第二十一話 乾坤一擲
今回は短めです。
手早く治癒薬を飲み干した後、海の方へと駆けてゆくリーン。
目算だがすでにザッカークとの距離は百メートルを切っている。
俺もうかうかしている場合ではない。
俺は目星をつけておいた倉庫らしき建物へと足早で向かう。
まずはこの建物の屋根の上にあがる必要がある。
問題は、梯子もなしにどうやってそこまで行くかだ。
無論、考えというか、手段はある。
雷精を活用した、とある技を使うのだ。
いまだ理論段階だが、実現は可能だろうと判断している。
レナの目があったため、今日まで試せなかったが。雷精の件がバレた以上、もう自重する必要はなくなった。
俺は全身の骨に雷精が行き渡るように展開させ、固定する。同時に体全体を覆うように雷精を配置。
それから足元の雷精に磁力を発生させ、徐々に強めていく。
ふわりと足の裏が地面を離れ、宙に浮いた。
「ふおぉ……っ!」
思わず感動の声が口から漏れた。
想定していた事とはいえ、実に素晴らしい。なんせ、自力で空を飛ぶ手段を手に入れられたのだから。
この飛翔技術の理屈はこうだ。
体内と体外の雷精を同じ磁極とし、出力した磁力を反発させる。
骨という実体に磁力を帯びた体内側はその反発力を受け止めるが、実体のない体外側は物理影響を受けないので体との相対位置を保つ。
結果、肉体にのみ磁力反発による力が加わる。そしてそのベクトルが上を向いていて、重力を上回れば宙に浮くという寸法だ。
磁力の出力部位や強弱などを操作すれば、自由自在に空を飛ぶことも可能だろう。
ある程度の慣れというか、習熟は必要だろうが。
ちなみにこの技術、応用すれば擬似身体強化もできる。
技名は……《翔加雷装》でいいか。
さらに磁力を強めると、完全に重力を振り切り、スーッと体が上昇してゆく。
だが同時に体勢のバランスが崩れ、ひっくり返りそうになる。
慌てて全身の各所で磁力を発生させ、何とか立て直した。
その後は問題なく必要な高さまで到達したので、倉庫の屋根の上に飛び移る。
所定の位置に就いた俺は、準備の進捗を確かめるため眼下を見る。
するとレナや兵たちが動きを止め、唖然とした表情で俺を注視していた。
気持ちはわかる。種も仕掛けも脈絡もなく人が宙に浮いたら誰だって驚くだろう。
何となくレナに手を振ると、彼女はハッとして兵たちの統率を再開した。
俺の出した指示は完遂されつつあるようで、倉庫の傍に槍と長剣が積み重なっている。
よし、こっちの用意はもうすぐ整うな。
リーンの方は……
視線を正面下方に向ける。
リーンの姿はすぐに見つかった。
埠頭の岸壁から五十メートルほど離れた海上でザッカークを足止めしている。
その戦いぶりは、見ていて危なげはない。
海上を縦横に駆け回りながら、上手く牽制している。
海蛇はそれなりの頻度で水流ビームを撃っているが、今のところ当たりそうな気配はない。
回避機動に徹しているおかげだろうが、あの動きは体力の消耗が激しそうだ。長くは保たないだろう。
リーンの消極的な戦い方を見れば、ザッカークとてこちらの狙いには気付いているはず。
その証拠に、リーンの相手をしつつも、埠頭にじりじりと近づいてきている。
一気に来ないのは、それだけリーンを警戒しているのか、あるいはこちらを舐めているからか。
いずれにせよ好都合。おかげで時が稼げる。
「イオ、こっちは終わったわ!」
「わかった! レナは兵を連れて建物から離れて!」
レナから報告を受け、その時が来た事を知る。
レナと兵たちが十分に離れたのを確認し、俺は行動に移った。
まず、雷精を飛ばして兵から集めた槍と長剣に宿らせる。
次に磁力を使って宙に持ち上げ、目の前に集結させてゆく。
そうして作り上げたのは、巨大な円錐形の塊。
磁力で束ねた数本の槍を弾芯とし、周囲を長剣でコーティングした俺特製のフルメタルジャケット弾だ。
長さ二メートルを超すこの物騒な弾丸の切っ先は、当然ザッカークへと向けられている。
遠くからでもひと目でわかる異常物の出現に、ザッカークは警戒と焦りを抱いたようだ。ぐんと移動速度を上げ、海蛇の頭部をこちらへと伸ばしてくる。
少しでも距離を縮めて、俺を水流ビームの射程に収めるつもりだろう。
だがもう遅い。
俺の攻撃準備は完了した。
「リーン!」
大声で呼びかけると、打ち合わせ通り、リーンがザッカークから急速に離れてゆく。
よし、あとは派手にぶっ放すのみ!
「黄昏の水平線に勝利を刻め、我が軍勢!」
俺の命に従い、精霊核に残る雷精が総出撃して前方に長大な砲身を形成する。
その膨大な数の雷精に驚愕したのだろう。遠目にザッカークが瞠目したのが見えた。
俺は上半身を捻るようにして右腕を引き絞り、固く手を握る。
そしてその拳を全力で弾丸の底に叩きつけた。
「マテリアトールガン!!」
迸る雷光、空気を切り裂く衝撃波。
放たれた超音速の魔弾が海蛇の鎌首を粉砕し、海面に着弾した。
凄まじい轟音と共に巨大な水柱が発生する。
――外した!?
海蛇の頭に当たって僅かに弾道が逸れたようだ。
だが、問題はない。
俺は数十メートルもの高さまで吹き上がった水柱を見上げた。
視線の先にあったのは、宙を舞うザッカークの上半身。腹部より下が失われ、腸らしき物がはみ出ている。
着弾は足元の海面だったが、掠ったか余波で下半身が吹っ飛んだのだろう。
あの状態なら即死か、まだ生きてたとしても直に絶命する。
決着の確信を得て、自然と表情がほころぶ。
乾坤一擲の賭けだったが、俺の勝ちだ!
胸中で快哉をあげつつ、墜落するザッカークを目で追っていると。
死に体であるはずの奴の顔がぐるりと動いてこちらに向く。
奴の目はいまだ光を失っておらず、正確に俺の姿を捉えていた。
俺を見て、ニンマリと蛇のような笑みを浮かべるザッカーク。
ゾクリと背筋が冷え、肌が粟立った。
奴は四肢を失って瀕死。水精の力があれども肉体の欠損までは治せまい。その状態であの高さから墜落すればまず即死する。
もし生き延びても、リーンが確実に止めを刺すだろう。
つまり状況は完全に詰んでいる。
なのに……なぜ笑う? 起死回生の手でもあるのか?
そう疑問を抱いた次の瞬間。
ぶしゅ、と何かが潰れるような音がした。
「――は?」
がくん、と体が沈む。
それから一拍遅れて体に鈍い衝撃が走った。
同時に太腿のあたりに灼熱のような痛みが生じ、
「うぐぁぁあああっ!!」
わけも分からず悲鳴をあげた。
前のめりに上体が傾ぐ。
そして見えた。知ってしまった。自分の両足が付け根から消失している事を。
なぜ、と考える暇はなく。
屋根の端にいた事が災いし、俺は高所から落下した。
とっさに両腕で頭部を庇い、激痛を堪えて雷精に思念を送る。
それで何とか激突寸前に落下の勢いを磁力で緩和。腕を犠牲にして着地し、わずかにバウンドして仰向けに倒れた。
背中を打った衝撃で息が詰まり、下半身の激痛も相まって急速に気が遠くなる。
また死にオチかよ……ふざけんな異世界……
「いやぁあああぁぁぁぁぁっっ!! イオぉぉぉぉぉっっ!!」
レナの悲痛な金切り声を耳に残し、意識のブレーカーがぶつんと落ちた。
ザッカークは テト○カーンをとなえた!(嘘)
ラストの展開がちょっと解りにくいかもしれないので補足。
両足消滅⇒だるま落とし的に足付け根の切断傷が屋根に接触⇒悶絶⇒下半身の状況に気付く⇒墜落
磁力理論において、厳密に語ると静電気力のクーロンの法則と磁気力のクーロンの法則の二種類があり色々面倒なので、かなりてきと……単純化して記述しています。
また、割と脈絡なくレールガン的攻撃をぶっぱしてますが。
これは精霊というか雷精に対して主人公の理解が進んだため、容易に実現可能になった、という設定です。
態々レールガンのメカニズムを忠実に再現せずとも、雷精を使えば磁力の方向とか磁力線レールの展開とか色々自由自在だと気付いたんですね(主人公が)。それで実行難易度がベリーイージーまで下がりました。
骨に固定とか剣に宿らせるとかいうのもそうですが、そうした精霊のフレキシブルな特性についてはファンタジー特有のご都合案件です。
どうかご了承くださいませ。




