さよなら、初恋の人
暫く喜びをパーティーと共有していると、唖然とした表情のセシリアが口を開く。
「ねぇ、今の…日本語……」
予想をしていた展開に、レイリーは道化を演じる。
もう自分はレイリーじゃないんだと、自分に言い聞かせて。
「え?あぁ、バレちゃいましたか。実は元日本人なんですよ。」
「…春人…なんでしょ?」
「はい?誰ですかソレ…」
「ちょ、ちょっと!冗談やめてよ!ねぇ、どうやって蘇ったの?なんで今まで黙ってたの!?」
邪龍が倒れ伏す百層で、セシリアに問い詰められるレイリー。
知らぬ存ぜぬを通す様子を見て、縋り付きながら勝手なことを言い始めるセシリアに、エリスが舌打ちをしながら引き剥がす。
「離れてよ。」
「いたっ、ちょっと…なんで。」
「ご主人様、我慢の限界です。この女を完膚無きまで叩きのめす許可を。」
「…ダメだよ。」
「畏まりました…」
殺気立つクーリアとエリスを手で制して、手を出さないように指示を出すレイリー。
その目は冷え切っていた。
「な、何言ってるの…?私を愛してくれてたんじゃないの…?ねぇ…」
「だから誰の事言ってるんですか?僕は春人?さんとやらではないんですけど。」
「ぃゃ……なんでそんなこと言うの!?私春人の事忘れたことなんて一回もなかったよ!あ…そうか、シャルトと付き合ってるのが気に入らなくて怒ってるんでしょ!?別れる!もう別れるから、ね?もう誰とも付き合わないから!お願い…私を捨てないで…」
見る影もなくなった幼馴染の放った言葉の数々が、レイリーの心に波を立てる。
シャルトは苦虫を噛み潰したような顔をして、黙って聞いている。
「さっきから黙って聞いてれば何様のつもりでござるか!!」
「え?」
「師匠の気持ちを考えた事がーー」
「カエデ、いいから。」
「……師匠。」
話を聞いていたアイリスがレイリーとセシリアの間に立つ。
レイリー以外には僅かな表情の変化も見せなかった彼女が、怒りに顔を歪めて、目に涙を溜めてセシリアを睨みつける。
ポツポツと、怒りを吐き出すように、アイリスはセシリアに問いかける。
「フィリクスくん、ではなかったのですか?」
「あ、アレはまさか…レイルだとは思わなくて。」
「自分は春人だ、と叫んだはずです。それを貴方達は何と言いましたか?」
「だ、だって分かるわけないじゃない!死んだ人が蘇るだなんて…」
「貴方はどうやってこの世界に産まれたのですか?また再び記憶を持って産まれてくる可能性は考慮しなかったのですか?」
「あ……」
「自分ばかりが悲しいと思い込んで、レイリー様の言葉に耳を貸さないことで、悲劇のヒロインは楽しめましたか?」
「恋人にも、友にも、家族にも突き放された彼が、どんな気持ちでいたか、考えた事はあったのですか?」
「信じて貰えないなら、過去と決別して、自分だけが泥水を啜ろうと決めた時のレイリー様の気持ちを考えた事は?」
「アイリス…もういいよ……」
「長旅の中、何度も何度も貴方たちの素晴らしいところや、貴方への想いを語っていました。ソレを頭から否定し、拒絶されたレイリー様の気持ちはぁ!!どうなるんですかこのクソ女ぁ!!」
「アイリスッ!!!……もう、いいよ。」
「はぁ…はぁ…」
激しく取り乱すアイリスを抱きとめたレイリーは、優しく頭を撫でる。
「ありがとな…俺のために怒ってくれて…」
レイリーは落ち着いたアイリスを放して、セシリアの前に立つ。
こうなってはもう不毛な演技を続けても無意味だった。
「久しぶりだね、セシリア。」
「あ…ぁぁ……ごめん…私、気付かなくて…」
「うん、もう気にしてないよ。」
「あの、あのね…レイリー、私……アレからずっとレイリーを失った時のショックを引きずって、レイリーの言葉が信じられなかったの。」
「うん、だろうね。アレはキツかったなぁ。」
「レイリー……ごめん。」
「気にしてないって!ほら、可愛い顔が台無しだよ?」
そう言ってセシリアの手を掴み立ち上がらせるレイリー。
セシリアは目の前に来たレイリーの顔に顔を赤くする。
そのまま見つめ合い、吸い込まれるように唇を寄せる。
「いや、それは無理だよ。」
そのままセシリアの肩を掴み突き放すレイリー。
「…えっ。なんで、許してくれたんじゃ…」
「いや、最初から怒ってもないし、気にしてもないよ。」
そう言ってアイリスの隣に並ぶレイリー。
「でもごめん、俺もう彼女居るから。学校行くとき起こしに来てくれたり、転生しても美味しい料理作ってくれたり…今までありがとうな、楓さん。」
「ぃ…ぃゃ……いやぁぁぁあああ!」
耳を塞いで叫び続けるセシリアを困った目で見つめる一同。
シャルトがセシリアの肩を支え立ち上がらせる。
「まさか本当にレイリーくんだったなんてね。最初から証拠を見せてくれれば良かったじゃないか。人が悪いな。」
セシリアの顔を見て、恨みがましく呟くシャルトは、刺々しい言葉とは裏腹に、優しい雰囲気を含んでいた。
「証拠ならもう見せてたんですよ。宿屋に殴り込みに来たセシリア達にね。」
アルフォンスとガルファーに、出会った時と同じ状況で使用した同じ魔法、日本語の詠唱、セシリアには自分を春人と名乗り、フィリアには再転生した事も伝え
「でも二度と顔を見せるなーって、こっ酷く叱られちゃいましたし、聞く耳持ってくれないなって落ち込みましたよ。そんな中俺を支えてくれたのは彼女達でした。」
そう言って、アイリス達に視線を送る。
「俺が自分の中に塞ぎ込んで、情けない姿を見せても、一生懸命世話を焼いてくれました。俺が辛辣な言葉を浴びせられれば、怒りに拳を固めてました。俺が悲しんでいたら、隣で一緒に泣いてくれました。俺が楽しそうに皆の話をすると、一緒に笑ってくれました。そして、アイリスはそんな俺の、お嫁さんになるのが夢だと言ってくれました。」
「………ごめんよ。」
シャルトが申し訳なさそうに頭を下げる。
しかしレイリーは、セシリアを真っ直ぐ見ながら語る。
「俺は彼女が側に居てくれたことで、こうして立ち上がることが出来ました。それは、セシリアさんにとってのシャルトさんじゃなかったんですか?」
「……!」
セシリアが目を見開き顔を上げる。
横を見ると、心配そうな顔でセシリアの顔を覗き込むシャルトの姿があった。
「……まぁ、俺だけが世界の全てじゃないよ。彼にも目を向けてあげてください。」
そう言って邪龍の素材を回収に向かうレイリーを、アイリス達が追う。
シャルトとセシリアが何か話し合っていたが、きっといい結果になるだろうと、レイリーは確信していた。
レイリーの初恋の人だったから。




