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第十八話 解き放たれし狂狼

注:リーン視点⇒イオ視点


 激痛と呼吸困難により、体の制御が効かず前のめりに倒れ込む。

 それでも何とか膝と手を着き、四つん這いの姿勢で倒れるのを防ぐ。

 胸からどくどくと血が流れ落ち、服を紅く染めてゆく。


 見なくてもわかる。これは致命傷一歩手前だ。

 油断していたつもりはなかったが、不覚を取ってしまった。

 おそらく魔法による、背後からの一撃。

 まったく魔力の流れを感じなかったのは不可解だが……


 とにかく、傷を塞がなければ。

 治癒薬(ポーション)を取り出そうと、腰のポーチに手を伸ばす。

 妨害を警戒してキャルリアを見るが、彼女は薄ら笑いを浮かべて動こうとしない。回復したければ好きにしろ、とでも言いたげだ。

 あからさまな余裕。いや、見下されているのか。

 屈辱だが、邪魔されないのはありがたいと思うしかない。


 上級の治癒薬を飲み、ようやく血が止まる。痛みはまだあるが、だいぶマシになった。肺に空いた穴も塞がり、呼吸が楽になった。

 内心でほっと一息ついたところで、


「胸に穴を空けられて動けるとは、なかなか丈夫じゃないか」


 背後から話しかけられた。

 明らかにキャルリアではない、男の低い声。

 台詞の内容からして、私の胸を穿ったのはこの男か。キャルリアと同様、この船の用心棒か何かだろう。

 こうして話しかけられるまで気配や殺気を感じなかった。

 私の胸に風穴を空けた一撃といい、気配の隠蔽といい、相当な手練であると推察できた。


 痛みをこらえて立ち上がり、振り返る。

 視線の先にいたのは、半裸の男だった。

 灰色のズボンのみを履き、筋骨隆々の上半身を晒した大男が船の縁の外に立っている。

 一瞬、浮いているのかと思ったが、足元をよく見ると水柱? のようなモノの上に乗っているようだ。


 その事に驚きつつ男の顔を見た瞬間、思考が沸騰した。


 浅黒の肌。蛇の目のような三白眼。鼻下と顎を覆う剛毛の髭。禿頭に卵鶏(コッコ)のトサカが生えたような髪型。

 見覚えがある。

 というか、出会ったら決して見逃さないよう、定期的に手配書の似顔絵を見て記憶に焼き付けた顔。

 まさか、こいつは。この男は。


「三級賞金首、《海蛇》ザッカーク!!」


 かつてライオット様(息子)を人質に取るという卑劣な策略でライオネル様を罠にかけ。

 そしてライオネル様と相打ちになり生死不明とされた我が怨敵。


「おお。さすがに我輩の事は覚えているか、《颶風》の腰巾着」

「当然だ! この四年間、貴様の名と顔を忘れた事など一度もない。もし生きているなら、この手で八つ裂きにしてやりたいとずっと願っていた!」


 濁流のごとく溢れ出す憎悪が体を灼き、苦痛を忘れさせてくれる。

 おかげで体を動せる。戦える。

 天が、いやライオット様が与えてくれた千載一遇の機会。この男はここで必ず仕留める。


「ジャカカカカ! ついさっき死にかけたばかりの癖によく吠えるじゃないか。だがまあ、それくらい活きの良い方がいたぶり甲斐、屈服させ甲斐があるというものじゃ。奴隷にして、我輩の牝犬として飼ってやろう」

「ゲスめ……! この身に換えても絶対に貴様は殺す!」

「カカカ、犬は飼い主に似る、じゃな。あの男(ライオネル)も同じような台詞を吐きおった。『俺の命と引き換えにしてでも貴様はこの場で討つ!』とな。もっとも、ご大層な事をほざいておいて結局死んだのはヤツだけじゃ。ザマぁないわ! ジャカカカカカカッ!」


 ライオネル様の死を侮辱する、怨敵の嘲笑を耳にして。


「貴様が……」


 ギリギリで保っていた私の理性が憎悪と殺意で塗り潰され。


「貴様がそれを言うか……ッ!」


 我が身に棲む獣の縛鎖が砕け散り。


「ザッカァァァァァクゥゥゥゥッ!!」


 視界が真っ赤に染まり、狂おしい暴虐の衝動が喉から溢れ出る。


「ウゥゥオオオオオォォォォォーーーーンッッッ!!」


 そうして、私の狂気(加護)が解き放たれた。





「!」


 ようやく現場に到着した兵士たちに指示を与えている最中。

 街中ではまず耳にする事のない、狼の咆哮のようなものが遠くから聞こえた。

 違和感を抱くと同時に、その声が誰のものか直感的に判ってしまった。


 俺は兵士たちとの会話をいったん中断し、隣に立つレナへと話しかける。


「レナ、今の吠え声は……」

「……ええ、おそらくリーンのものね」


 やはりレナもそう思ったか……。


「リーンの身に何かあったと思う?」

「……それは」


 俺の顔を一瞥して、口ごもるレナ。


「……レナ? もしかして、心当たりが?」


 重ねて問うと、レナは思い悩む様子で数秒ほど逡巡し、


「……あると言えば、あるわ」


 と回答した。


 レナにしては珍しい、奥歯に物の挟まったような言い方である。

 彼女がこういう態度を取る理由はそう多くはない。


「……僕には言えない事?」

「イオ、ちょっとこっちへ来て」


 レナが俺の手を取り、兵士を交えた輪の中から連れ出す。

 余人に聞かせたくない話をするためだろうと察しがついた。


 ある程度距離を取ったところで足を止め、レナが話を切り出す。


「あのね、あまり時間がないかもしれないから簡単に説明するわ。さっきの声はたぶん、リーンが加護を使ったからだと思うの」

「加護?」


 加護ってアレですよね。よくあるパターンだと神様とかからもらうチート能力みたいな。


「あ、加護というのはね……神々が気に入った人物に与える特殊な能力の事よ」


 まんまだった。


「なるほど……って、そういえば今日傭兵ギルドで聞いた《祝福》と同じようなものに思えるんだけど、どう違うの?」

「本質的には同じものよ。人の行動や功績が神々に評価され、贈られるのが加護。評価の基準は神々によって異なるけど、偉業を為した者には与えられやすいと聞いているわ」

「ええっと、つまり、生まれたときに神様に与えられたのが祝福で、人生の途中で神様に気に入られて与えられるのが加護、という事かな」


 要するに先天的か後天的かの違いでしかないと。


「その通りよ。それで、リーンの加護の事なんだけれど……彼女のそれはとても危険な能力なの」

「……具体的には?」


 訊ねると、レナは身を屈め、俺の耳に顔を近づけた。そして声を潜めて言う。


「他言無用でお願いね。リーンの加護は《解き放たれし狂狼(ウルフヘズナル)》と呼ばれるもので、その効果は強化と狂化。理性を失う代わりに身体能力を大幅に向上させる事ができるのよ」

「ちょ、それって……」


 やっちゃえバーサー○ー! 的な能力じゃないですか!

 確かにこれは他聞をはばかる。


「ええ、諸刃の剣と言っていい能力ね。だから、リーンがこの加護を使う事は滅多にないの。でも、それを使うという事は」

「使わざるを得ない事態、すなわち窮地(ピンチ)に陥った……」

「と、推測できてしまうわ」


 レナはコクリと小さく頷いて、深刻そうに言った。

 それを聞いて、俺の心にヒヤリとした不安が湧き出す。


「それなら、早く助けに行かないと!」


 数十人の専業兵士を単独で制圧できるほどの力量をもつリーン。彼女ならたとえ一人でも問題ないと思って敵本拠地に向かわせた。

 結果論だが、その判断はいささか軽率だったかもしれない。


 危険性を考慮しなかったわけではない。

 ただ、後続を待っていては連中を取り逃すかもしれなかった。

 それに、いち奴隷商人ふぜいがそこまで強力な戦力を有している筈がない、という認識もあった。

 こうなっては全て言い訳だが。


「そう言うと思ってたから、あまり話したくなかったのだけど……。まずは落ち着いて、イオ」


 レナは俺の両肩に手を乗せ、視線を合わせて諭すように言った。

 彼女としてはリーンの状況も気になるが、それ以上に俺を危険な場所へ行かせたくない気持ちが強いのだろう。


「うん、わかった。わかったけど……リーンをこのままにはしておけないよ」

「ええ。すぐに対処すべきだと私も思うのだけれど……兵を少数送る程度では、逆に足手纏いになるかもしれないわ」


 それはわかる。

 もし本当にリーンが狂化して暴れ(バーサークし)てたら、下手な助勢は逆効果だろう。

 ゆえに理想は支援役か遠距離から精密援護できるアタッカー。

 ……って、レナならどっちもできるじゃん。


「それなら、レナが行くわけには?」

「やっぱり、それしかないわよね……でも、そうなるとイオの護りが……」


 苦渋の表情を浮かべるレナ。

 うーむ、レナの判断基準はどこまでいっても俺中心か。

 その気持ちは嬉しいが、さすがに今はリーンの方を優先してもらいたい。

 というか、


「僕も一緒に行けば万事解決じゃない?」

「それはダメ」


 提案は瞬時に却下された。

 まあ反対されるのは予想してた。

 だがこの件に関して退く気はない。


「でも、リーンが苦戦してるかもしれない強敵相手か、状況だよね。僕なら雷撃で遠くから援護できる。自衛もできる。だから僕も行った方がいい。いや、行くべきなんだ! 僕もリーンを助けたい」

「……すごく危険なのよ? おそらくイオが考えてるよりずっと」

「覚悟してる」


 レナが俺の目を覗き込むようにじっと見つめてくる。

 威圧感すら感じる、とても強い視線。

 気の弱い者か、普通の子供なら耐え切れず目を逸らしてしまうほどに。

 だが、俺はこの程度で動じたりはしない。


 見つめ合うことしばし、根負けしたのはレナだった。

 彼女は両目を瞑り、小さく嘆息する。


「……そう。それじゃあイオ。ひとつだけ聞かせて」

「なに?」

「イオが従えてる雷精の数はいくつ?」

「え? ……えー、と、二十八万強、かな」

「!」


 脈絡のない質問に戸惑いつつも答えると、レナは大きく目を瞠った。

 そして身を引くように半歩後ずさる。

 ……あれ、また怯えられてる?


「そっ、そう。それなら、問題ないわね。ええ問題ないわ」


 動揺してるのか、レナの声がやや上擦っている。

 その反応から推察するに、二十八万というのはもしかしてやばい数なのだろうか。


 ……って、そんな詮索は後でいい。

 レナの許可は出たんだから、急いで助っ人に行く準備をしよう。


 その後、兵たちへの指示を手早く済ませ。

 俺とレナは約四十名ほどの兵を引き連れ、駆け足で港湾区へと向かった。


読んでいただきありがとうございます。

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