身が言い出してその役に就いた。
二つ目は、俺がメイド(服)好きだとバレてしまった事だ。
本来メイドではないレナが使用人服を着ている件をキャルに気付かれ、発覚した。
これまで誰も疑問に思わなかった事に着目し、秘密を暴くとは……目敏いさすが元諜報員めざとい。
とまあ、そうした実務的な理由と俺の関心を引くために、キャルはメイドへと転職を果たした。
ちなみに使用人服はキャル自身の手によって改造が施されており、本来の物とはもはや別物と化している。
スカート丈は膝くらいまでしかないし、袖も二の腕半ばまでしかないパフ・スリーブだし。
レナとリーンからは慎みに欠けると不評だが、俺的には可愛くてグッジョブだった。
いつかレナにも着せてみたい。
閑話休題。
俺が魔法を成功させたので、今度はレナと織羽に実践してもらう事になった。
織羽は元々巫術を嗜んでいた素養もあってか、割とすぐに魔法を成功させた。
一方、レナは魔力の生成段階からかなり手こずったが、試しにと水属性魔法に変えたらあっさり成功させた。
どうやらレナは火属性魔力の適性が低いようだ。
その後も他属性の下級魔法を幾つか教えてもらい、夕方頃になって第一回目の魔法授業は終了した。
本日俺が覚えた魔法は、火水風光属性の下級魔法が一種ずつ。
ただ、これはあくまで〝使えるだけ〟である。
実戦レベルで〝使いこなせる〟ようになるまで、これから練習を重ねて習熟していかねばならない。
魔導王に俺はなる!
魔法使用の際、イメージを補強する等の目的で詠唱が用いられる事は基本ありません。
詠唱は特定の魔法にのみ必要とされます。
■新作の連載を開始しました。
よろしければそちらもお読みいただけると嬉しいです。
作品タイトル:復讐のディアボロス ~悪魔召喚の生贄にされた勇者は底辺から這い上がる~
物語の方向性:悪魔に転生した元勇者が魔物を倒したり仲間にしたりして、強さ・勢力的に大きくなってゆくお話。
URL:https://ncode.syosetu.com/n4970ek/




