ああ、奴隷よ
翌日、宿屋で緊張の夜を過ごしたレイリー達は、アイリスの助言を信じて奴隷館に足を運んでいた。
異世界ものの小説や漫画を読み込んでいた春人は、実はちょっとワクワクしていた。
奴隷商に奴隷を全て見せてくれ、と言って体の一部が欠落している欠陥品で買い手がつかない子を、格安で購入して治してあげると、お慕い申しております系ヒロインが出来上がる。鉄板パターンだ。
因みにマヨネーズを作るという内政チートも試みたが、失敗して酸っぱい液体しか出来なかった。分量を変えて何度も挑戦したが駄目だったので、ただ材料入れて混ぜるだけじゃ駄目なんだなぁと反省したのはいい思い出だった。
それはともかく、最初は気乗りしなかったが、道中レイリーはアイリスの粋な計らいを勝手に察して、普通に考えると道徳的にアウトなヒロインを創り出そうとしていた。
ガチャ
「おや、いらっしゃいませ。」
中から現れたのは予想に反して爽やかな青年だった。
青年はレイリー達を一瞥して、すぐにビジネスの話にスライドしようとする。
恐らくメイド服を着たアイリスを見て、相当な貴族がお忍びで来たと勘違いしたのだろう。
「ちょうど今日新規の奴隷が入荷しまして。こちらへどうぞ。」
そう言って奴隷商は地下へと案内を始める。
中には牢屋が並んでおり、手枷と足枷で満足に動けない女の子が膝を抱えて震えていた。
それまで考えていた浮ついた心が一気に熱を失ったレイリーは思わず眉を顰めてしまう。
それを見た奴隷商が「おや、男性奴隷の方でしたか?」と的外れな意見を言っていた。
「あの娘を下さい。」
アイリスが指をさし、即決で指名した女の子は、目に布を巻いており、目が見えない様子だった。
レイリーは冷めかけた熱がまた燃え上がるのを感じた。成るほどねアイリスさん、やはりそのパターンね、と。
「……はい。」
「貴方ではありません、後ろにいる貴方です。」
そう言って目隠しをした女の子を座らせるアイリス。
すると目隠しっ子の後ろに隠れていた銀髪ロングヘアーの女性が立ち上がりこちらに歩いてくる。
揺れた髪の隙間から顔が見える。宝石のように綺麗な赤い目だった。
「クーリアです…」
「ああ、この奴隷は歳が少し…ですので金貨5枚で宜しいですよ。」
奴隷商がその子の値段を告げると、アイリスはタコと魚で儲けた金貨を惜しげも無く手渡す。
年齢が原因で少し値が落ちたみたいだ。
着ている布の服から覗く肢体はキメ細かく、そんなに歳を取っているという印象はなかった。高めに見積もって二十代後半位かと思われる。
やはり何かを教えるのは十代の方が良いのだろうか、とレイリーは納得する。
「ひーふーみぃ…はい。確かに頂きました。お買い上げ有難う御座います。」
そう言うと奴隷商はクーリアと名乗った子の手足枷を外し、牢屋から連れ出す。
「これから貴方のご主人様になるお方だよ、ご挨拶を。」
「ご主人様の手となり足となり身を粉にして奉仕させていただきます…」
奴隷商に挨拶を促され、怯えた表情で挨拶をする女性は土下座の体制でレイリーの靴に口付けをしようとした。
驚いたレイリーは咄嗟に足を引いて躱す。
「あの、これは…」
「ああ、もしかして初めてのお客様でしたか!これは失礼を、従属の魔法がかかっている証明のようなものですので、どうぞ遠慮なさらずお受け下さい。」
驚くレイリーに奴隷商が告げた言葉は酷く冷たいものだった。
昔ホーネル先生から聞いた話では、従属魔法を人間にかけたモノが奴隷魔法らしく、一度かけられると自力では解けないらしい。
主人の変更は任意で出来るらしく、詳しくは知らないが、他人に命令権を移すことが可能らしい。
「いえ、そんな事はしなくても大丈夫ですよ。」
そういうとレイリーは土下座を続けるクーリアの手を引っ張り立ち上がらせる。
「これから宜しくね!」
そう言ってそのまま掴んだ手をしっかり握りなおすと、クーリアは惚けた顔でレイリーに握られた手を見つめていた。
「良い主人に出会えて良かったですね。」
奴隷商はレイリーの手に複雑な魔法陣を描いた。
体が淡い光に包まれると共に、クーリアと主従関係になったのを感覚で理解した。
新たな仲間を加え、一行は奴隷契約に関して簡単な説明を受けて奴隷館を後にした。
▶︎▶︎
クーリアをアイリスと宿屋で待っていて貰い、必要な物を買い揃えるために街に出る。
下着や衣服はカエデに選んでもらい、レイリーは食材等を買い込みアイテムポーチに収納していく。
当面の食料は確保したと、レイリーが一足先に、カエデと事前に決めていた集合場所に到着すると、すぐにカエデが満面の笑みで帰ってきた。
「師匠!服を買ってきたでござるよ!」
そう言ってカエデが見せてきたのは、とんでもなく煽情的な下着と服だった。なんで。
「クーリアをイメージしてみたでござるよ!」
人によっては親指を立てて褒める所なのだろうが、レイリーはこれからこの服を渡さなければいけないのかと考えると、思わず溜息を洩らす。
「はぁ、確かにセクシーな服が似合いそうな人だったけど、これ着せるのはなぁ…」
クーリアが煽情的な服を着た姿を想像し、言葉とは裏腹に鼻の下を伸ばすレイリーを見て、猜疑の目を向けるカエデだった。
▶︎▶︎
「ただいまでござる!」
「た、ただいま…」
「お帰りなさいませご主人様。」
「お早いお帰りでしたね。」
宿屋に帰ってきたレイリー達を見て深く腰を折り礼をして迎えるクーリア。
アイリスは帰りが少し早かったことに少し驚いていた。
「いやぁ、服をカエデが買って、俺は食材を買いに行ってたから早く終わったよ。」
「成る程、お疲れ様です。」
軽い会話を交わした後に、カエデが意気揚々と購入した服をベッドに広げていく。
アイリスは広げられた下着や服を一瞥して、レイリーに批難の目を向ける。
自分じゃない、と否定に首を振るがカエデが「師匠も似合うと思ってるみたいですよ。」と爆弾を会話に織り込む。
クーリアはベッドに広げられた服を手に取り大事そうに胸に抱いた。
「あぁ…こんなに可愛い服が着れる日が来るなんで…有難う御座います…有難う御座います……!」
大粒の涙で服を濡らしながら繰り返し感謝するクーリアを見て顔を見合わせる一同。
その様子を見てレイリーに買われるまでの生活は、想像だにしないものだったことを察する。
「これからは仲間だから欲しいものがあったら遠慮なく言ってよ。」
鼻水を啜る顔を覗き込んで顔を拭いてあげると、申し訳なさそうに身を任せ、遠慮がちに口を開いた。
「いえ、私のような卑しい身分の奴隷がそんな…(グゥゥゥウ)」
自分を卑下するクーリアのお腹が、言葉より雄弁に欲しいものを主張する。
「よし、食事だね!」
クスクスと笑う仲間に囲まれ恥ずかしそうに顔を伏せるクーリアは、空腹だったが幸せで胸は満たされていた。




