第一話 縁雷来たりて
こっそり新作投下
初日投稿は五話分、以後書き溜めが尽きるまで毎日更新予定。
ゴロロ……と、体の中にまで浸透してくるような重低音を耳にして、俺は夜空を見上げた。
どうやら遠雷が鳴ったようだ。
夕方には灰色模様だった空がしとしとと泣き出している。
まだ遠くとはいえ、雷が鳴るほどの天候だ。であれば、これから本降りになる可能性が高い。
そうなる前にさっさと帰宅しよう。
退社後、同僚と一杯やったために酔いで足取りが若干怪しい。
気を抜くとふらつこうとする足を叱咤しながら歩く。
何とか混雑している駅の構内を出たところで、再び雷鳴が響いた。
音の大きさからして、先ほどよりも近い。
「雷か……」
何気ない独り言が零れた。
トラウマというほどではないが、苦々しい記憶が脳裏に甦る。
約一年前、初夏の出来事だった。
台風が地元を直撃した折、自宅の近傍で落雷が発生した。
その際、雷サージと呼ばれる過電流によってパソコン本体が故障してしまったのだ。
部品別で見れば無事な物もあったが、最悪な事に一番取り返しのつかないハードディスクドライブがお亡くなりに。
おかげで大事にしていた色々なデータが全部パー。
この件でバックアップの重要性を痛感したが、もはや後の祭り。
俺は自身の迂闊さと不運を嘆いた。
雷を見るたび、そのときの感情や後悔を思い出してしまう。
そんな俺の名は《立花 道雪》。
とあるお菓子メーカーで事務員を務めている。
歳は二十九で、彼女いない歴イコール年齢。
もうそろそろ魔法が使えるようになるかもな、なんておバカな事を考え出すナイーブなお年頃だ。
とまあ、自虐ネタはともかく。
俺の名前、日本の戦国時代に詳しい人ならピンと来るだろう。
有名戦国武将の一人に《立花 道雪》という、(読みは違うが)俺と同じ名を持つ者がいた。
立花道雪は九州北部の大名、大友家に仕えた武将である。
智勇に優れ、主家に忠誠を尽くし、七十を超える老齢まで戦国の時代を戦い抜いたという名高い武人。
彼について伝わる逸話に「刀で雷を斬った」というものがある。
現代人の知識常識からすると眉唾もいいとこだが、要は「雷が斬れるくらい凄い武将だった」のだろう。
ちなみに俺が立花道雪と同名なのは偶然の一致ではなく、いちおう理由がある。
なんとうちの家系は立花道雪の子孫であり、系図を紐解けば筑後柳河藩主・立花家の分家に行き着く、らしい。
その真偽はさておき、両親いわく俺の名前は偉大なご先祖様からいただいたそうだ。
しかしながら、両親の軽い性格を考慮すると、「名前考えるのが面倒だったからネタで付けたのでは」という一抹の可能性を捨てきれない。
そのせいで俺は学生時代に《武将》というあだ名を付けられ、からかわれる原因になった。
俺はまだマシな方だろうが、親にDQネームを付けられた他人には同情と共感を禁じえない。
つらつらと考え事をしながら自宅に向けて歩いていると、徐々に近づいていた雷鳴がついに頭上で瞬いた。
数秒遅れで轟音が響き渡り、地上の生きとし生けるもの全てを圧倒する。
心胆を寒からしめる迫力だが、俺はむしろ気を昂ぶらせた。
PC破損の一件による怒りもあるが、元より雷を見ると興奮してしまう性質なのだ。
先ほどまでご先祖様の逸話を思い出していた事もあり、つい稚気に駆られてしまう。
俺は歩道橋の上に差し掛かった所で雨傘を閉じた。そして両腕で傘の柄を持ち、上段に振りかぶる。
俺がやろうとしてるのは、雨傘を刀に見立てての立花道雪の雷切伝説の真似事。
社会人にもなって小学生のような振る舞いをするのはどうか、などと普段であればためらう行為。
だがこの時は不思議とそういう羞恥心が働かなかった。
いい具合に酔っ払ってるなぁ、と頭の冷静な部分で考える。
また、都合良く雷が落ちてくるはずないとか、傘で雷斬れるわけないだろとか、細かい突っ込みを考えると萎えるので気にしない。
心境は明鏡止水。
学生時代、部活の剣道で培った諸手左上段の構えから、えいやっ、と傘を振り下ろした。
その、瞬間。
視界が白色光で埋め尽くされた。同時に体が砕けるかと思うほどの凄まじい激痛が全身を襲う。
(な……ぁ…………)
雷に撃たれたのだと気付く間もなく俺の心臓は鼓動を止め、意識のブレーカーがぶつん、と落ちた。