本当はね、全部聴こえてたよ
レイリーが走り続け息も絶え絶えになる頃、街は既に夕暮れに染まり、視界に入る家々の窓から光が漏れる。夜の準備に入る街は徐々に喧騒も薄れていき、川のせせらぎが安らぎの調べを奏でる。
しかし、レイリーに対しては不安を煽るだけだった。
もしかして身を投げてしまったのだろうか、水面に映る自分の姿を見ているうちに吸い込まれるように水流に呑まれ溺れて苦しんでは無いだろうか。
そんな事を考えていると遠くの橋にキラリと光るものを捉える。
走る速度を落として注視してみると橋の中腹で水面を見つめるセシリアが膝を抱えて座っていた。
刺激しないようにゆっくりと近寄るとセシリアの憂いを帯びた表情がひどく美しく見えた。
夕焼けに染まり色を変えた青髪がフワリと揺れて、長い睫毛から僅かに覗く瞳は光を反射して宝石の様に輝く。
そして最大の特徴は銀色に輝く鎧だろう。
腰に直剣を差し、左腕前腕に小型のラウンドシールドを付け、美しい模様の意匠を凝らした銀の軽鎧。頭には純白の羽が両耳の辺りにあしらわれた絢爛なサークレット。
まるで天使が羽を休めに下界に降りてきた様な儚さがあった。
このまま声をかけたら飛び去ってしまうのでは、と惚けた思考を頭を振り追い出したレイリーは、そっとセシリアの横に立つ。
「凄く似合ってるね、まるで天使かと思ったよ。」
「………」
最大級の褒め言葉を掛けつつ様子を伺う。セシリアからは返事がなく、まるで波一つ立たない水面の様な静けさだった。セシリアという水面を揺蕩う事も出来ないのかと少し情けなくなる。
「あのさ、元気出しなよ…ほら、僕だって最初は嫌だったけど今は結構気に入ってるよ!その鎧だってまるでセシリアの為に生まれて来たみたいに似合ってるよ。」
「………」
「…そ、それにほら!やっぱり見た目じゃなくて性能っていうかさ、俺のこれとかも女装みたいな感じだけど実は寒暖を凌げるハイスペックローブなんだよね!」
「………」
「その…あの……元気、出してよ。」
「………」
「俺は、いつも笑顔で元気で、でも本当は人一倍泣き虫なんだけど頑張り屋のセシリアが…その……好きだからさ。」
「………」
分かるか分からないかのギリギリの範囲で告白してみるものの、沈黙を返されるレイリー。少し恥ずかしくなってそっとセシリアの顔を覗いてみる。
「………スー………スー………」
「完全に寝てるゥッ!!」
大声でツッコミを入れるとハッと目を覚ますセシリア。周囲を見渡して陽が落ちかけているのを見て慌てて立ち上がるが、横にいるレイリーに気付き不思議そうに首を傾げる。
「どうしたの?」
「帰って来ないから心配して迎えに来たんだよ…」
「嘘!?ごめん!すぐ帰ろう!」
そう言って帰路の方向を振り返ると橋の影に隠れる人影が見えた。近付くとダイスとオルタスを始めとしたクランメンバーが隠れていた。
「…何やってんの?」
レイリーが聞くとビクッと肩を震わせてゆっくりと立ち上がるクランメンバー達。お互い顔を見合わせて微笑むと全力でその場から逃走した。
呆気に取られて見ていたレイリーは徐々に先程の告白未遂を聴かれたと顔を真っ赤にして頭を抱える。
(うおおおお!聴かれた!アレ絶対聴かれたよ!どこからだろう、天使みたいの下りからかな?うおおおおお!)
「どうしたの?ふふふ、すごい顔してる」
百面相になっていたレイリーの顔を覗き込むセシリア。思わず驚いて仰け反るレイリーを見て首を傾げる。
「大丈夫?顔真っ赤だよ?」
「ああー!これね!これは、あの…そう!夕陽!夕陽で赤く見えてるだけだよ!」
「えー?本当に?」
「ほほほ本当だよ!さぁ、い、家に帰ろうか!みみ皆心配してるだろうし!」
そう言って歩き出すレイリーの背中を見ながらそっと呟く。
「本当はね、全部聴こえてたよ…」
「え?何か言った?」
「…ううん!何でもない。」
そう言ってレイリーの横に小走りで追いつくセシリア。
真っ赤に染まったその顔は、夕陽のせいではなかった。
「それよりその服可愛いね!」
「う!…そっとしといてよ。」
▶︎▶︎
翌日父とオルタス、そして昨日恥ずかしい告白を未遂に終わらせたセシリアと一緒にクランに向かう。少しドキドキしていたが、セシリアの様子が普通だったので少し安心したレイリー。
(オルタスさん言ってなかったみたいだ…良かったぁ……)
いつもの様に楽しく談笑しながら歩く道中、少し疑問に思った事をセシリアに聞く。
「そういえば昨日何で一人で橋に居たの?」
「うーん、ちょっと昔を思い出してセンチな気分になっちゃう時があってね。」
そう言ってはにかむセシリアを見て少し胸が痛くなるレイリー。買い物をしてる内にホーネル先生の事を思い出したのかもしれないと思い、励まそうと明るい話題を振り続けた。
セシリアがレイリーの話で花が咲いた様な笑顔を向けているのを見ているダイスは、微笑ましい光景だとほほ笑み、オルタスは娘を取られるかもしれない怒りと、娘が可愛く笑っている喜びの狭間で震えていた。どちらも親バカだった。
ギルドに着くと昨日居たメンバーを含めパーティー編成を言い渡される。
ダイス班
・ダイス
・エリリア
・ビル
・ウィドラルク
オルタス班
・オルタス
・ダリル
・セシリア
・レイリー
本来パーティーは三人で構成する予定だったらしいのだが、今は居ない欠員二人のせいで四人で潜ることになった。回復要員としてウィドラルク、セシリアが二手に別れて、レイリーの魔術教官としてダリルがオルタス班に入る事になったらしいが、実際はエリリアにじゃんけんで勝っただけだった。
ダイスが動きや役割を入念に各自に確認したあと号令をかける。
「それじゃあ新生パラダイムシフトの初ダンジョンだ、気合い入れていこう!」
「「「「「「「おー!」」」」」」」
全員が声と拳を上げ、ダンジョンの攻略が始まった。
▶︎▶︎
ダンジョンに着くと守衛がギルドカードの提示を求めてきたので見せて、入場者名簿に氏名と入場時間の記入を求めてくる。入り口に置かれた大きな時計を見て各々名前を書き込んでいく。
因みにダンジョンとは街の中心にポッカリと空いた穴の事で、螺旋階段を降りていくと広い空洞に出て、中は洞窟になっていたり、草原になっていたり、火山になっていたりと不思議空間らしい。
「おおー、ダイスもとうとう息子とダンジョンに潜る日が来たのか。」
記入された名前を見て守衛が感嘆の声を漏らす。
「ええ、これが僕の自慢の息子です。」
紹介しながらレイリーの背中を押すダイスに従って前に出る。
「レイリー・メイルティーンです。父がいつもお世話になってます。」
そう言って一礼をするレイリーを見てうんうんと頷く守衛。
「こりゃあクランフェスに出れる日も近いかもな…お父さんと言うことよく聞いて、危ない罠には気をつけるんだぞ!」
そう言って頭を撫でてくる守衛に笑顔で「はい!」と返事を返すレイリー。「ではこれで。」とダイスとクランメンバーが歩き出したので、もう一度ぺこりと頭を下げてダイスを追いかける。
「父さん、クランフェスってなに?」
「ん?あぁ、ダンジョン探索において優秀な成績を収めたクランが出られる大会で、その大会で入賞すると賞金と豪華な景品が貰えるんだ。」
「へぇ、優勝したら何が貰えるの?」
「んー、去年は賞金に大金貨一万枚と凄い剣と槍が貰えたらしいよ。」
「へぇ!凄い!出たい!」
「ははは、まあウチは弱小クランだからね…と、そろそろ見えてきたよ。」
話を遮りダイスが指を指す方向に視線を滑らせる。そこには広大な空間が広がり、冒険者達がワラワラと歩いていた。
「これが…ダンジョン……」
「凄い…人がいっぱい。」
口を開けて見ていると「置いてくっすよ!」とビルに言われ慌てて後を追う。
これから始まる冒険の予感に胸を高鳴らせながら。




