淫らな夜と謎のリス
クーリアを新たに仲間に加えた一行は今、大樹の街サルマトリアを目指して北上している。
中央大陸ロズヴィレアルの南部に位置するアインツェクルから、二週間かけて道中の街で馬車を乗り継いだ。
サルマトリアは森の中にあるらしく、馬車が通れないので、最寄りの街から先は徒歩で向かう事になった。
「じゃあここら辺で野営しようか。」
森の悪路が原因か、カエデが少し辛そうだったので、休憩を挟む事になった一行は、焚き火を囲みタコの串焼きに塩をかけながら頬張っていた。
意外にもクーリアはまだ涼しい顔をしており、アインツェクルで購入した軽鎧と大剣を装備している。
総重量を推察し、明らかに不審な点があるとレイリーは思ったが、最近は肉付きも良くなってきたし、異世界あるあるの一種だろう、と生粋の理解の速さを発揮していた。
実際は思考を放棄しているだけである。
各々が装備の点検や、ポーションなどの在庫を確認し、アイリス警備のもと就寝する頃に、異変が起きた。
草木も眠る丑三つ時、布団代わりのシートを敷いて就寝するレイリーの元に、そっと近付くクーリア。
二、三度頬を突き、レイリーが深い眠りに就いているのを確認して三日月のように真っ赤な唇を歪ませる。
彼女の上気した頬の熱は、熱い視線を注ぐ先の人物が原因だと、容易に想像出来る。
カエデは鼻提灯を膨らませ、アイリスは焚き火の前に座り此方に背を向けて気付く様子もない。
クーリアは火照った体をレイリーに重ねて、首筋に舌を這わせた。
糸を引く唾液が月明かりに反射して照らされる。
煽情的な服の肩紐が外れ、艶やかな姿になっているのも気にせず、クーリアは唾液が付着した首筋にもう一度唇を近付け、歯を立てた。
ガブ
「んぁ……えっ!?」
さすがに目を覚ましたレイリーが間抜けな声を出して起きると、首筋に荒い鼻息をかけながら噛み付いて、喉をコクコクと鳴らしているクーリアが目に入った。
咄嗟に起き上がり引き離そうとするが、両腕をホールドされて一切動けない。
何故か力が入らない上に、女性とは思えない力で抱き着かれている。
(これが…だいしゅきホールドか!?)
などと日本のサブカルチャーに古来より伝わる寝技を連想するが、勿論違う。
「な、なにを…え!?血を飲んでんの!?」
冷静になったレイリーが、首筋から溢れる血液を舐るクーリアを見て、やっと状況を理解する。
寝込みを襲われたレイリーは助けを求めるべくアイリスに声をかける。
「あ、アィ…………リス…!助け…て…!」
「畏まりました。」
レイリーの助けを求める声に気付き、アイリスは森の中へ颯爽と駆け抜けていった。
「なんで!?」
▶︎▶︎
血を飲んで満足したクーリアは冷静になって、レイリーから急いで離れる。
取り敢えず事情を説明して貰う為に、何故かリスを連れ帰ってきたアイリス、鼻提灯を叩き割ったら起床したカエデと共に、緊急会議を開く。
「取り敢えず、クーリア…これは一体…」
レイリーは、首筋に付けられた歯型を指でなぞる。
人の歯型というよりは、蛇に噛まれたように穴が二つ空いてある。
「あの…それは……」
「私から説明しましょう。彼女は吸血鬼です。」
カエデは半分夢の中だったが、それを聞いたレイリーは目を大きく見開き驚く。
幾つか考えつく中で、一番低い可能性と思っていたパターンだった。
「え、吸血鬼って実在するの…!?」
「普通に居ます。人間生活の中に紛れてます。数は少ないですが、今までレイリーさんが会ってきた人の中でなら、シャルトなどが吸血鬼ですね。」
人差し指を立てて説明するアイリスに小首を傾げるレイリー。
「???シャルト…誰だろう……」
「ウロボロスのクランリーダーですね。」
「ウロボロス…ああ、あの少年か。」
一度面倒ごとに巻き込まれた時に会ったことがあるので、よく覚えていた。小生意気な少年だ。
「シャルトは齢百歳を超えています。」
「えええええマジで!?」
「因みにクーリアは八十……もがもが。」
「いやぁぁあ言わないで下さい!」
慌ててセシリアの口を押さえるクーリア。
見た目は妖艶な女性だが、その実中身は婆さんだった事に驚くレイリー。
「なんで隠してたの?」
「吸血鬼ってホラ…迫害の対象じゃないですか…」
「え?そうなの…?」
「はい……私は吸血鬼ということが周囲に知れる度に引越しを繰り返してました。」
別に血を吸うって事と身体能力が高いという事以外は人間と変わらないのに何故?とレイリーは思った。
「血を啜り、圧倒的な力を持つ吸血鬼を恐れた人間が昔、吸血鬼狩りを行ったんです。千年前の話なのですが、その際抵抗した吸血鬼が都市を幾つも壊滅させたそうです。」
「母さんが叱る時にしてた話…あれ、おとぎ話とかじゃなかったんだ…」
「はい。その事があり、吸血鬼は迫害の対象となりました。私は昔、教会の騎士に殺されそうになって、抵抗したら騎士の腕を折ってしまって…そのまま幽閉されて、五十年の月日が経った頃に、これ以上ここに置いても管理が大変なだけだ、と言う看守に奴隷として売りに出されました。」
「そして俺達に買われたと…」
「はい、看守は奴隷商に売る時に、人間と偽って私を売りました。吸血鬼と知って買うものは居ませんし、何よりまたあの暗い牢獄で生き長らえる位なら、性奴隷でも良いから外に出たい、と思い私も黙っていました…そしてご主人様に買われて嬉しく思ってたのですが、吸血衝動が抑えられなくなり…あのような情けない姿を……」
クーリアの告白に胸が締め付けられる。
やっとの事で出られた外の世界で、吸血鬼とバレて捨てられたくなかったのだろう。
話している最中も、俯きながら目に涙を溜めている彼女を、優しい瞳で見つめるレイリー。
「じゃあ俺達で正解だったね。」
「え?」
「俺もこの世界じゃない別の世界から来た異世界人だもんね。」
そう言って笑顔を向けるレイリーをポカンと口を開けて見つめるクーリア。
因みにカエデはまた鼻提灯を膨らませていたので、叩き割ると目を覚ました。
少しの沈黙の後吹き出したクーリアが柔らかな笑みを浮かべる。
「ふふふ、ありがとうございます。レイリー様は優しいんですね。」
「いや、マジだよ。そっちのアイリスなんて元々俺のスキルだし。」
「はい、私はレイリー様のスキルです。」
「ふふふふ、じゃあ楓さんは人魚ですかね。」
「ち、違うでござるよ…」
全然信じていないクーリアをみて胸の中がモヤっとしたレイリーは食い下がる。
「いや、マジだって。俺地球っていう剣も魔法もない世界から来たんだよ。」
「ふふふ、分かりました。ご主人様が優しい事は十分伝わりましたよ。」
「いや、マジで。俺、以前は有村春人って名前だし。何なら証拠見せようか?」
「え?」
そう言ってレイリーは上空に特大の花火を打ち上げ炸裂させる。
日本語でこれでもかというくらいに。
「え、その文字は一体…」
「日本語っていう俺の国の文字だよ。」
「「え…えええええ!?」」
やっと信じたクーリアと、何気に一度も真実を教えた事がなかったカエデが、同時に驚愕の声を上げた。
「し、師匠は異世界の人だったでござるか!?本物の師匠はどうなったでござるか!?」
衝撃の新事実に、カエデが勢いよくレイリーの肩を掴み揺さぶる。
激しく前後に揺さぶられているレイリーを見て代わりにアイリスが口を開く。
「自殺をして、もう魂は転生の輪に加わってる筈です。その時に肉体を修復し、依り代としてレイリー様の魂を定着させました。」
アイリスの説明を聞いてカエデの手が止まり、表情を曇らせる。
「ごめんな…師匠って慕って貰えるのが嬉しくて…」
「じゃあもう本物の師匠には会えないでござるな…」
「生まれ変わった師匠とまた会えるかもな、俺は師匠じゃないけど、カエデの事は大切な仲間だと思ってる。」
「うーん、まだ割り切れないでござるが…レイリー殿も歴とした師匠でござる!」
申し訳ない気持ちから、カエデに謝罪するが、カエデはパッと笑顔を向けてレイリーを師匠と呼ぶ。
「えっ…」
「師匠はミリムアージュで、拙者を心配して助けてくれたでござる。あの時の戦いはシビれたでござる!あの瞬間の胸の高鳴りは嘘じゃないでござる。なので、これからも師匠と呼びたいでござる…だめ?」
不安そうにレイリーを見上げるカエデに応えるように、胸からこみ上げてきた喜びを言葉にして吐き出す。
「…ビシバシ行くからな!カエデ。」
「…!はいでござる!」
熱い握手を交わすレイリー達を見て、セシリアとアイリスが柔和な笑みを浮かべる。
その夜はセシリアの謎についてや、全員の過去や好きなもの、面白い話などを夜通し語り合った。
▶︎▶︎翌日の会話
「そういえば何でリス連れてきたの?」
「リス、助けてくれ。との指示だったので。」
「お前何言ってんの?」




