第三十話 地下牢にて
眩しい陽射しが降り注ぐ晴天のある日。
俺はじめじめと薄暗い地下牢にいた。
むろんそんな問題のある場所に俺一人で来れるはずはなく。
レナとキャルがお目付け役兼護衛として同行していた。
俺がここを訪れたのは当然だが理由がある。
すったもんだの末、エトランジェ家で召抱えたキャル。彼女の発案により、ザッカークの部下と面会する事になったのだ。
そんな訳で今、俺は鉄格子越しに髭面男と相対していた。
「少し見ない間に、お髭が伸びて更にダンディになったねー、セイフ」
「……お嬢か。なぜそっち側にいる?」
「見れば解るでしょ? あたし、この家に仕官したんだー。それでこのコがあたしのご主人様。というより、未来の旦那様かな?」
以前、俺にショルダータックルをかました上に踏みつけて脅した異国人の男、セイフ。
キャルが面会を求めたのはこの男だった。それで今、こうして二人で話している。
セイフは囚人服と思しき粗末な服を着ているが、薄汚れているとかみすぼらしいという印象はない。
精々、伸び放題の無精髭や顎鬚が少々見苦しいくらいだ。
どうやら罪人とはいえ最低限の生活環境が与えられているらしい。
髭が手入れされてないのは、罪人に刃物を持たせられないからだろう。
尋問した者の話によると、セイフは剛毅で頑固な性格らしい。どのような脅しや説得を受けても黙秘を貫いたそうだ。
もっともザッカーク一派の余罪については既に他の連中があらかた供述したので、黙秘に意味はなかったそうだが。
「くく……女狐め。尻の軽い事だな。まさか裏切るとは」
「残念、あたしは兎だもん。ぴょんぴょん」
おちょくるように言って、顔の横で両手を直角に動かすキャル。
よく解らんが兎のジェスチャーのつもりらしい。
「相変わらずふざけた女だ。それで、俺に何の用だ。そこのガキのお守りに転職したのを祝って貰いにでも来たのか?」
セイフが俺をちらりと見やり、忌々しそうに憎まれ口を叩いた。
電撃で気絶させられた事を思い出しでもしたんだろう。
本当ならここで「そのガキに返り討ちにされてどんな気持ち? ねえ今どんな気持ち?」と煽ってやりたい所である。
しかし話が拗れるといけないので我慢だ。
「んー、それはそれでアリだけどぉ。今日来た理由は取引かな」
「ふん、そんなものに応じると思うのか、俺が」
「でもこのままだと処刑されちゃうけど。いいの?」
「是非もなかろう。貴族に頭を下げて命永らえる気などない」
セイフは俺を見ながら、吐き捨てるように言った。
俺個人ではなく、貴族全体に対して思うところがあるようだ。
「ふーん、そぉなんだ。じゃあ復讐も諦めるの?」
「…………」
「あはっ、セイフったらお顔こわーい」
事情はわからんが、セイフの痛い所を突いたらしい。奴がキャルを剣呑な目付きで睨む。
しかしキャルはとことん煽るな。本気で説得する気があるのかね。
まあ俺と身内以外を標的にする分には問題ない。
もっとも、キャルの目的はセイフの感情を逆撫でしてでも本音を引き出す事だろう。
「でもその様子じゃ、諦めたわけじゃないんでしょ? 潔いこと言った割に未練ありまくりじゃん」
「…………」
「このまま意地張って処刑されたら、仇の貴族が喜ぶだけだと思うけど。それでいいの?」
「……貴様に、何がわかる」
セイフはまるで仇を見るかのような目でキャルを睨みつけ、低い声で唸るように言った。
ようやく綻んだか。
「さあ? でも、覚悟が足りてないなーって事くらいは解るよ」
「……覚悟、だと?」
予想外の言葉だったのか、セイフが意外そうな顔をする。
「うん。だって、セイフは復讐のために生きてるんでしょ? なら、プライドを捨て、泥水を啜ってでも生き延び、何が何でも目的を果たす。それくらいの覚悟を持つべきじゃない?」
「…………」
「あたしの言ってる事、何か間違ってる?」
「…………」
長い沈黙があった。
その間に、セイフの表情は苦渋から苦悩へと様相を変えていった。
そして最後には何かを悟ったような顔付きへと変わる。
「……いいや。お前の言う通りだ。己を、全てを捨てる覚悟を持てない者が復讐など成せるはずもない。……俺には、覚悟が足りてなかった」
沈鬱な口調で誤りを認めたセイフに、キャルが畳み掛ける。
「うん。だから、ね。取引しよ。セイフは死なずに済む、あたしたちは優秀な人材を獲得できる。お互い、うれしあわせな選択でしょ?」
キャルが今言った通り、俺たちの目的はセイフのスカウトだった。
セイフは死なせるに惜しい人材だからと、キャルの推薦があったのだ。
聞けば人品もそう悪くないという。
犯罪に協力したのは貴族が絡んだ件くらいで、基本的には用心棒兼船員の役割に徹していたらしい。織羽の件でも実行犯には加わってなかったとの事。
また、面倒見が良く、ぶっきらぼうながらも女子供には特に優しかったそうだ。菓子や果物等をよく差し入れてくれたと、織羽からも証言が取れている。
それにしては俺に対して容赦がなかったが……まあ貴族憎しの思いがより強かったのだろう。
いやまて、子供(ただし女に限る)という可能性もあるな。
危ないおじさんかもしれないから織羽は近づけない事にしよう。
ちなみにどれくらい有能かと言うと。
《種族》人種・人間族
《名称》セイフ・バロッサ
《性別》♂
《年齢》二八
《霊格》一二三
《強度》一〇六
《祝福》禽面神ガルビス《猛禽の目》
《称号》
《状態》
霊格・構成強度の三桁超え、さらに超便利な祝福持ち。
その祝福の効能は視力拡大(最大百倍)、暗視能力付与、俯瞰視能力付与(最大高度十万m)の三本立て。
視力百倍プラス高度十万mの俯瞰視能力。それはもはや千里眼とか言うレベルじゃねーだろ。擬似監視衛星だろ。
そのうえ暗視能力まであるとかどんだけだよと。
もしそこに透視能力まで付いてたら役満だったな。惜しい。
余談だが、照和神皇国までの遠距離航海を可能とせしめたのは、この能力あってこそだろうな。
陸地や嵐を超長距離から発見できれば、補給や航行における不安がほぼなくなるわけだし。
そんなわけで、個人レベルでの活躍のみならず、軍事なら戦略級の働きすら可能な人材。それがセイフである。
これは我が社で採用まったなしですわ。
「……条件次第、だ。取引とするからには、奴隷になって一方的に尽くせ、とは言わんのだろう?」
少し考え込んでから、セイフは強気に言った。
取引なのだから条件を付けるのは当然で、それはこちらも織り込み済みである。
キャルが振り返り、斜め後ろにいる俺に視線を寄こす。
自分の役目はここまで、というアイコンタクトだ。
俺は軽く頷いて、一歩前に出た。
「そういった話なら、僕が対応するよ」
よほど貴族が気に食わないのか、セイフはジロリと俺を睨んだ。
しかしすぐに感情を抑えたようで、顔の強張りが消える。
「……よかろう。では条件だが、まずは恩赦による免罪だ。俺は犯罪奴隷になって働く気はない。先の見えない奴隷にされて使い潰されるくらいなら、素直に処刑された方がマシだからな」
奴隷にされてしまうと、最悪死ぬまで強制労働となる。
それでは復讐という目的を果たせなくなるから避けたい。
セイフはそう言いたいのだろう。
恩赦というより司法取引だが、まあこれは構わない。
奴隷というのは労働者として見た場合、効率が悪いからな。
数いてなんぼの単純労働に従事させるわけじゃないんだ。
オンリーワンの能力をもつ人材を有効活用したいなら、奴隷より好待遇の社員として迎えた方がいい。
「この場で決定はできないけど、多分問題ないかな。他には?」
あっさり認められるとは思ってなかったのか、セイフが意外そうな表情をする。
「……奴隷でないなら、俺は雇われて働くわけだ。ならば然るべき対価を寄越せ。年で百タリア、働き次第で追加報酬といったところでどうだ?」
日本円にすると年棒二千万円+アルファか。
この程度なら十分許容範囲だな。というか、むしろ良心的な金額だとすら言える。
俺がセイフの立場だったら軽くこの十倍は吹っかけるぞ。
軍事に力を入れる帝国なら百倍出すかもしれないな。まあ情報の有用性と価値をどこまで認識してるかにもよるが。
「それも問題ないかな。他には?」
「……ずいぶんと安請け合いするのだな。恩赦の件もそうだが、適当な回答では困るぞ?」
これまたあっさり認められた事で疑念を抱いたようだ。セイフが疑うような表情で睨みつけてくる。
「僕はまだ子供ですし、疑いたくなる気持ちは解ります。ですがきちんと根拠ありきで答えてます。そこは信用して下さい」
俺の真摯な対応が功を奏してか、セイフが表情を和らげる。
「……わかった。下らん言いがかりを付けてすまなかったな、坊主」
「いえ、お気になさらず。条件の続きをお願いします」
「ああ。次は拘束期間についてだ。最長二十年で、働きが良ければその分短縮して貰いたい。それが無理なら、十年後以降に一年程度の一時離脱を認めて欲しい。どうだ?」
多少なりとも俺を認めてくれたのか、セイフの言動が軟化している。良い傾向だな。
さて拘束期間か。言い換えれば労働契約期間だな。
この条件を付けた理由はちょっと考えれば解る。
鑑定によればセイフの年齢は二十八。能力的にはピークの頃だろう。十年後でも経験を積める分、総合的に現在より優れるはずだ。
しかし二十年後ではどうか。四十八歳。初老の域だ。加齢による身体能力の衰えを経験でカバーできるかと言えば、少々微妙だろう。
つまりだ、復讐を果たすための能力を維持できる限界が今より二十年後とセイフは見積もったのだ。
次善案もそうした考えの元に出されたものだ。
どうしても終身雇用したいなら、一年間、復讐活動を行う時間をくれというわけだ。まあ妥当と言えば妥当な要求だな。
俺としては当然だが終身雇用したい。
こんな有為な人材、外に逃がしたら相対的損失がやばいわ。
そういう意味では次善案の方が有利という気はする。
場合によってはエトランジェ家で復讐をバックアップし速やかに事を終える、というのもありだな。
まあ復讐相手が誰かわからない以上、迂闊に提案はできないが。
ああでも、こっちで仇の情報を集めてやるくらいはいいか。費用も大してかからないだろうし、忠誠心アップが期待できる。
「そうですね、その条件についてはこちらも考えがあるので保留とさせて下さい。悪いようにはしませんから。こちらの首脳と相談の上、後で回答します」
セイフとの関係に改善が見られるので、俺も敬語を使って話す。
こういうのはお互いの歩み寄りが大事だからな。相手が罪人だからと侮ってはいかん。
いずれ仕えてもらうかもしれない相手だ、謙虚に行こう。
「……承知した。よろしく頼む」
「はい、任せて下さい。あと他に条件はありますか?」
訊ねると、セイフは数秒ほど逡巡してから口を開く。
考え込んだというより、言うべきか迷ったという感じだった。
「そうだな……あると言えばある。だがこれは必須条件というより、俺のわがままのようなものだ。頼み、と言った方がいいか」
これまで率直な物言いを貫いてきたセイフが、初めて持って回った言い方をした。遠慮を感じさせる前置きである。
「先日、坊主を襲った俺以外の連中についてだ。できれば処刑ではなく、奴隷落ちで収めて貰えないか?」
なるほど、遠慮の理由はそれか。
先の諸条件はセイフ(の目的)にとって譲れないものばかりだったが、これは違う。
こちらを納得させるだけの道理がないのだ。それを自覚してるから〝条件〟ではなく、〝頼み〟などと言ったのだろう。
「うーん……絶対無理とまでは言いませんが、正直ちょっと難しいかもしれません。理由は何ですか?」
ただ助けたい、という理由では認められない。
本来、意図的に貴族を害した平民ないし奴隷は、問答無用で死罪が常識でありセオリーだ。
地球の現代人感覚からすれば横暴に思えるが、貴族の面子や威厳を保つために仕方ない面がある。
支配者層である貴族は司法機関としての役割を持つ。日本で例えれば県警と地方裁判所を運営してるようなものだ。なのにその実効性や権威を疑われたら、犯罪の抑えが効かなくなる。
要するにこれは舐められない為の見せしめなのだ。
五十歩百歩の差とはいえ、本来もっとも罪が重いセイフを免罪する以上、残りの連中にはきっちりその役目を果たして貰う必要がある。
さらに言えば、事はウチだけの問題ではない。
死罪を正当な理由もなく覆し、温情をかけたりすれば、他の貴族につけ込まれる要因になるからだ。
「……連中との付き合いはそう長いわけではない。と言っても二年ほどだから、短くもないがな。一派の中では俺は新参の方だったが、実力を買われて連中の纏め役を任されていた。面倒を見、鍛えてやったりもした。つまりは俺の部下だ。復讐のために我が身大事とはいえ、容易に連中を見捨てる気にはなれん」
なるほど、情が移った連中だから助けたい、か。
確かに何もせずただ見捨てては寝覚めも悪かろうな。
道理はないが同情は買える。
しかし弱すぎる。全員を減刑する理由としては不十分だ。
というか十分な理由など最初からあるはずがない。処刑はどうしたって回避不能の既定事項なのだし。
「……これははっきり告げるのが誠意だと思うので言いますが、全員に恩赦を与えるのは不可能です。実行犯六人のうち、最低でも半数は死で罪を贖ってもらう必要があるでしょう。その場合、減刑する三人はセイフさんに選んで頂きます。また、その三人はセイフさんに預けて監督してもらう事になるでしょう。……重い責任と苦悩を背負う事になりますよ。それでも助命を希望しますか?」
セイフに対象を選ばせる。それは何も嫌がらせでそうするわけではない。
助命する以上は、せめて人格がマシな者、能力の優れた者を残したいからだ。そしてそれを選ぶのに、セイフ以上の適任はいない。
まあ俺なら鑑定で上っ面の能力は見れるが、性格までは判らんし。
助命した者をセイフに監督させる件も同様の理由だ。
残酷な条件を突きつけられたセイフは、ぐっと唇を噛んで視線を落とした。
重いよな。自分の選択で生かす人間と殺す人間が決まるのだから。
切った張ったで敵の命を奪う事とは異なる重みがずっしりと肩に圧し掛かったに違いない。
「……それで構わない。頼む」
しばしの沈黙を経て、セイフは結論を出した。
よほどの葛藤があったのだろう。腹の底から絞り出すような声だった。
「わかりました。ただ、この件はご期待に添えない可能性もあるという事をご承知おきください」
「ああ、解っている。これは駄目元な願いだ。無理なら仕方ないと諦めるさ」
何かを悟ったのか、すっきりとした表情でセイフは答えた。
反面、俺は内心憂鬱だったりする。
ついセイフに同情して、半数の三人は~などと答えてしまったが。本来は一人であっても無理筋な話である。
有能な人材を引き入れるという大義名分があってさえ、首脳陣(特にリーンとレナ)の説得に骨が折れたのだ。このうえ三人も追加助命するとなると……ああ気が重い。
背後にいるレナの顔を見るのが少し怖いな。きっと後で「安請け合いして!」などと怒られそうだ。
まあ、請け負った以上は責任を持って努力するつもりだが。
「他に条件はありますか?」
「いや、ない。これで俺の望む条件は全て伝えた」
「そうですか。ではこちらで検討の上、明日にでも結果をお伝えします」
「よろしく頼む」
話が纏まったところで、小さくセイフが頭を下げた。
これには少し驚いた。
話の端々から復讐したい仇が貴族である事は察していた。ゆえに貴族全体に対しても憎悪や敵愾心があるという事も。
そんな憎い相手に敬意を払うのは苦痛だろうに……それだけ俺を認めてくれたという証か。
彼が誠意を見せてくれた以上、俺も気張らなきゃならんな。
「では吉報をお待ち下さい。今日のところは失礼します。レナ、キャル、行こう」
俺は静かに燃えて、セイフに背を向けた。
なんだか地味な回になってしまいました。しかしこれでやっと事後処理的な話は終了……
キャル加入時のすったもんだについては次回以降に。
イオの台詞「重い責任と苦悩を背負う事に~」⇒「重い十字架を背負う事に~」にしたかったけど、この世界では十字架の意味が地球とは違うので断念。
異世界ものだと慣用句の使用に若干気を使いますね。まあリアリティを突き詰めるなら、英語表現(例:ダンディ、プライド)もアウトなんですけど。




