第二十九話 ダメだこいつ、早くなんとかしないと
「え、えーと……つまり、僕に会いに来たのはそのお告げに従ったからで、キスしたり事に及ぼうとしたのもそれゆえだと」
はぁー……。
つまり動機は青田買いか。
元から好意があって、神様のお墨付きまであるとなれば、そりゃやる気にもなるわな。
真相がわかったのはいいけど、代わりに頭が痛くなった。
暗殺だハニートラップだと疑った俺が馬鹿みたいじゃないか。
ヤレヤレ的な俺の態度が気に障ったのか、キャルリアが少しムッとした表情で答える。
「概ねそうだけど……理由は他にもあるよ?」
「へぇ、それはどんな?」
「さっきも言ったけどね、イオ君はあたしの王子様だから!」
ぐっと身を乗り出し、やや興奮した面持ちで力説される。
好意というか本気度は伝わってくるが、意図がちょっと解らない。
俺が理想の相手だから関係を迫ったって動機と何が違うの?
俺が納得してないと見てか、キャルリアが説明を続ける。
「あたしね、傭兵になってからずっと捜してたの。……傭兵王、ルディアークを超える英雄を」
これ以上ないほど真剣な表情のキャルリア。
その口から飛び出たのは、世界的に有名な大物の名前だった。
「……まさか、それが僕だと?」
「うん。イオ君なら必ずあの傭兵王より強くて偉大な英雄になれると思ったから。あたしはそんな英雄に仕えて、この身の全てを捧げるのが夢なの。だからイオ君があたしの王子様なんだー」
「そ、それは……期待は嬉しく思いますが……」
王子様呼ばわりに納得はいったが、過剰な期待にプレッシャーで気が重くなる。
傭兵王ルディアーク。
それは中原に住まう者の大半が一度は耳にするであろう英雄の名だ。
今もなお生きる彼の来歴は、まさに現代の英雄物語と言える。
若くして傭兵として名を上げ、果てには国の内乱の中で立身出世し、遂には一国の王となった。
しかもそれだけでは終わらず、瞬く間に乱れた国内を掌握した彼は自ら陣頭に立って外征し、近隣諸国を次々に併呑。即位してから僅か十年ほどで中原に大帝国を築き上げた。
今では列強国の帝王というイメージが強いが、戦士としても世界最強ではとの呼び声が高い、立志伝中の大英雄。それが傭兵王ルディアークという人物だ。
そんな雲の上の存在を俺が超えるって?
そりゃ、いつかはそういった英雄になりたいと思うし、スペック的にも不可能じゃないとは思うが……
「イオ君ってさ。戦冥神様の加護、受けてるよね?」
「え? ……まあ、はい。それも神様から聞いたんですか?」
「うん。ただ、加護の内容までは教えてくれなかったけどねー」
アプロデウスにテイナヴァめ、そんな事まで漏らしてたのか。
神様のクセになんて口の軽い奴らだ。いつか泣かす。
「それでね。傭兵王ルディアーク、あの人もそうなんだ。イオ君と同じで、戦冥神様の使徒。もっともあの人の場合は加護じゃなくて、祝福らしいんだけど」
「なんと……」
らしいというか、さもありなんと言うべきか。
まさしく英雄になるべくして生まれてきたような存在なのだな、かの傭兵王は。
それをあの人呼ばわりしたり、重要機密級の情報を知っているキャルリアは何者なのやら。
ともあれ疑問はさておき、彼女の言いたい事は理解した。
「つまり僕が傭兵王を超える英雄になるという見立ての根拠はそれですか」
「そーゆー事。それに戦冥神様以外の大神からも祝福や加護を受けてるんでしょ? そんなイオ君ならいつか絶対あの人をブッ倒せると思うの!」
「えぇ……」
過激な発言と共に、キャルリアがずずいっと迫るように顔を近づけてくる。
その勢いに押され、俺は体を仰け反らせた。
てかいつの間にか傭兵王を〝超える〟から〝倒す〟になってるんだけど……彼に私怨でもあるのか?
俺はキャルリアの両肩を掴み、元の位置まで押し戻した。
「ま、まぁ落ち着いてください。話はわかりましたから」
「そう? なら良いんだけど」
「僕をそれだけ見込んでくれた事は純粋に嬉しく思いますよ。それで、おねーさんは僕に仕えたいと思ってる、そう考えてよいのですか?」
「うん、そうなるかなー。ホントは妻にして欲しいけど、イオ君は貴族の跡取りだし、無理は言わないよ。ただ、いずれは側室にして欲しいなぁ。イオ君みたいな可愛い子供が産みたいし!」
うわ、やぶ蛇。
目をキラキラさせて将来の展望を語るキャルリアに俺はちょっと引いた。
肉食系とかじゃなくて、コイツには女性の慎ましさというものが根本的に欠けているのだと理解した。
「ハハ……絶対にと約束はできませんが、善処しますよ」
「ホント!? やった! イオ君愛してるっ!」
「うぐっ」
感激したキャルリアに抱きつかれ、受け止めきれずベッドに倒れ込む。彼女の大きい胸に顔がプレスされ、息が詰まった。
柔らかく包み込んでくれる母さんの胸とは違い、キャルリアのは弾力があって揉みごたえが良さそうな感じだ。若いのにけしからんモノを持ってるな。
煩悩に流されないよう冷静に品評してると、徐々に呼吸が苦しくなってくる。
ハッ!? まさか俺を窒息させて暗殺するのが狙い!?
「ムムーッ!」
「ぁん……」
俺が腕と顔をばたつかせて抵抗を示すと、キャルリアは色っぽい吐息を漏らしつつ拘束を解いた。
ふぅ……やばかった。もし母さん並の包容力があったら落ちてたかもしれん。ブレーキ役がいないし。
俺は身を起こし、衣服の乱れを直してから話を再開する。
「ともかくです。僕に仕えたいと言うのなら、まだ幾つか聞いておきたい事があります。いいですか?」
「あ、うん。いいよー。何でも聞いて聞いて」
ベッド上でだらしなく仰向けになった状態で返答するキャルリア。
その様子に緊張感や遠慮など微塵もない。寛ぎすぎだろコイツ。
これから仕えようって主の前でその態度はいいのかと少し呆れた。
突っ込むのも面倒なので気にせず続ける。
「えー、じゃあまずは出遭い直後の態度について教えて下さい。妙に挑発的だったり、僕を試すみたいな思わせぶりな言動してましたよね。あれって何でです?」
敵対の意思がないなら、最初から友好的に出ていれば話はもっとスムーズに進んだはずだ。というか、一歩間違えれば攻撃してたぞ。
キャルリアはちょっとバツの悪そうな表情を浮かべ、口を開く。
「あー、それはね……その通り、イオ君を試したんだー」
「試したって……具体的には何を?」
「人間性を、だよ。もっと言えば我慢強さとか、寛容さ? あたし、こんな性格だから。すぐに怒ったり、カッとなるような気の短い人とは相性が悪いの。からかう分にはいいんだけどねー」
なるほどね……。
要は自分を受け入れるに足る度量の持ち主かの確認だったと。
脳天気な言動から頭の軽い女って印象を受けるけど、結構ちゃんと考えてるんだな。
てか祝福の効能的に俺より賢そうだ。狡兎だし……。
「いくらイオ君の容姿や能力を気に入ったって、性格が合わないとどーしよーもないからね。あたし、我慢するのとか苦手な方だし。だから、イオ君が優しい人でほんっっと、良かったよぉ」
安心した顔で言って、足をぱたぱた、耳をぴこぴこと動かす。
子供みたいな反応というか、年齢相応な振る舞いが微笑ましい。
「いやまあ、そこまで出来た人間ではないですよ、僕は」
実際、内心では結構ムカついてたりしたしね……。
「だとしても、あたし的には十分かな。聖者みたいに善良だったりしても、それはそれでちょっと困るしぃ」
どう困るのか聞いてみたかったが、ニヨニヨ笑っているキャルリアの顔を見て思い留まった。
絶対にろくでもない答えが返って来ると確信したからだ。
やぶ蛇は一度でいい。
「ソ、ソーデスカ。まあその件については納得しましたので次の質問です。おねーさんは、どうしてザッカークなんかに雇われてたんですか?」
ここが一番重要な所だ。
何も知らずただ金で雇われただけの関係ならいい。しかし雇い主が犯罪者と知ってて与したのなら、キャルリアも同罪だ。
その場合は、仕えてもらうという件を考え直す必要があるだろう。
弱みを握られてた等、相応の事情でもあれば別だが……。
訊ねられたキャルリアは目を瞑って「うーん……」と考え込む。
しばらくそうしてから、「まっ、いいか」と呟いて目を開けた。
「これ言わないとイオ君納得しなさそうだから話しちゃうね。あたし、実はヴァルトアイゼン帝国の人間なんだ。それも密偵とか間諜って呼ばれる類の、ね。蛇男に協力してたのは、そうしろって国に命令されたからだよ」
キャルリアの告白を聞いても、俺はさほど驚かなかった。
傭兵王の話を聞いた時点で、彼か帝国と何かしら関係があるのではと薄々予想してたからだ。
スパイという立場にはちょっと意表を突かれたが、彼女の能力適性を考えればなるほどと頷ける。
「……聞いておいて何ですが、そんな大事な秘密をばらしちゃっていいんですか?」
「へーきへーき。イオ君の事がなくても、あたしはいつか帝国を離れたと思うから……遅いか早いか、だよ」
少し陰のある笑みを浮かべてキャルリアは言った。
嘘ではないが完全に納得しているわけではない、そんな表情だ。
察するに八割本心、二割後悔ってところか。
何にせよ、ここまで話してくれた以上はキャルリアの事を信用しても良い、と思う。
深読みすれば、信用を得るために吐いたもっともらしい嘘、という可能性もなきにしもあらずだが。
彼女の言を証明する物的証拠などの根拠があればいいんだが……そんな物を持ち歩く間抜けな密偵はいないだろうしな。
「あ、これがその証拠ね」
徐に上半身を起こしたキャルリアが俺の方へ右手を差し出す。
まさか間抜けな密偵がここに、と思いきや、その手には何も握られていない。
俺は首を傾げた。
「……何もないよ?」
「見てて。〝血継の軛もて現れよ 柩貫く剣〟」
「おお!」
キャルリアが呪文のような言葉を唱えると、彼女の手の甲に黒い紋様が浮かび上がった。
サー○ァントを召喚できそうなそれは、模様というより簡易な絵のようだ。
彼女が手の向きを変えてくれた事で、その意匠が何なのか解った。
剣が突き刺さった柩。そんな風に見える。
そしてその柩部分には《十三》という数字が描かれていた。
「柩冥勅令使・第十三位。それがあたしの所属と席次。柩冥勅令使というのはルディアーク陛下直属の組織で、職務は所属員ごとで担当が異なるの。あたしの場合は諜報や潜入工作なんかが任務かな」
「ふむふむ」
つまりキャルリアはいわゆる秘密組織のエージェントか。
彼女が妙に異性慣れしているのも、その辺に理由がありそうだ。
役割上、男を篭絡する技術の一つや二つ、教え込まれていてもおかしくないしな。
「一桁番号の人員は表沙汰にされてるから、帝国の事情に詳しい人なら知ってると思う。一方で二桁番号の方は存在を秘匿されてて、知ってる人は極僅かなの」
「なるほど」
返事がかなり適当だが、話を蔑ろにしているわけではない。
むしろ逆で、俺は聞かされた内容をかなり深刻に受け止めていた。
これって相当ヤバイ案件じゃないか?
キャルリアがウチに就職した場合、遠からず彼女の裏切りが帝国にバレる。
そうなれば当然、機密を知ってる彼女を処分するために刺客が送られてくるだろう。放置なんてぬるい対応はしないはず。
つまるところ、俺というかエトランジェ家が自動的に帝国と敵対する事になる。
彼女の立場的に、帝国側も表沙汰にはしなさそうなのが救いと言えば救いだが……。
そう考えると、軽々しく彼女を受け入れると決めたのは早計だったかもしれない。
かといって、事情を聞いてヤバかったから前言撤回、なんてのはあまりにもカッコ悪すぎる。
うーん……悩むぞこれは。
有能な美少女を取るか、帝国と敵対するリスクを避けるか。
常識的に考えれば後者なんだが……そもそも俺一人で決めていい事じゃないし。
とはいえここまで誠意と好意を示してくれた女性を打算で切り捨てるというのはなあ。
……やっぱりダメだな、それは。俺の英雄道に反する。
よし、決めた。
キャルリアは受け入れる。帝国がなんぼのもんじゃい!
刺客ふぜい、全員俺が返り討ちにしてやる!
でも怖いからなるべく来ないでね!
俺はこほん、と軽く咳払いをしてから告げる。
「おねーさんの事情については理解しました。将来的に帝国との火種になりそうですが、それは何とかします。おねーさんが誠実に仕えてくれる限り、僕が貴女を守りますよ」
うわ、俺いま微妙にこっ恥ずかしい台詞を言った気がする。
言われたキャルリアは一瞬ポカンとし、それから顔を輝かせた。
「イオ君イオ君! やっぱり今からイイコトしよ? あたし、精一杯サービスしちゃうから! ね、ね?」
牝の顔をしたキャルリアが四つん這いになってにじり寄ってくる。
俺の言葉に感激したのか、発情モードを再発したらしい。
ダメだこいつ、早くなんとかしないと……
俺は顔の前で腕をクロスし、親指を立てて子供バリアを展開。無垢な心の壁で精神汚染を防ぐ。
「だが断る! サービスは十年後にぜひお願いします!」
「ぇー……ケチ! いけず! イオ君のヘタレ! 童貞!」
ひとしきり放言してから、キャルリアがしぶしぶ引き下がる。
俺は防御体勢を解き、一息ついた。
口撃で受けた精神ダメージは何気に大きい。やはりアダルトチルドレンの子供バリアでは完全には防げないようだ。
俺は気を取り直して話を続ける。
「さて、最後の質問です」
「つーん」
「し・つ・も・ん・です」
「はいはい何ですかー」
すっかりへそを曲げたキャルリアがやさぐれた風に応じる。
まったく扱いの難しい子ウサギちゃんだ。
「おねーさんの、名前は?」
そう訊ねると、キャルリアは目と口を丸くし、意表を突かれたような表情をした。
「……そういえば、まだ名前を名乗ってなかったんだね、あたし。名前も含めて、イオ君にはもう何でも話しちゃった気でいたよー」
「まあ僕も聞くのを後回しにしてましたからね。一応、リーンからの報告でおねーさんの名前は知ってたので、まあいいかなと」
「そっか。でもこれからお世話になるんだし、きちんと挨拶しておくね」
意外に良識的な事を言って、キャルリアはベッドを降りた。それから二歩三歩と歩いてくるりと振り向く。
彼女は俺と視線を合わせながら、スカートの端を摘んでカーテシーで一礼する。
「わたくしの名はキャルリア・サラギット=ロイゼル・ドライツ・ヴァルトアイゼンと申します。どうか親愛を篭めてキャルとお呼びくださいませ」
まるで別人のごとき気品と優雅さをもって、完璧な淑女の挨拶を行うキャルリア。
俺は最初、その変貌ぶりを見て呆気に取られた。
だが発言の内容を理解した時、全身から血の気が引いた。
ちょちょちょ、ちょっと待って。
今コイツ、自分の名前をなんて紹介した?
前半部分は以前聞いてた通りなのでいい。しかし後半が……
ロイゼルは貴族号のフォンと同じ、身分を示す前置詞だ。具体的に言うと、王族号。
聞いた話では、フォンを詐称する輩は意外に多いらしいが、ロイゼルの方はまずいないらしい。なぜなら、バレた際のリスクが段違いだからだ。
キャルリアことキャルがたまたまそんな詐欺師だったという可能性は皆無だろう。嘘を吐くならもっとマシな嘘がいくらでもある。
さらにドライツ。
これは〝十三〟を意味する言葉で、これ自体は普遍的な単語だ。ファーストネームがこれだという人もいるだろう。
しかし、姓の部分で使われる場合は、〝~番目の〟という意味になる。
つまり、〝ロイゼル・ドライツ〟というのは、序列十三番目の王族、あるいは王の十三番目の子、という事になる。
そして……最後のヴァルトアイゼン。これが最も衝撃的だ。
基本的にこのファミリーネームを名乗れる者は、世界広しと言えども一握りである。
すなわち……ヴァルトアイゼン帝国の、皇族。
(※本来帝国のトップは皇帝、一族は皇族の身分となる。しかしルディアークが《帝王》を名乗っているため、皇族なのか王族なのか解釈がややこしい)
という事は……だ。
キャルはまさかまさかの、
「帝国の……お姫様!?」
俺が驚愕に身を打ち震わせながら指差すと、キャルはその非礼を咎める事はせず、
「今より我が身はライオット様のもの。末永くご寵愛を頂ければ幸甚に存じますわ」
とてもイイ笑顔でにこり、とたおやかに微笑んだのだった。
お色気担当のギャル。じゃなかったキャル。
ギャル系ヒロインってエロ可愛くていいですよね。
なのに小説ではあんまりいない気がします。
アニメや漫画では結構見かけるのに。
若干消化不良ですがキャル襲来編やっと終わった……
事後処理的話はもうちょっとだけ続きます。




