第三十二話 HTT!!
織羽の養子入りに反対や難色を示す者は誰一人としていなかった。
養子話を受け入れた織羽は、その場の皆から祝福された。
織羽はやや恐縮しつつも、その事を素直に喜んでいた。
ちなみに養子の件は母さんの独断的提案ではない。
事前に母さんたち首脳陣が話し合って決め、織羽以外の皆に根回しもしてあった。織羽の承諾だけでスムーズに話が進んだのはそのためだ。
話を切り出すタイミングだけ、母さんに一任されていた。
ではなぜ養子なのか。
それは織羽の立場を改善し、外部からの余計な干渉を跳ね除ける為だ。
単なる客分では、異国人という事もあって織羽の立場が不安定なのだ。その上、織羽が当家に留まる名分に欠け拘束力が弱い。
ゆえに養子。
これが法的に成立すれば、格段に織羽を守り易くなる。たとえ王家が相手でも、武力を用いた直接的手段以外なら何とかなる筈だ。
ただ、養子を迎えた場合、王宮に届け出る必要がある。そこから事が露見する可能性があるので、多少のリスクはあるが。
養子話がひと段落し、しばらく当たり障りのない雑談が続く。
と言っても半分は近況報告みたいなものだが。
主に喋っているのは俺と織羽を除いた四人。俺はもっぱら聞き役に回ってるし、織羽は言葉の壁があるせいか、あまり自分から話題を振ろうとはしない。
逆に口数が多いのはキャル。しかし特に饒舌という印象はない。
喋りたくて喋るのではなく、話を振ったり拾ったりと調整役に回ってるせいで口数が多い。そんな感じだ。
新参者だからと気を使っているのかもしれない。あるいは織羽のためか。
キャルのおかげで織羽も適度に喋る機会があり、疎外感を抱かずに済んでるようだし。
「そういえば、キャルに聞きたい事があったんだけど。いいかな?」
会話が下火になってきた頃を見計らい、俺はキャルに訊ねた。
「ん、なになにー? ご主人様の御下問とあれば、おねーさん何でも答えちゃうよ? 知りたい事は何? スリーサイズ? それとも生理周期? もしかして今日穿いてるパンツの色とか?」
話を振った途端、キャルが怒涛の勢いで食いついてきた。
そして発言の内容が相変わらず酷い。逆セクハラもいいとこだ。
いきなり羽目を外したキャルに、レナとリーンが白い目を向ける。続いてため息。
「ねえキャル。貴女、どうしてイオが相手だとそう下品になるの? 教育に悪いから止めてと何度も言ってるでしょう」
「年頃の淑女として言動には慎みを持つべきだ。仮にも大国の姫とあろう者が……嘆かわしい」
レナが疲れた声で、リーンが皮肉っぽい口調でキャルを窘めた。
なお母さんが何かを言うような気配はない。
これは寛容だからではなく、ある種の役割分担なのだろう。
レナとリーンが不在なら、母さんが注意したはずだ。……たぶん、きっと。
「あはっ、ごめんごめん。イオ君が相手だと、どうしてもテンション上がっちゃってぇ。それで、あたしに聞きたい事って何かにゃー?」
笑って誤魔化し、話の続きを促すキャル。
コイツ、全く反省の色がないな。
とはいえ、これ以上の小言は和気藹々とした場の空気を壊しかねない。
俺は努めて気にしてない風を装い、口を開く。
「織羽がなぜ狙われたのか、だよ。わざわざ危険な超長距離航海までして出向く以上、織羽という存在がいる事に確信があったはずだ。だとしたら、ザッカークはどうやって織羽の存在を知り得たのか? そこが分からないんだ」
仮にザッカークが相当な情報通だったとしても、限度というものはある。
中原じゃほとんど存在を知られてない超遠国の、貴族とはいえ一個人の情報など手に入れようがない筈だ。
国レベルの情報網があって、ようやく風聞程度の情報が手に入るかどうか、といった所だろう。
「確かに、その疑問はごもっともだねー。もちろん、それには理由があるよ。実は……」
かくかくしかじかとキャルから説明され、俺は若干の驚きと共に納得した。
織羽誘拐の件には帝国が関与していた。というか、黒幕だった。
ザッカークは帝国の要請を受けて照和神皇国まで行ったらしい。キャルが同行していたのもその辺に理由がある。
簡単に言えばザッカーク一味のお目付け役兼、織羽の世話がキャルの役目だったのだ。
ザッカークに依頼が行ったのは、奴が帝国から非合法な取引を請け負う、裏の御用商人的存在だから。
ザッカークは表沙汰にできない商品を帝国に卸していたらしい。
その最たるものが人。誘拐、勧誘、買収、違法奴隷化と、手段を問わず身柄を確保し、帝国に売り飛ばすという事をしていた。
奴が奴隷商人なのも、それが理由だ。木を隠すなら森の中。奴隷を隠れ蓑にして本命の商品を運ぶためだ。
もっとも通常の奴隷取引もしていたそうだが。
そこまで聞いて疑問に思ったのは、帝国はなぜ人を集めるのか。どんな人を集めようとしているのか、だ。
まあこれは少し考えればすぐに解る事だ。
織羽の件からして、帝国は祝福・加護持ちを集めているのだろう。あるいはもっと広く、有能な人材であれば誰でもという可能性もある。
実際、その予想はキャルの語った答えと一致していた。
ここまでの話はある意味、前置きだ。
ザッカークは帝国から(依頼を受けて)織羽の情報を得た。
なら帝国はどうやって織羽の存在を知り得たのか?
結論から言えば、異なる情報収集手段の併用によって、だ。
具体的に説明すると。
まず、帝国が恒常的に行っている情報収集の網に織羽の噂が引っかかった。
この時点では、極東の辺境国に大神の使徒らしき人物がいる、という風聞程度の情報だ。確度は低い。
当然、帝国はその情報の裏を取った。ある特殊な手段でだ。
その特殊な手段というのが、今回の話の肝。祝福による超広域の情報収集というものだった。
何でも距離制限なしであらゆる場所を覗き見できる能力らしい。オマケに視認対象の霊格や、どの神の使徒なのかまで判別できるそうで。
何そのチート能力。セイフの祝福のほぼ上位互換じゃねーか。
透視いらずで女湯覗き放題だな。まったくうらやまけしからん。
男に持たせたらヤバイ能力だが、幸いその祝福持ちは女らしい。
そしてキャルの所属である柩冥勅命使の一員だそうだ。
解ってた事だけど改めて認識した。帝国おそロシアと。
そんな祝福持ちがいたら、機密もへったくれもない。
戦争になったら、部隊の位置情報とかモロバレだし。こちらは奇襲できないのに帝国は奇襲し放題とかインチキすぎる。
このままだと帝国の世界征服とか普通にありえるな。
少なくともイシュタリアは近い将来、確実に飲み込まれると思った方が良さそうだ。
あとキャルの件もすぐにバレるかもしれん。
話を聞いていた他の面子(織羽除く)も、帝国の危険性に気付いたようだ。皆、表情が強張っている。
これは近いうちに要対策会議だな。
皆の様子が一変した事に不安を覚えたのか。織羽がやや怯えた表情でキョロキョロと皆の顔をうかがう。
いかんな、お茶会の雰囲気を台無しにしてしまった。
フォローしとかないと。
『心配しなくていいよ、織羽。大丈夫だから』
俺が声をかけると、織羽は少しほっとしたようだった。
とはいえ完全に不安を払拭できた訳ではないようで、遠慮がちに聞いてくる。
『あの……何か、あったんですか?』
『いや、大した事じゃない。今キャルから、織羽を攫った悪者達の話を聞いてね。それでみんなが少しばかり深刻そうな表情をしただけさ。織羽が責任を感じたり、不安に思うような事じゃないよ』
意図的にぼかした説明をして安心させる。嘘はついてない。
というか、正直に伝えたところで怯えさせるだけだしな。
『あ、はい』
幸い、織羽はそれで納得してくれたようだ。頷いた顔が安堵で緩む。
そしてその頃には他の面々も元の穏やかな表情に戻っていた。
和やかな空気を取り戻したお茶会は続く。
「もう七月も終わりですか……来月はイオ様のお誕生日ですね」
優雅な仕草で紅茶を一口飲み、カップをソーサー上に戻しながら、リーンが思い出したように言った。
「そういえば、そうね……そろそろ準備しておかないと」
「うふふ。イオは今年で八歳になるのねぇ。大きく健康に育ってくれて、お母さん嬉しいわ~」
レナがしみじみと、母さんは楽しそうに話題に乗った。
両者の温度差は、準備に苦労する者しない者の違いか。
あるいはエルフと人間の文化の相違にあるのかもしれない。
エルフは人間の何倍も寿命があるせいか、誕生日というものを大して重視しない。その日が来ても、ああまた一つ歳を取ったか、程度の感慨を抱いて終わりだろう。レナがそんな感じだし。
ちなみにこの世界の一年は地球に較べると長い。
時間単位こそ地球とほぼ同じだが、一日がなんと二十五時間ある。
なお一月は三十日共通、一年で三六〇日。年時分秒は地球と同じだ。
年間日数こそ地球より短いが、一日の長さを加味すると年一五日分ほど多い計算になる。
また、四季の概念もあるがこれは地球と同じだ。
「イオ君、誕生日近いんだ? そっかそっかー……贈り物用意しておくから、楽しみにしててね。くふふ」
良い事聞いちゃったみたいな風情で言い、妖しく含み笑うキャル。
その目には獲物を狙う肉食獣のような輝きがある。
ぞくりと俺の背中に悪寒が走った。
「う、うん……期待してるよ。でも、無理しなくていいからね。ほどほどでね」
いやほんと、お手柔らかに願いたい。
俺は乾いた笑顔でそう応じた。
キャルの事だから、媚薬とセットで「あたしの貞操をプレゼント!」とか仕掛けてきてもおかしくないからな。
当日は一服盛られないよう警戒しておこう。
『あにさまの誕生日は八月の何日なのですか?』
話の流れを大雑把に翻訳して聞かせると、織羽が興味津々といった様子で訊ねてくる。
きっと新しい家族の事を色々と知りたいのだろう。
俺も自分に興味を持たれてると思えば悪い気はしない。
『八月八日だよ。揃い数字で覚えやすいでしょ?』
答えると、織羽がちょっと驚いた表情をした。
しかしすぐに破顔一笑する。
『はい。とても良い誕生日だと思います』
『ありがとう。織羽の誕生日はいつ?』
『織羽は七月七日です。揃い数字で覚えやすいでしょう?』
悪戯っぽい表情で言う織羽。
俺の発言と似た台詞なのはわざとか。
『え、ほんとに?』
『ほんとですよ。ふふ、驚いたです?』
織羽が妙に楽しそうなのは、俺との共通点が見つかって嬉しいからかな?
ちょっと自意識過剰な推測かもしれないが。
『うん、驚いた。それなら一月違いだけど僕と一緒だね』
『はい、あにさまと一緒です!』
七月七日……地球だと七夕か。
そして七夕と言えば織姫。それと似た名前の織羽にはぴったりの誕生日だな。
ただそれだと俺の立ち位置は彦星か?
今は義兄妹だけど、いずれは俺が織羽を娶る事になるかもだし。
将来なまけ者にならないよう今から気を付けよう。
え? ロリコン乙だって?
いやこれは政治的に当然の処遇というか、仕方ない事なんだよ。
嫁に出す可能性もゼロじゃないけどさ。親類の子ではない、血の繋がりがない養子である織羽を他家に嫁がせても、エトランジェ家にはあまりメリットがないんだ。
むしろ織羽を手放すデメリットの方が遥かにデカい。
たとえ王家から求められても簡単に頷ける話ではないのだ。
母さんだって表には出さないが、俺に嫁がせる気でいる筈だ。
織羽が将来的に別の男を好いたりすれば話は変わるかもだが……。
なお当然と言えば当然だが、この話は織羽にはしていない。
嫁候補で養子にしましたって言われても困惑するだけだろうし。こちらの善意を疑うかもしれない。いや確かに打算もあるけども。
それはさておき。
織羽の誕生日は誰にも祝われないまま、虜囚中に過ぎたのか。
ちょっと可哀想だな。
俺は一計を案じた。
「ねえみんな。今聞いたら、織羽の誕生日は七月七日なんだって。まだ過ぎて間もないし、僕の誕生日の際に一緒に祝ってあげたいんだけど、どうかな?」
そう提案すると、皆がおっという顔をする。
「うん、とても良い考えだと思うわ。私は賛成よ、イオ」
「さすがイオ様、名案です」
「あらあら、イオったらさっそくお兄ちゃんしてて偉いわねぇ」
「イオ君ってば優しいねー。気遣いのできる男の子はポイント高いぞっ。きっとおりりんもイオ君にメロメロだね!」
口々に皆が意見を述べた。
聞いた限りでは全員が賛成のようである。ありがたい。
特にレナは準備の負担が増えるだろうに、嫌そうな気配など欠片も見せない。頭が下がるな。
ちなみにこちらの世界、というか中原では、誕生日はそれほど派手には祝わない。わざわざ外から客を呼んだりはせず、家族のみで内々に祝うのが普通だ。
とはいえ貴族ともなると、内々とは言ってもそれなりの形式と規模をもって行う。
具体的に言えば家をあげての宴だ。裕福な家や高位貴族なら劇団や楽団を招いて盛大に行う事もあるという。
エトランジェ家の場合はそこまではやらない。財力的には十分に可能だが、虚飾は好まない家風だからな。
質実なのではなく、実利主義が徹底してるのだ。さすが元商家なだけはあると言えよう。
なので俺の誕生日では、宴は催すが余興の類はやらない。
ただし、エトラニアの街の住人にふるまい酒を出す。
これは俺の誕生日にかこつけた人気取りだ。
んで、この宴やふるまい酒などを手配する責任者がレナなのだ。そのためこの時期のレナは多忙に追われる事になる。
いやほんと毎年お疲れさまです。
織羽の誕生日も祝う事を彼女に伝えると、恐縮しつつもすごく喜んでくれた。「家族なんだから祝うのは当然だよ」と理由を話したら、今にも泣き出しそうなほど感激していた。
幼いうちに好感度を稼ぎ、自分に依存させていく。まったく俺って悪い大人だな。
この話題を最後にお茶会はお開きとなった。
終わってみればなかなか中身の濃い、有意義な時間だった。
そしてこの日を境に、織羽は急速に俺に傾倒していく事になる。
日本語以外の言語で「おりりん」という愛称を付けて呼ぶのは違和感ありまくりですが……そこは雰囲気重視という事でご容赦ください。




