第十九話 水の精霊使い
港湾区に到着して、リーンの姿はすぐに見つかった。
なぜなら、見晴らしの良い海の上で派手に動き回っていたからだ。
何をしているかと言えば、一対一で誰かと戦っている。
「ねえレナ。あの二人、どう見ても海面上で立ったり跳ねたりしてるよね……?」
港湾区に並ぶ倉庫群の陰に身を潜めつつ、隣にいるレナに話しかける。
「……ええ。水面上で動けているあれは《魔戦技》によるものよ。それと、リーンはやっぱり、加護を発動させてるわね」
《魔戦技》って、ナニソレ使ってみたい。
詳しい説明を聞いてみたいが、後にすべきだろう。
「予想はしてたけど、だいぶ危ういわ」
「……だね」
素人目でも形勢の有利不利がわかる。
今のところリーンは五体無事だが、出血が多いようで動く度に赤い飛沫を撒き散らしている。
彼女は海面上を高速で移動し、機動力で攪乱しつつ接近して攻撃、そして離脱。要はヒットアンドアウェイで戦っているが、肝心の攻撃がことごとく相手に防がれている。
一方、敵の攻撃もリーンにはほとんど当たっていない。
しかし、たまに体を掠めてはいるようで、いわゆるスリップダメージで傷が増えているようだ。
今の戦局がこのまま続けば、いずれリーンが先に力尽きて倒れるか、致命傷を受けて終わると容易に予測できた。
というかあの敵、ちょっとおかしいだろ。
「見た目が脳筋マッチョなのに魔法職とか……!」
しかも髪型がモヒカンで上半身裸だし、ああもうどこから突っ込めばいいのか……!
「ぷろれすら……?」
「いや、そこは気にしないで」
俺の独り言を拾ったようで、レナが小首を傾げた。
エルフは聴覚も優れている。
「あ、うん。ええっと、イオは勘違いしてると思うから言っておくけど。リーンと戦っているあの大男、魔導士じゃないわよ。イオと同じ、人間の精霊使い。契約しているのは水精ね」
「ふーん……って、えぇ!?」
レナの指摘に驚愕した俺は、大男とレナの顔を往復するように二度見する。
あ、あれが精霊使い……だ……と……
俺が抱いていた、エルフの優男とか美少女的なパブリックイメージが粉々に砕け散った。
あれじゃむしろ、精霊使いの風評被害が待ったなしである。
「私が精霊を感じ取れるから、というのはあるけれど。あの大男、魔法名を口にしてないでしょう? それに、不自然な魔力の流れもない。そもそも、魔導士なら剣士と近接の一対一で戦ったりはしないわ」
大男の声が聞こえる距離じゃないし、魔力の流れとやらもよく解りません! というツッコミはさておき。
大男の戦いぶりを見てると、魔導士としては確かに違和感がある。
攻撃ではリーンの足元に凹みを作ったり、海面から水の槍をいくつも飛ばし。
防御ではぶ厚い水の壁を出現させ、リーンの斬撃や進路を阻んでいる。
搦め手や小技ばかりに見えるが、あれだけ縦横無尽に使いまくっているのはさすがに度が過ぎている。
まあ実力のある魔導士ならこの程度の事はできるかもしれないが。
「それに、あの大男の顔、どこかで……あっ!?」
訝しむように目を細めていたレナが、とつぜん吃驚声をあげた。
「急にどうしたの?」
「まさかあれは……海蛇ザッカーク!!」
そう言うやいなや、レナは険しい目つきで大男の方を睨んだ。
何やらあまりよろしくない因縁がありそうだ。
「あいつは……あの男は……かつて卑劣な策を用いてライオネルを海に葬った張本人。つまり……貴方の父の仇よ、イオ」
「……え?」
ちょ、えぇ? 父さんの仇? あれが? マジで?
あのヒャッハーしてそうなモヒカンマッチョが?
「事実よ。あの男の事は、貴方がもう少し大きくなったらいずれ話そうと思っていたけど……目の前に現れてはね。リーンが狂化した理由もこれでわかったわ」
「…………」
ここに来て、まさかの仇討ちイベント発生か。
「ザッカーク……忌まわしい男。やはり、生きていたのね。またイオに手を出すようなら、毒殺してやるわ……」
表情を消し、小声でぶつぶつと独白するレナ。
なんか怖いっす。
リーンがザッカークとやらを恨んでそうなのは想像するに易いが、レナも思うところが色々あるようだ。
ここで会ったが百年目、という感じだ。
しかし、俺はまだ、奴が父の仇だという実感に乏しい。
情報だけでいきなり恨めるほど、思い込みが強い方ではないし。
ただ、義憤めいた感情は少しずつ強くなってきている。
俺の事はともかく。
奴を倒せば母さんを含めた女性陣は喜んでくれるだろう。
「レナ、どうする? リーンはまだなんとか保ってるけど、早めに介入した方が……」
戦闘に関して俺はまだまだ素人だ。
他者に投げるのは情けないと思うが、俺よりレナの方が適切な判断を下してくれるだろう。
「……そうね。早く何とかすべきなのはその通りなんだけど……方法がね。離れすぎてて矢は届かないし。今のリーンには話が通じないから、こっちへ近づくように指示してもたぶん無意味だわ」
リーンたちの戦場とこの場所では三百メートルは離れている。
隠れるのをやめて、岸壁まで近づいてもまだ二百メートル以上あるだろう。
となると、採れる方法はリーンのように魔戦技? で海面上を移動するか、船を出すくらいしかないわけだが。
前者は使える者が果たしているのかという話だし、後者だとすぐに沈められて犠牲者が無駄に増えるだけ、となりそうだ。
つまり、普通なら打つ手なし。となるのだが。
「僕の雷撃なら届くよ?」
そう提案すると、レナは少し考えてから、仕方ないという顔で頷いた。
「……他に手段はなさそうね。ここから届くなら、一方的に攻撃できるでしょうし。ただ、リーンにだけは当てないよう注意してね」
「うん、わかった。大丈夫、任せて」
胸を叩いて請け負うと、レナはくすっと微笑った。
「あ、ちょっと待って。えっとね、外に出す雷精の数は二万程度までに抑えて欲しいのだけれど、いい?」
俺がいざ出陣、とばかりに一歩踏み出したところで、レナが妙な事を言い出した。
「それは構わないけど、理由は?」
「敵を逃がさないためね。あくまで私の見立てだけど、ザッカークの契約精霊数は多くても三万くらいだと思うの。そんな相手に十万も二十万も精霊を出したら、不利を悟って逃げてしまう可能性があるわ。まして今はリーンの相手もしているし。それにザッカークは水精使いだから、海の中に潜られたら手出しできないし……」
確かに、レナの言うとおりだ。
使役する精霊の数が多ければ多いほど、精霊使いはより大規模な自然現象を引き起こせる。
倍くらいならともかく、五倍も十倍も差があったら誰だって戦おうとは思わない。俺だって逃げる。
それはそうと、契約精霊数が三万程度ということは、ザッカークって精霊使いとしてはあんまり強くない?
それとも俺が特別なのか?
レナの反応からすると後者っぽいが。
「でも、それで危なくなったり、勝てそうになかったら、全力を出すけどそれはいいよね?」
「もちろん、それで構わないわ」
「わかった。それじゃあ、行ってくるよ」
「がんばって、イオ。何かあったら、私もフォローするからね」
手に持つ短弓を軽く持ち上げて強調するレナ。
なおこの弓は応援に来た兵士に持ってきてもらった品である。
俺は倉庫の陰から出て、埠頭の半ばまで移動する。
周囲を見れば、埠頭とその周辺は比較的閑散としている。
リーンたちの戦闘の巻き添えを恐れて避難した人が多いのだろう。
岸壁まで寄って戦闘を見物している豪の者もそこそこいるが。
まずは深呼吸。
……よし、やるか。
精霊核から雷精を放出。そして上空に展開。
二万体という制限があるので、精霊陣は砲撃形態に特化させる。
雷精を出した途端、遠くに見えるザッカークの顔が凄い勢いでこちらに向いた。
やはり気付くのか。
これで不意打ちの目は消えた。
とはいえ、やる事に変わりはない。
まずは小手調べの雷撃。
などとカッコつけても、できる事は雷撃しかないのだが。
雷精が生み出す雷は目視での照準、自動追尾が可能だからリーンに誤爆する危険性はほぼない。
また、撃った後に射線に割り込まれる可能性もまずない。この距離なら攻撃即命中だからね。
強いて言えば、海水を伝って感電するかもしれない事か。
念のため、リーンがザッカークから離れたタイミングで撃とう。
――今!
俺の思念を受けて、雷精陣から雷撃が放たれる。
それは太陽の下でもなお眩しい閃光の矢となって、ザッカークを貫――けなかった。
「ちっ」
俺は小さく舌打ちした。
雷撃はザッカークが前方に生み出した水壁によって防がれてしまった。
水壁の形成は、雷撃を放つのとほぼ同時だった。
雷精の気配から攻撃が来ると予測したんだろうな。
まあ防がれる事態は想定内であるので落胆はしていない。残念ではあるけれど。
それに何より――直撃しなくても、ダメージは与えられた。
ザッカークが苦悶と驚愕の入り混じった表情でよろめく。
海水を介して感電したのだろう。
五メートルと離れてない場所に雷が落ちたようなものだからな。
海の上に足を着けている以上、こればかりは防げまい。
予想外の痛手を被り、俺の方へと注意が向いたザッカークの隙を突くようにしてリーンが襲いかかる。
二十メートル以上の距離を一瞬でゼロにし、奴の背後から斬りかかった。
これは殺った!
そう確信させられるタイミングの一撃。
リーンの長剣がザッカークの巨躯に届くかと思われたその瞬間。
――海が、爆発した。




