第十七話 狡兎と走狗
注:リーン視点
港湾区に到着してすぐ、目的の商船は見つかった。
周囲に比してひときわ大きい帆船で、目立っていたからだ。
聞いていた船の外見と相違ない事がひと目で判った。
幸いな事にまだ出航していない。だが、桟橋や甲板の上で人々が慌しくしているところを見ると、出航は間近なようだ。
こちらも急がなくては。
樽や木箱などの障害物と、作業中の水夫や奴隷たちでごった返す桟橋をすり抜け、タラップを渡って船上に乗り込む。
そこまで侵入を許してようやく、船の住人たちは異分子の存在を認識したようだ。
即座に誰何の声をあげようとする者はいないが、微妙に敵意を含んだ視線がこちらに集中する。
私は大きく息を吸い、腹の底から声を出して吼える。
「我が名はリーン・グッドヘル! イシュタリア王国の騎士にしてこの地の司法を預かる者である! 此処には犯罪者捕縛のため参上した! 奴隷商人イブラノン・エラヒムよ! 私欲のため無辜の民をかどわかし、あまつさえ貴人に害を為した罪は重いぞ! もはや天が貴様の悪事を見逃す事はないと知れ! 速やかに罪を認め、我が元へと出頭せよ!」
宣告を終えると、先ほどまでの喧騒が嘘のように場がシーンと静まり返った。
周囲を見渡せば、人々の顔に驚愕と困惑が張り付いている。
突如発生した異常事態に思考が追いつかず、狼狽してるのだろう。
無理もない。水夫や奴隷などの末端が事情に詳しいとも思えぬ。
逆に言えば、この場で他と違う反応をする者は――敵だ!
私は振り向きざまに抜剣し、背後から忍び寄ろうとした者に一撃を加える。
ガツッと硬質な手応えが手首に返ってくるが、力任せに振り抜いた。
「きゃっ!?」
殺伐とした場にそぐわぬ、少女のような悲鳴があがった。
背後からの襲撃者と思しき人物が大きく吹き飛ぶ。
しかしその者は吹き飛びつつも宙返りして体勢を整え、5テリトほど離れたところに軽やかに着地する。なかなかの身のこなしだ。
その襲撃者は獣人種の少女だった。
頭頂部には兎耳が生えており、耳族である事がわかる。
見たところ、外見年齢は十代半ばくらい。顔立ちはかなり整っており、ややツリ目の眼差しから勝気そうな印象を受ける。
体格は小柄で細身だが、胸部だけが不自然に大きい。
少女の装備、いや服装は白と黒を基調としたブラウスとミニスカート、ローファーっぽい革靴に黒のマントという出で立ちだ。そして右手には質の良さそうな短剣を握っている。
武器さえ構えてなければ、良家のお嬢様に見えなくもない。
「んもぉ~~っ、この馬鹿力! 危うく海に落ちるところだったでしょ!」
少女が頬を膨らませて怒鳴った。
「そのまま落ちてくれていれば手間がかからず楽だったのだが。おまえにとってもずぶ濡れ程度で済むなら、私に斬られるよりましだろう?」
「うぐぐ、ちょっと強そうだからって偉そうに! 超ムカ!」
地団駄を踏み、軽薄な口調で毒づく耳族少女。年齢相応の振舞いに見えるが、少女の姿勢に隙はなく、僅かに殺気が滲み出ている。
擬態と見るべきだろう。
そう判断した直後、耳族少女が勢いよく左掌を前に突き出した。
「――なーんて、ねッ! ウインドキャリバー!!」
「風牙ッ!」
奇襲じみた魔法攻撃に対し、こちらは魔戦技で迎撃。風属性魔力を纏わせた剣でカマイタチの刃を斬り、魔力構成を乱して霧散させる。
予測していたので対処は容易かった。
「うっそ、この距離で反応する!?」
耳族少女が瞠目し、表情を一気に険しくする。こちらの力量を把握し、警戒を強めたようだ。
「魔法で攻撃してくるのは読めていた。無詠唱魔法、魔力隠蔽の精度は見事だが、最初の奇襲失敗時に魔法を使ったのは失敗だったな。体勢を整えた時の風の流れに微弱だが魔力を感じたぞ、魔女」
「えー。普通そんなトコに気付くぅ? てゆーかぁ、今の魔法剣技でしょ! 剣士ぽぃクセに魔法も使えるなんてずっこい! インチキ! 外見詐欺の謝罪を要求します!」
「……ふざけた奴め」
少しは真剣に振舞えないのか。まったくもって調子が狂う。
こういった輩と戦うのは幸いにして初めてではない。……が、正直に言えば苦手な相手だ。
「でもでもー、やっぱりあたしの方が強いしー、ちょっとくらいのインチキは許してあげるねっ☆ シルフィープ」
なっ、速い!?
風を身に纏い、高速で突っ込んで来る耳族少女。その想定外の速度に反応が一瞬遅れる。
「くっ!」
迎撃は間に合わないと判断し、横に跳躍して回避。半瞬前に私の首があった所を短剣による斬撃が一閃し、同時に耳族少女の体が通過してゆく。
……今のは、危なかった。
ヒヤリとして振り向くと、少女は私の後方にあった甲板室の壁に足を着けていた。
勢いのまま壁に激突、などという無様はさすがに晒さないか。
少女は壁を蹴って宙で身を翻し、甲板に着地。こちらに顔を向ける。
少女の目は鋭く細められており、表情はもはや笑っていない。
「へぇ……これも避けちゃうんだ。おねーさん、スゴヤバだねー。攻撃魔法の奇襲はともかく、強化魔法をかけた首狩りまで初見で避けちゃうなんて。心の広いあたしでも、これはちょおーっと、カチンときちゃったかな?」
「…………」
最初の不意討ち失敗で弱者と侮れば攻撃魔法にやられ。それを凌いでも魔法使いという印象が残り、直後の奇襲攻撃に意表を突かれる。
言葉にすると単純に思えるが、実際にやられると対処が難しい。言動外見攻撃、あらゆるギャップを利用した恐るべき戦術だ。
侮っていたつもりはなかったが……認めよう。この少女は、強い。
場合によっては加護の使用も視野に入れる。
「じゃあじゃあー、ここからはホンキのホンキって事でぇ……」
少女から発せられる魔力が強まり、その周囲で小さな旋風が巻き起こる。
彼我の中間でぶつかり合う視線と殺気。
「殺っちゃうね!」
言うと同時、少女は短剣を握ってない左手を斜め上に振るう。
モーションからして遠距離攻撃、
「っ!?」
ではない!
少女が放ったのは魔法でも武器でもなく、何かの粉末。それが突風に煽られ私へと降りかかった。
――目潰しかっ!
少女の目的を悟った私は瞼を閉じ、咄嗟に右へ飛ぶ。
そこで気付いた。
少女の殺気が消えている。物音どころか気配もない。
危機感に突き動かされ目を開けるも、視界に少女の姿はない。
索敵する猶予もなく、頭上に僅かな殺気が生まれる。
私は体勢が崩れるのも厭わず、前に倒れ込むようにして全力で頭を下げる。
フィン、と小さな風切り音を立てて頭の後ろを何かが通過した。
恐らくは空中から首筋を狙った一閃。
――ならば!
私は強引に上体を捻り、回転斬りのようにして右手の長剣を後方上空へと叩きつける。
ギィン、と鋼同士が打ち合う音が響く。
防がれたか。
そのまま力任せに振り抜くと、あらぬ方へ剣先が滑る。受け流されたようだ。
攻撃の余勢で仰向け状態になった私の視界に少女の姿が映る。
予測通り少女は空中におり、頭を下にした上下逆の姿勢で左掌をこちらに突き出していた。
魔法による追撃と判断、対抗するため私も左掌を突き出す。
「エアスライサー!」
「ウインドシェル!」
ほぼ同時、彼我一テリトあるかないかの間隙で互いの魔法が激突。
複数のカマイタチの刃弾が風の防御膜を削り、幾つかは突破して私の体に切り傷をつけた。
しかし、どれも軽傷。行動に支障をきたすダメージは受けてない。
少女の表情が一瞬、忌々しそうに歪んだのが見えた。
なんとか窮地を脱した私は、甲板を蹴ってバク転し身を起こす。
少女もまた空中で体勢を立て直し、着地と同時に振り向いて身構えた。
「むぅーこれも凌いじゃうきゃっ!?」
少女の口上を遮って斬りかかる。右上から左下への斬り下ろし。
少女は意表を突かれた様子ながらも反応し、右へステップして回避した。
だが初撃が躱されるのは想定内。私は剣を振り下ろしきる前に力技で逆袈裟斬りの連撃へ繋げる。
しかしそれさえも少女は防ぐ。
足元から伸びてくるような斬撃を短剣の根元で受け止めた。
見事――だが、甘い!
私は全身を巡る魔力を活性化させ、瞬間的に筋力を強化。全力で剣を振り抜いた。
私の膂力に抗し切れず、少女の右手から短剣が弾き飛ばされる。
わずかに肌も切り裂かれ、血がしぶいた。
顔をしかめる少女を視界に捉えながら、さらに追撃する。
剣を振るった勢いを利用して体を捻り、少女の腹部へ回し蹴りを叩き込む。
「ぐぶっ!?」
体重が軽いせいか少女は大きく吹き飛び、船の縁に激突。前のめりに崩れ落ちる。
ようやくのクリーンヒット。だが、これで倒せたとは思えない。
相手は魔導士、時間を与えれば魔法で体を癒すだろう。
止めの一撃を加えるため、少女に駆け寄ろうとしたところで頭上に魔力を感知。危険と判断し後ろに跳び退る。
その直後、私が立っていた場所に何本もの氷柱が降り注ぎ、甲板に突き刺さった。
見れば、少女が蹲りながらもこちらに左掌を突き出している。やはりまだ動けるようだ。
少女は右手で腹部を抑え、苦しそうに喘いでいる。
畳みかける好機とは思うが、なりふり構わず魔法を使われると少しまずいかもしれない。
窮余の一手で火魔法でも撃たれたら、最悪船が燃えて沈む。
逡巡していると、少女がふらつきながらも立ち上がった。
さすがに回復が早い。
顔に敵愾心を露にして戦闘態勢を取ろうとしている。
見込みは少ないが一応提案してみるか。
「降伏しろ。おまえでは私に勝てん」
見たところ、少女はおそらく傭兵。人攫いの犯罪にどこまで加担しているかにもよるが、命を捨ててまで雇い主に義理立てはすまい。
「……一撃入れたくらいでもう上から目線? チョーシに乗るの早すぎてマジウケるんですけどぉ」
「完全ではないが、おまえの戦法は見切った。おまえは魔導士だが、本質は暗殺者だろう。小細工の手妻は見事だが、晒せば晒すほど底が見える。実力も大体わかった。私より弱いとは言わないが、この狭い船の上では全力を出せまい」
「…………」
魔導士なら遠距離から大火力の魔法を撃って戦うのが常套。暗殺者なら身を隠す、闇に紛れる、奇襲するといった搦め手が必要だ。
近距離で正面から相対せざるを得ないこの状況では、そうした本来の戦い方をする事はできない。
だから初見殺しのトリッキーな手段でこちらを翻弄し、不利を埋めようとしたのだろう。
だがそれも、イニシアティブを奪ってしまえば使えなくなる。今さっき、先制しての連撃で一撃を与えたように。
「それでも戦うと言うなら次は斬り捨てる。――もう一度だけ言おう。降伏しろ」
危険人物は捕らえるより殺すべきかもしれんが……。
事件の重要参考人として生かしておく価値はあるだろう。
「……ふぅ。そういえば名乗ってなかったよね。あたしは新進気鋭の美少女傭兵、キャルリア・サラギット。キャルちゃんって呼んでいいよ? 二つ名は《首狩り兎》。今さらだけどよろしくね?」
小さくため息をつき、少女はいきなり自己紹介を始めた。
意図が読めない。犯罪者がわざわざ名を明かすメリットなどないはず。会話による時間稼ぎか?
「よく解らんが、それが投降の意思表示か?」
「もちろん違うよ? ただ、あたしの名前、知ってるかなーって気になっただけ」
少女ことキャルリアは肩をすくめて否定した。
まだ戦うつもりらしい。
しかし、それにしては気負いや緊張感がない。
「悪いが知らん。傭兵を引退して久しいからな」
「ま、そうだよねー。あたしが有名になったのってここ最近だしぃ、こんな遠国にまで知られてるはずないよねぇ」
「……言いたい事はそれだけか? 名声を自慢したいならあの世でするがいい」
これ以上話に付き合って時間を浪費するわけにはいかない。
私は戦闘を再開しようと、全身に力を篭めた。
「あはっ、残念だけど死ぬのはそっちだよ?」
そう言って、キャルリアが挑発的な笑みを浮かべた次の瞬間。
「がっ!?」
鋭い何かが私の右胸を貫いた。




