第二十八話 えっちなのはいけないと思います
俺が肩の力を抜いたのを見て、観念したとでも思ったのか。キャルリアがニヤッと笑った。その顔に涙は流れていない。
……わかっていた事だが、やはり嘘泣きだったか。
「敵だと判ってて攻撃しないなんてぇ、バカじゃない? 女の涙に簡単に騙されすぎ。ま、狙い通りだからあたし的にはラッキーだったけどぉ」
「…………」
小馬鹿にするような口調で俺をあげつらうキャルリア。
態度に腹は立つが、言ってる事はもっともなのでぐうの音も出ない。
俺が黙っていると、キャルリアはベッドの端に片膝を乗せ、こちらへと身を屈めてくる。
純白のリボンでポニーテールに括られた長い髪が、首筋からさらりと零れ落ちた。
暗闇で見えにくいが、髪色はまさかのピンク。異世界のメラニンすげーなと妙な感心をしてしまった。
「そんな甘っちょろいイオ君にはおしおきでーすっ」
そう言うやいなや、キャルリアはさらに俺の方へ顔を寄せた。
十代後半くらいの強気そうな美少女の貌が間近に迫る。
って、ちょ、これってまさか。
キャルリアの意図に気付いた時にはすでに遅し。
両手で挟むように顔を掴まれ、
「むぐ!?」
俺のファーストキスが奪われてしまった。
更にそのまま覆い被さられてベッドに押し倒される。
その拍子にいったん唇が離れたが、またすぐに押し付けられる。
しかも今度はそれだけでなく、
「んんー!?」
にゅるっと何かが口内に侵入してくる。
信じられん、このアマ舌をねじ込んできやがった。
いたいけな幼子になんて真似を……このメンヘラビッチめ!
貴様の好きにはさせんぞ!
俺は全力で迎撃した。
こちらも舌を動かし、敵を口内から追い出そうと試みる。
そんな粘膜同士の一進一退の攻防は数十秒ほど続いた。
さすがに息が続かなくなり、キャルリアの体を掴んで押しのける。
「んっ……」
くぐもった声の吐息を漏らし、キャルリアの顔が離れてゆく。
彼女の瑞々しい唇と俺の唇との間で、唾液の糸が線を引いた。
その光景が妙に艶かしく感じられ、ぞくりと下半身に痺れが走る。
想定外の成り行きと行為の余韻とで俺が呆然としている間に、気が付けばキャルリアにマウントポジを取られていた。
俺を見下ろしながら、婀娜っぽく笑う。
「んふふ、これでもぉ逃げられないね」
そんな自らの言葉を証明するかのように、俺の上半身に細い指先を這わせる。
寝間着越しとはいえ何ともくすぐったい。
それはまるで、捕らえた獲物を愛でるかのような行為だった。
事ここに至ってようやく俺は理解した。
「夜這いに来た」というキャルリアの発言は本気だったのだ。
このままでは(性的に)喰われてしまう。
逆レ不可避、という言葉が頭に浮かんだ。
戦慄に打ち震える俺を見て、怯えてるとでも思ったのか。
キャルリアは愉悦の表情でこれみよがしに舌なめずりをする。
Sかコイツ。
「だぃじょーぶ、痛いコトなんてしないから。むしろ、とぉーっても、気持ち良くなれるんだよ……?」
徐にキャルリアは上半身を屈め、俺の耳元で小さく囁いた。脳髄がとろけそうなほど甘ったるく、情感に満ちた声だった。
その言葉に流されたくなる欲求に耐えながら、俺は彼女の体を押し戻す。
「興味はありますけど、今は遠慮しておきます。良く知らない相手の言う事は信じちゃダメって母さんに言われてるので」
俺はできるだけ穏便な言い回しと口実で断った。
必要以上にメンヘラを刺激すると、刺されそうで怖いし。
拒否られた事による苛立ちからか、キャルリアの顔が一瞬歪む。しかしすぐにまた上機嫌な表情に戻った。
取り繕うのが早いというか、裏がドロドロしてそうでこえー。
これ絶対愛憎激しいタイプだろ。
性格は軽いのに付き合ったら超重い女に豹変する、みたいな。
浮気なんかしたら即暗殺されそうだ。
「あたしの事なんてぇ、これから裸のお付き合いをするんだからすぐにわかるよ?」
「…………」
我ながら上手い言い逃れだと思っていたら、斜め上の回答が飛んできて絶句した。
下ネタ的発想というか発言が中年のエロオヤジみたいだ。
こいつマジで歪みねぇな。
俺が閉口していると、
「あたしはイオ君との体の相性が知りたいなー。ダメ?」
などと甘えるように言って俺の体をまさぐってくるし……。
肉食系すぎる。この淫乱ピンクめ。
兎の獣人だからって時所構わず発情してるんじゃない!
このままでは貞操を奪われるのも時間の問題だ。
童貞は捨てたいが初めては好きな人としたい。
というか七歳で淫行とか人としてダメだろ。
俺は断固とした対応をする事を決意した。
場合によっては実力行使も辞さない覚悟だ。
まずはこんな痴女紛いの行動を取る理由、目的をきっちり吐いてもらうぞ。
「僕にこんな事をして、おねーさんは一体何が目的なんです?」
やや強めの語調で話しかけると、キャルリアはビクリとして手を止めた。
一瞬動揺したようだが、すぐに挑発的な笑みを浮かべて取り繕う。
「固いなーイオ君はぁ。それくらいココも硬くなってくれたらいいのに」
相変わらず最低な事を言って、俺の腰と密着している臀部をぐりぐりと前後に動かす。
服越しなので気持ち良いとかはないが、視覚効果はすごい。
馬乗りになったグラマー美少女が濡れた目でこちらを見下ろしながら腰を揺する……これで欲情しない男はホモか不能だろう。
だがしかし、幼児の俺には効果が今ひとつ。
心は興奮しても、体が反応しないからだ。
セクハラなんかされても、はぐらかされたりしないんだからねっ!
「この期に及んでふざけないで下さい。僕は真面目に聞いています」
俺はキャルリアを強い視線でねめつけた。
俺の雰囲気が変わった事を感じたのか。彼女は腰の動きを止め、不満そうに頬を膨らませた。
「もー疑り深いなぁ。あたしだって本気なのに。……でも、仕方ないのかな。一度敵対しちゃったワケだしね」
諦めたように言って、キャルリアは俺の上から体をどけた。
そして俺に背を向け、ベッド端に腰掛ける。見れば長い耳の先がしょぼんと前に垂れていた。
……物分りが良いとは言えないが、引き際は弁えてるのか。
背中を見せたのは、敵意はないという意思表示だろう。
「まあ、そうですね。最初はてっきり、殺されたザッカークの仇討ちにでも来たのかと思いましたよ」
「えっ? ないない。あんなヤツにあたしが義理立てなんて、するわけないじゃん。ありえなーい」
驚いたように振り向いて、手をひらひらさせるキャルリア。
その反応と不本意そうな表情からして、嘘ではないのだろう。
まあ確かに、ギブアンドテイクな関係の傭兵が雇い主の復讐に走るというのは考えにくい。
雇い主に恩があるとか、男女の仲だったみたいな特段の事情があれば別だろうが。
「しかし、それならどうしてここへ? 自分の置かれた立場が解らない筈がないでしょうに、捕まるとか危険だとか思わなかったんですか?」
「それはもちろん、多少はね? でも、どうしてもイオ君に会いたかったんだもん。あたしの王子様はどんなヒトなんだろうって思うと、居ても立ってもいられなかったんだー」
「…………」
予想外に単純一途というか、乙女な動機だった。
それで取った行動がアレとは、残念すぎると言わざるを得ないが。
腑に落ちないのは、一面識もなかったはずの俺をどうしてそこまで見込んだのか、好意を持ったのかだ。
そこがはっきりしないうちは彼女の事を信用できない。
王子様とか言われても、気恥ずかしさより困惑が先立つ。
「……えーと、念のため確認しますが僕ら初対面ですよね」
「そうだよ?」
「という事は以前に接点はない。先ほどの話からすると、一目惚れというわけでもなさそうですし。であれば一体、僕に好意を向ける理由はどこにあるんです?」
「……そんな事気にしてたの? イオ君ったらマジメー、あはは」
キャルリアは一瞬きょとんとしてからそう言って、ケラケラと笑った。
それからベッドの上に足を乗せ、俺と向かい合わせに座った。もちろん靴は脱いでだ。
振り向いた体勢で会話するのに疲れたのだろう。
横座りしたキャルリアは、ブラウスとミニスカートという服装からかどこぞの女子学生みたいに見えた。年齢的にはJKか。
彼女は小さくため息をついてから、リラックスした様子で話し始める。
「んーとねぇ、あたしがイオ君に興味を持ったのは、蛇男が倒された時かなぁ。イオ君が放ったとんでもない一撃を見て、心がすっごく痺れちゃった」
なるほど、確かにあれは見る者全てを驚愕させるだけのインパクトがあっただろう。
「あたしってさ、こう見えても上級魔導士だから。観戦してて、イオ君が精霊使いだって事はすぐにわかった。属性が何なのか気付くまでは少し時間がかかったけどね」
上級魔導士、か。
その凄さは生憎わからないが、たぶん魔力の有無などから俺の攻撃が魔法じゃないと判断したのだろう。
精霊使いと結論したのは消去法かな?
近くにザッカークが居たし、推測は容易かったはず。
「まだ幼いのに凄いなーって思って見てたら、相打ちでイオ君死にかけちゃうし。結果的には無事だったけど、その時あたし思ったんだ。どんなに強い力を持ってても、まだ子供なんだって。この子のこと、守ってあげたいなーって」
薄く微笑みながら、じーっと俺の目を見つめてくるキャルリア。
その真っ直ぐな好意の視線に耐えかねた俺は、赤面しそうになるのを誤魔化すため顔を逸らす。
彼女がくすくすと小さく笑った。くそう。
ここまでのキャルリアの話を総合するに、要は吊橋効果と母性愛の同時発動コンボによる一目惚れってとこか。あと恐らくだが年下好きの気もありそうだ。
「……でもね、その時はまだ、無理してまでイオ君に会うつもりはなかったんだよ? きっと犯罪者として追われるって解ってたし。国外に逃げてほとぼりを冷まそうって思ってた」
まあそうだろうな。
一目惚れした程度の好意で、その後の人生を左右しかねないほどの決断や冒険ができる者はそういない。
キャルリアは思い込みが激しいタイプかもしれないが、傭兵である。リスクリターンを計算して動くなど当然であったろう。
それなのに今こうしてここにいるって事は……
「その考えを覆すほどの何かが起きたと?」
「うん。神様からね、お告げがあったんだ」
あっさりとした口調で放たれたその言葉に、俺は目が点になった。
「……何ですと?」
「あはは、やっぱびっくりしちゃうよねー。でも嘘じゃないよ。あたしを祝福してくれた神様が、時々夢の中で助言をくれるの」
祝福してくれた神様って事は、狡兎神テイナヴァが?
「へ、へぇ~……それは興味深いなぁ。一体、どんな事を言われたんです?」
「あ、信じてくれるんだ。嬉しいなー。えーっとね、確か『汝の想い人は大神の寵愛深き者ぴょん。だから今のうちに既成事実を作っておけば将来安泰。体は子供だけど心は大人だから誘惑すればイケるぴょん。聖賢神様イチオシの相手だからきっと幸せにしてくれるぴょん』って言ってた」
「…………」
アプロデウスゥゥーー!! 全ての元凶はお前か!!
転生の事実はともかく、精神が大人ってバレてるじゃねーか!
ヒトの個人情報を簡単に漏洩してくれやがって!
これは絶許ですわ。神様だろうと訴訟も辞さない。
テイナヴァもテイナヴァだ。
使徒の幸せを考えての事かもしれんが、方法が酷すぎる。
アプロデウスの眷属神っぽいし、絶対ろくでもない性格してるだろコイツ。
「あと、なんで今回は語尾にぴょんを付けてるんですかって聞いたら、『最近キャラ付けという概念を知ったぴょん』とかよく解んない事も言ってたかなー」
その情報はいらない。
キャルリア襲来編終わらず。まだ長くなりそうなので切りました。
キャラ確立のためとはいえ同じ新ヒロインたる織羽との格差が……。
なお千鳥は織羽の部屋に滞在しててイオの部屋にはいません。




