帰るべき場所は
「セシリア!」
考えるより先に、体が動いていた。
レイリーがセシリアに触れようと手を伸ばすと、横にいたシャルトがレイリーの手首を掴む。
「君さぁ、セシリアのファンだからって、そりゃあないでしょ。彼氏の前だぜ?」
「…は?」
一瞬意味が分からなかったレイリーは、掠れた声で返事をしてしまう。
間抜けな表情を晒すレイリーに状況を理解させる為、シャルトがセシリアの顎を手で軽く掴み、強引にキスをした。
「!!?」
「ん!……プハッ……ちょっとシャルト。みんなの前では止めてっていつも言ってるじゃない。」
「ははは、ゴメンって。」
レイリーは頬を赤らめて、口から銀色の糸を引くセシリアを見て、頭が真っ白になる。
なんで、ドウシテ、ナニガアッタ?
「すいません。我々は本日、パラダイムシフトに入団したいと思い、足を運びました。」
呆然とするレイリーの代わりにアイリスが説明をする。
沈黙を破るアイリスにセシリアが笑顔で駆け寄る。
レイリーの横を素通りして。
「ようこそ、でも弱い人は入れないようにしているの、ダンジョンで仲間を失いたくないから。」
セシリアの言葉を受けて、アイリスが困惑する一同に目配せをする。
すると事態を飲み込んだ一同が順番に口を開く。
「つまり、入団テストがあるということでござるな?」
「ご主人様が心配です。さっさと終わらせましょう。」
「そーだねー。なんかヤバそうだよあれ。」
「やる気はあるみたいね。オッケー。武器を持って裏口から練武場に来てくれる?」
三人の意思を確認したセシリアが、一足先に練武場に向かう。
その背中をレイリーが呆然と見つめていると、アイリスが肩を貸して立ち上がらせる。
「…歩けますか?」
「え?あ…うん。」
心配そうにこちらを見ている全員に、手を振って、精一杯心配ないと伝える。
それを見た三人は、アイテムポーチから装備を取り出し、各々装備する。
「じ、じゃあ行ってくるでござるよ。」
「ゆっくりで良いですから来てくださいね、ご主人様…」
「レイル…元気出してね。」
三人が練武場に行ってしまった。
後を追うようにクランメンバー達も居なくなる。
シャルト以外、少し驚いたような表情を浮かべていたが、レイリーの目には映らなかった。
「私達も行きましょう…」
力なく頷くと、アイリスの肩を離れヨロヨロと歩き始めた。
▶︎▶︎
練武場に向かうと、装備を整えたカエデ達が一列に並んでいた。
「えっと、君も入団テスト受けるなら装備を整えてそこに並んでくれる?」
他人行儀なセシリアを、呆然と見つめるレイリー。
くすんだガラス玉のような目からは、この都市に着いた時のような輝きは失われていた。
アイリスは目に涙を溜めながら、レイリーの装備を整える。
初めて味わう胸を締め付けられる感情を、悲しみと理解した。
自分に感情を与えてくれる、居場所を与えてくれるレイリーの装備を一生懸命整えるアイリス。
その様子は、あまりに痛々しく、周りのクランメンバーも目を伏せたり、頭を抱えて見ている。
「おい、テメェの装備くらい自分で装備しろや。」
見るに見かねたガルファーが、アイリスを引き剥がし、レイリーの胸倉を掴む。
「私は大丈夫ですので、何卒ご容赦を…」
少し疲れたような顔をして呟くアイリスを見て、舌打ちをしたガルファーは、レイリーを勢いよく地面に放り投げる。
「勝手にしやがれ!」
そっぽを向いて、ズカズカと観戦席に戻るガルファーを、昔と変わってないなぁ、とどこか懐かしむような目で見るレイリー。
「私も貴族の息子ですが、流石にこれくらいは自分でしますよ。」
アルフォンスが眼鏡をクイっと上げながら叱責する。
大丈夫だ、アイリスだけがクランじゃない。他の皆はそのままだ。大丈夫。
変わらない友を見て、精一杯自分を鼓舞するレイリーは、アイリスに頭を下げて、自分で装備を整える。
その様子を見てひとまず安心したアイリスは、自分の装備を整え始める。
「お、あの子もテスト受けるんだ!超きになる!」
「だねぇ…戦えるのかなぁ…」
好奇の目に晒されるアイリスと共に、列に加わるレイリー。
旅を共にした仲間と一緒に並ぶと、少し心強い気がした。
「ふぅ、やっと支度が出来たのね。じゃあ簡単にルールを説明するわね。この砂時計の中身が全て落ちるまでに、私に一撃を加えられれば合格。出来なければ不合格。私はその間貴方達に一切攻撃しないわ。大体わかったかな?」
「大丈夫でござるよ!」
「余裕ですね。」
「よーし!やるよー!」
「了解しました。」
「……ああ。」
それぞれが返事を返すと、セシリアは戦闘体制に入る。
「じゃあ誰から行くでござるか?」
「ん?全員でかかって来てもいいわよ。」
その言葉を聞いた一同は、顳顬に青筋を走らせる。
「なんですって…?」
「だから、全員いっぺんにかかっておいで!じゃないと全員不合格になっちゃうかもだからさ。」
何の悪びれもなく、本心からそう言っていると、セシリアの表情から窺い知れた。
それを聞いたレイリー以外の四人が、一斉に戦闘体制に入る。
「先手必勝でござるッ!」
地面に小規模のクレーターを発生させて、カエデが弾丸の様な速度で飛び出す。
それと同時にエリスが、弓を弦を引き絞る。
「貰った!」
「甘いよ!」
振り下ろされる短刀の腹を手のひらで押し出し躱すと、そのままカエデの軸足に足を掛け転倒させる。
「のわあーー!」
「攻撃しないって言ったけど、防御をしないとは言ってないわ!」
「そんなの関係ないよ!」
弦を引き絞っていたエリスが、三日月に歪曲する弓を一気に解放させる。
「三ノ矢、餓狼!」
解き放たれた矢が、飢えた狼の様に蛇行しながらアイリスに迫る。
流石に意表を突かれたのか、カエデからそのまま後ろに飛び退いて躱そうとする。
「狙った獲物は逃さないよー!」
しかし、セシリアが飛び退いた方向に、まるで意思を持っているかの様に、軌道を曲げて追尾してくる。
「くっ…じゃあ、これはどうかなっ!」
そう言って目の前に風の壁を展開して、矢と衝突させるセシリア。
それを見てレイリーは目を見開く。
以前レイリーが教えた風の刃を、無詠唱で発動することによって風の壁を発生させていた。
少し嬉しくなったレイリーは懐かしそうに目を細め、薄く微笑む。
「ご主人様が心配ですね…さっさと終わらせましょう。カエデ様!エリス!」
クーリアが叫ぶと、焦った表情のカエデが全力でセシリアから離れ、エリスは矢を放ち、セシリアをその場に釘付けにする。
「一体何をーー」
「もう遅いですわ。」
クーリアが弾いた黒い玉が高速でセシリアに向かっていく。
それを見たレイリーが焦って、セシリアと黒い玉の間に無詠唱で分厚い氷の壁を作る。
「なっ!?」
分厚い氷に玉が触れた瞬間、一気に膨張して、ゆっくり収縮していく。
しかし、氷の壁は抉られず、僅かに表面を削っただけだった。
「レイリー様…攻撃範囲は指定出来ますので…」
少し困った表情でレイリーを見つめるクーリア。
レイリーはハッとした表情で、氷を凝視する。
そこには、薄っすらと人型に削られた氷の壁があった。
つまり、クーリアは最初から吞み込むつもりなど毛頭なく、鎧だけを攻撃して無力化しようとしていただけだった。
それをレイリーが妨げた。
「まぁ、殺傷能力の高い攻撃を何の考えもなしに使うはずが無いと拙者は思ったでござるよ。」
「わたしもー。」
「レイリー様は今、混乱なさっているだけなので…」
アイリスがフォローを入れるが、いつもと違った様子のレイリーに、困惑を隠せないカエデとエリス。
「ふぅ、危なかった…でも今の攻撃はそこの人の助けが無かったら完全に決まってたね。私の負けだよ!」
そう言って両手を上げるセシリアを見て、喜ぶ三人。
ただ、レイリーとアイリスだけは浮かない顔をしていた。
「うーん、セシリア、ちょっと変わってくれないかな?」
シャルトが突然セシリアの元に駆け寄り、交代を訴える。
「え?ちょっと予定は違うけど、実力は証明出来たんだし合格でも…」
「うーん、そこの二人の実力はまだ見てないよね?」
「え?いや、氷の壁が…」
「まぁ、いいからいいから。」
そう言って無理やりセシリアを退がらせるシャルト。
馴れ馴れしく肩に触れるな、とレイリーの胸の中に沸々と燃える何かが解放を訴える。
「よし、じゃあそこの二人だけ続行だよ!」
そう言って戦闘体制をとるシャルトに向けて、アイテムポーチから取り出したリンゴを投げつけるレイリー。
パシッ
「おっと、これはかわいい攻撃だ……ね………?」
シャルトが顔の前まで飛んできたリンゴを掴むと、そのまま視界を確保するためにスッと下げる。
その時にはレイリーの姿が消えていた。
周囲の景色に溶け込み、無音で駆け寄るレイリー。
朧による完全隠密に、シャルトは焦りを隠せないでいた。
「え?ど、どこに行ったんだい?」
周囲に警戒するが、全く気配を掴めない。
すると、今まで微動だにしなかったアイリスが、常人の肉眼では捉えられない速度でシャルトに接近する。
驚いたシャルトが両手を前にクロスしたその時だった。
ガキィンッ!
硬質な音に驚き、目を開けると、凄い形相でシャルトを睨むレイリーの顔があった。
ゆっくりと下に視線を滑らせると、肩の辺りまで短剣が迫っているのが見えた。
「ヒッ!」
情けない悲鳴をあげて、尻餅をつくシャルトを見下して、短剣を収めるレイリー。
アイリスが止めなければ確実に肩から先を失っていただろう。
「ぐぅ…!」
突如、隣で手を抑えるアイリスの呻き声を聴き我に返ったレイリー。
手を血だらけにして顔を歪ませていた。
「え…これ……え?」
「シャインヒール!」
セシリアが叫ぶと、アイリスの周囲を淡い光が包み、みるみる内に傷が塞がっていく。
セシリアの聖魔法のお陰で、完全に傷が塞がったアイリスは、セシリアに一礼して、レイリーの方向に向き直った。
「おめでとう御座います。これで合格ですね。」
笑顔だった。
それを見たレイリーは全力で駆け出していた。
目の前の現実の負荷に耐えられなくなった。
走って走って走って、逃げて逃げて逃げ続けて。
気付けば、レイリーは実家に着いていた。
生まれ育ったその場所に、唯一の居場所に。
ガチャ
「あれ?何かご用かしら?」
家から出てきたフィリアに、安堵する。
変わらぬ笑顔を向けてくれる。世界で一番、無償の愛を注いでくれた母。
「か、母さん…お、お俺だよ……レイリーだよ……」
「は、はい…?」
「また転生して戻ってきたよ…ねぇ、母さん…」
「い、いや…」
「母さんッ!」
「いやぁぁあ!あの子はもう死んだのよ!!何でそんな酷いこと言うの!私の前から消えて!この悪魔ぁ!!」
家から出てきたフィリアの言葉に、膝から倒れたレイリーは、そのまま気を失った。




