夕焼けに染まる誓い
ホーネル先生の葬儀に参列した。
遺体はすぐに王国の研究機関に移送されたのでお別れは出来なかった。空の棺桶にホーネル先生の奥さんが涙を流しながら「おやすみなさい…」と声を掛けていたのは見ていて胸を締め付けられる思いだった。
この人と一緒にいるべき時間を自分達が割いてしまったという罪悪感で胸が張り裂けそうな思いだった。しかし、ホーネル先生の奥さんはレイリーとセシリアの元に来て、先生が帰ってから嬉しそうにレイリー達の話をするのが好きだったと言って抱きしめてきた。
『レイリーは魔法に対しての見識があり、理解が早いから将来はきっとすごい冒険者になるぞ』
『セシリアは最近薬学の知識が私を上回りつつあるから先生として負けられない!』
などホーネル先生が毎日毎日笑顔で語るレイリー達の話が、笑顔がいい思い出として脳裏に焼きついたと。これであの人の笑顔や笑い声を忘れる事はない、ありがとうと耳元で呟いていた。
「どうかあの人の分まで健やかに生きてね…」
「「あ゛ぃ…!!」」
自分達を優しく抱きしめる先生の奥さんに嗚咽交じりで元気よく返事をした。天国にいる先生にも届く様に大きな声で。
▶︎▶︎
先生の死から五年経ってレイリーとセシリアは12歳を迎えていた。二人は先生の死をきっかけに劇的に成長していった。
魔法を母に習ってから九年間、鍛錬を絶えず行い研鑽を重ねてきたレイリーは今では特大の炎や氷、竜巻や土壁などを発現させられる様になっていた。
先生から褒められた自分の長所を伸ばそうと必死に魔法の勉強をして、ある事に気付いてからはトライアンドエラーを繰り返しながらその魔法を昇華させていった。因みに人に見られるとまずいので街から離れた洞窟や森で練習している。
セシリアは九歳で医学薬学を収めて今では教会に手伝いを求められる程になっていた。教会騎士団に剣技を習い相当な腕前になっていた彼女は近所のガキ大将を一瞬で跪かせるという荒技を見せた。
因みにそうなった原因はガキ大将に絡まれたけど魔法を使用するとまずいのでわざと殴らせてあげたレイリーにある。買い物途中に偶々それを見つけたセシリアが飛んできて取り巻き諸共コテンパンにしてくれた。
それ以外にもレイリーの身の回りの世話や、料理を作ってくれたり、更にはダンジョン学や薬学の授業を個人的に行ったりと、セシえもんと呼んだ方が良いんじゃないかと思わせる万能ぶりを発揮した。
因みにガキ大将に絡まれた原因は告白されたので「え、きもっ…」と辛辣な言葉を浴びせてしまったのが原因だった。レイリーは歳を重ねる度に男の娘に磨きがかかってしまい、セシリアと並んで歩いていても美人姉妹と間違えられる程だった。中性的な体格と顔立ちで目はクリッとして母性本能を擽る仕上がりだった。
お節介を焼いてくれるセシリアに、そこまでしてもらうのは悪いと言ったら「好きでやってるし慣れてるから」と言われたレイリーはありがたくその恩恵を享受している。
そして十二歳になった二人はこの日、成人の儀を受けに神殿に来ていた。この世界の成人とは自分の命や行いに責任を持つと同時にそれを神に誓う事によって特殊なスキルを得られるというものだった。
「いいスキルが貰えるといーね!」
「そうだね…」
セシリアがレイリーの頭を撫でくりながらそんな事を言うものだから恥ずかしくなったレイリーは顔を伏せて返事をする。日に日に美しくなっていくセシリアに馴れろと言う方が無理な話だった。十二歳のプロポーションではない。
そして両家の両親と共に神殿にやって来た。レイリーとセシリアは偶然同じ日に産まれたらしく誕生日が同じだった。六歳以降はずっと一緒に誕生日を過ごしてきたし、勿論十二歳の誕生日である今日も一緒に神殿でスキルを授かることになった。
「さぁ、此方へどうぞ」
儀式の最中両親は入れないので部屋の外で待つ事になる。四人の笑顔に見送られながらレイリーとセシリアは歩を進めた。
「うわぁ…!凄い…」
「綺麗…」
神殿の司祭に従い入った部屋には豪華な装飾が施された神の像が両手を広げて此方に微笑んだ状態で置かれていた。周囲の燭台がキラキラと光り輝いて夜空の中に浮かんでいる様な幻想的な光景に二人は感嘆の声を漏らした。
「では、宣誓の言葉を…」
「あ、はい…私セシリア・アーデンルクスは」
司祭に促されて宣誓の言葉を紡ぐセシリア。文言の一部がうろ憶えだったので順番が後で良かったとレイリーが安堵していると宣誓が終わったセシリアの体が淡い光に包まれる。
「…により神に誓いを捧げます……あっ」
異変に気付いたセシリアが自分の両手を見つめ驚愕に目を見開くが、直ぐに気持ちよさそうに目を細め神の像に跪き儀式を終える。
「お疲れ様でした、次はレイリー様ですね」
セシリアが立ち上がり一礼すると此方に向かって歩いてくる。それを見た司祭がレイリーに宣誓の言葉を促すと、ゆっくりとセシリアと入れ替わる様に位置を変え神の像へ向かい合う。
「私レイリー・アーデンルクスは…あ…」
頭の中でセシリアの宣誓を復唱していたレイリーは間違えてセシリアの家名を名乗ってしまい頭が真っ白になる。咄嗟に後ろを振り返ってみるとセシリアが真っ赤な顔で下を向いているのが見えたレイリーは、半ば自暴自棄になってさっさと儀式を終わらせにかかった。
(うおおおお恥ずかしい!これもう絶対新手の告白か何かと思われたよなぁ…チラッ………あぁ駄目だ、あれ絶対そっちで受け取られた…
まぁ確かに可愛いなぁとは思ってるけど、こんな形で知られたくなかった…早く終わらせて弁明しなきゃ)
「あ、あの…取り敢えずなんかスキル下さい」
「なっ!?」
神に誓うんだから何でもいいだろうという一時の気の迷いから出た言葉に司祭が驚きの声を漏らす。神に対して、教会に対しての最大の侮辱に値するその宣誓を司祭が止めようと駆け出したその時だった。
『……ブフゥ!あーっはっはっは!ひー!駄目!お腹…痛い!いひひひひ!あーはっはっは!』
レイリーの脳内に直接聞こえてきた笑い声。
その声は実に愉快なものを見たと言わんばかりで、笑い転げているのが容易に想像出来た。
何事かと思って周囲を見渡してみると、顔を真っ赤にしたまま俯いているセシリアと、此方に向かって焦った表情で手を伸ばす司祭が。制止した状態でそこにいた。
何かおかしいと思い周囲を見回すと、燭台の灯火は動かず、司祭は地面から足が離れた状態で止まっていた。まるで時が止まってるように。
『はぁー久し振りにアンタみたいやバカにあったよ!』
「え…?あの、もしかして神様?」
『んー?そうだよ、民が崇拝し、民を導く先導者こと神様とは私の事だっ!』
おおよそ目の前の像からは想像もつかないような軽い返答に困惑するレイリー。
「えっと、セシリアも先程こうなったのでしょうか?」
『そうだねぇー、少し会話をしたよ!まぁアンタといい後ろの子といい魂が此方の世界の人間とはな〜んか違うんだよねーってさ』
神様の言葉に衝撃を受け思わず蹌踉めく。自分が此方の世界の住人じゃないとバレた、どうしよう、と初めは混乱していたが、徐々に思考が冷静さを取り戻すと、神様の言っていた事に気になる点があった。
「あの、彼女も転生してる…という事でしょうか?」
『うーん、まぁそんな事はさて置き。神様ねぇー君の事気に入っちゃったからさぁ、特別なスキル授けてあげる』
レイリーにとってはそんな事では無かったが、神様の話を無視するわけにもいかず質問を返す。
「特別な…スキル?」
『そぅそぅ、コレは強さに直接関係ないけど君を教え導いてくれる神の声みたいなもんだよ〜
それじゃあ行くね、ホイ!』
「え、ちょっと!…あれ?」
神様が説明も終わらないまま軽い口調でスキルを授けてきた、するとスキルの内容や使い方をよく知る事もできないまま時が動き始めた。自分の体を見ると眩しい光りを放っていた。
背後からレイリーを止めようとしていた司祭は驚愕に目を見開いたり、眩しいので細めたりを繰り返し、セシリアは俯いたままだった。そして完全に光が消えた後に司祭がコホンと咳払いをしてから「汝らに祝福あれ…」と納得がいかないような顔で祝言を紡ぎ儀式を終えた。
▶︎▶︎
「レイルは何授かったの?」
神殿からの帰り道、司祭にキツく叱られて親共々頭を下げ続けて、解放される頃にはすっかり陽が傾いて街並みが赤く色付いていた。街中を両親から少し離れて歩いていると、セシリアが顔を覗き込みながら聞いてきた。
「えっと…それがよく分からないんだよね」
「え?そんな事あるの?」
レイリーの返答に呆気に取られたセシリアはうーんうーんと下唇を人差し指で押し上げながら頭を悩ます。この仕草も前世の幼馴染そっくりだなぁと思い見つめていると「なに?」と言われて慌てて話題を振る。
「え、いや、セシリアはどんなスキルなの?」
「私?私は聖魔法だったよ」
「それってどんなスキルなの?」
「えっとね、回復魔法とか攻撃魔法とか使えるようになるらしいよ」
「え?それってもう出来るんじゃ…」
レイリーがそう言うとうーんと唸り人差し指をピンと立てて説明をしてくれる。
「私も使ってないから分からないけど、回復魔法とかって行使するのに詠唱する必要があったり…えっと、傷口とかを塞いだりする治癒力を高めてあげるって感じでしょ?」
「うん」
「それがね、スキルを使用するよう念じるだけで詠唱なしに傷や病気をいきなり治しちゃったり、聖なる光が不浄なる魔物を焼き尽くすんだってさ」
「え!?それって凄いんじゃ…!?」
「うーん、よく分かんないけどパパとママは大喜びしてたよー、コレで我がギルドに主戦力がー!って、ふふふ、まだ入るって言ってないのにね」
そう言って誇らしそうに笑うセシリアを見てレイリーも誇らしい気分になって頬が緩む。本来スキルには一般、稀有、超級、伝説、神域に分類されるらしいが、セシリアのスキルは伝説スキルに分類されるのではないだろうか。
「そっか…凄いなぁセシリアは」
自分が何を貰ったのかも分からない自分とは大違いだ。レイリーは少し落ち込んで下を向くとそのまま喋らなくなってしまった。
情けない。
ホーネル先生の葬儀の時にこの子を守ると勝手に自分に誓いを立てておいてコレだ、さすがに努力だけでは埋めようがない差が出来た上に逆に護られる立場になってしまっている。
「…レイルの方が凄いよ」
「え?」
不意に何か話しかけられ間の抜けた声を出してしまうが、セシリアは「何でもない!」と言って花のレイリーに咲いたような笑顔を向けた。
「レイリーはさぁ、そのままギルドに冒険者登録してクランに入るの?」
「え、あ、うん。一応昔からの夢だしね」
この世界に産まれた時からとは言わないが、毎日冒険から帰ってきてはダンジョンの話をする父に憧れて、父を支えたいと思うようになっていたレイリーはいつしかそれが夢になっていた。その為に魔法を死に物狂いで練習して三節呪文の四重詠唱まで出来るようになった。セシリアには何度かその夢の話をしておりその度危ないからやめておいた方がいいと諭されている。
「そっかぁ…じゃあ私もダイスさんのクランに入るっ!」
胸をドンと叩きながらふふんと鼻を鳴らすセシリア。自分で危ないと言っておきながら何でそんなことになるんだとレイリーは困惑した。
「え!?いや、でもダンジョンには危険がいっぱいだし、そもそもセシリアならそんな危険を冒さなくても引く手数多だろうし…」
「私の決めたことだから、レイリーには関係ないし!そもそも私があのクランに入ったら一気に攻略が楽になるってパパに言われたからだし」
そう言ってベー!と舌を出して前を歩く両親に向かって走り出すセシリア。恐らく自分を守る為にクランに入ろうとしているんだろうとレイリーは予想がついた。幼馴染に似てる彼女の事だから、やめといた方がいいと言っても強行してクランに入るだろう。
その背中を見つめながら絶対に自分が守るんだと固く決意するレイリーだった。




