黒尽くめの先生
春人が剣と魔法の世界"エムフェルト"に転生してから六年の月日が経過した。
初めてこの世界に来た時の新鮮味も徐々に失われて退屈な日々を送っていた。朝起きて仕事に出掛ける父を見送ってから朝食を摂り魔法の練習をして、家の掃除を手伝って昼食を食べた後は母と一緒に買い物に出かけて帰りにお隣さんに挨拶をして、帰ってすぐ食事の支度を手伝って父が帰ってきたら夕食を食べてお風呂に入り寝るまで魔法の練習をする。それを六年も繰り返してきた。
初級の各属性魔法は全て習得して今では詠唱と詠唱短縮、無詠唱を状況に応じて使い分けられる様になっている。春人は正直同じ事の繰り返しに飽き飽きしていたし、派手な攻撃魔法を使いたかったが母は生活魔法レベル以上の魔法を習得していないみたいだし、父は危ないからと言って取り付く島もない。かといって教えて貰っても試す場所もないので大人しく我慢をしておくしかない。
唯一の楽しみはお隣に住んでいる女の子が時々春人を見かけては挨拶してくることだった。その女の子はセシリア・アーデンルクスといって父のオルタスがダイスのクランのメンバーで、母セリスは昔からのフィリアの友達らしい。
「こんにちはー」
「こんにちは!」
などと子供らしい挨拶を交わすだけで特に接点はないがお隣さんとはこんなものなんだろうと自分の中で納得した。前世で居たお節介で優しい幼馴染が稀有なんだと。因みにこの子とは自己紹介を済ませているが最初はお互いボーッと目を見合わせただけだった。
向こうは緊張していたのかも知れないが春人は亡き幼馴染を重ねてしまっていた。セシリアの容姿は青い髪に黒い瞳と、嘗ての隣人とは似ても似つかぬ容姿だったが照れると目の下の涙袋を指で撫でる癖が一緒だったことが何か運命的なものを感じさせた。
それ以降何故か意識してしまい、挨拶したら恥ずかしくなってすぐに走り去ってしまう辺り頭も子供になっているのかも知れない。因みにセシリアは将来美人になりそうな顔立ちだった。
▶︎▶︎
「おとーさん!お疲れ様!」
そう言って春人は帰宅した父を玄関で迎える。
「ただいま、今日もいい子にしてたかい?」
父ダイスは柔和な笑みを浮かべ春人の頭を撫でる。
春人のエムフェルトでの名前はレイリー・メイルティーン。茶髪に青い目の女の子みたいに可愛い容姿の男の子だった。いや、男の娘だった。
贅沢を言えばもう少し男らしい容姿が良かったが前世に比べると格段にアップグレードな為文句など言えなかった。
「あなた、お帰りなさい」
そう言って母フィリアかダイスに軽く口付けを交わしてから荷物を受け取りリビングに連れ添う。毎日繰り返しているが新婚の様な両親の在り方には感心すると同時に苦笑いが漏れる、自分の前でやらないでくれ、と。
食事の支度が終わり、全員で一つのラウンドテーブルを囲み夕食を楽しむ。話の途中で何かを思い出した様にダイスが人差し指を立てて会話を中断する。
「そういえば、お隣のセシリアちゃんが学習師を雇うらしいんだがレイルもどうかと聞いてきたよ」
ダイスがレイリーを愛称で呼び話題を提供する。学習師とはこのエムフェルトでの家庭教師の様なものだろうか。自然な会話の切り口から、学習師を二つの家庭でシェアする風習は、特別な事ではないような印象を受けた。
「あらそうなの?でも悪いわね…」
(っていう事はあの子と一緒か…)
「ははっ、いつもお世話になってるからってオルタスが言ってくれてね、レイルもそろそろ算術や歴史について勉強してもいいかと思うんだ」
頬に手をつき考え込むフィリアとレイリーを見てクスリと笑い説得するダイス、母子共に癖が同じ事が可笑しかったのだろう。
「そうね、なら甘えちゃおうかしら…
この子も頭がいいから学習師を雇った方がいいかもって思ってたところだし」
そう言ってレイリーの頭に手を置き、優しく撫でるフィリアの言葉に嬉しくなりつい頬を綻ばせる。
「ははっ、レイルもまんざらじゃないみたいだね!よし、オルタスには宜しく伝えておくよ」
こうして僕はこの会話から数日後、セシリアと共にアーデンルクス邸で学習師の授業を享受する事になった。
▶︎▶︎
朝父を見送ってから軽く魔法の練習をしてから昼を迎えたので母と一緒にお隣にお邪魔する。ドアノッカーを叩くと直ぐにセリスが笑顔で出迎えて家に招きいれてくれた。
内装はお洒落とは言えず質素な生活を送っているのが分かった。
母が遠慮するわけだ、とレイリーは一人で納得するが、父のクランメンバーという事を思い出し少し申し訳ない気持ちになる。
ただしメイルティーン邸の方がもう少し見窄らしいので失礼な思考はここで終わらせる。
「ほら、セシリア!レイリーくん来たわよ」
「あ、レイリーくんいらっしゃい」
奥の部屋から分厚い辞書のような本を小脇に抱えてセシリアが青い髪を揺らしながら可愛らしい顔を覗かせる。
「それなに?」
「これはこの世界の歴史について分かりやすく記された伝記よ、良かったら後で一緒に読もうよ!」
そう言って本を顔の横に持ち上げ笑顔を見せるセシリア。レイリーは少し恥ずかしくなって顔を伏せて「う、うん」と返事をしてしまう。決してロリコンではないのだけど体が子供になっているせいか、普通に恋愛対象として見てしまう。
「ふふふ、レイルったら照れてる」
「可愛いわねー、男の子にしとくのが勿体無いわ!」
母達が照れるレイリーを生暖かい目で見つめているとドアがノックされる音が聞こえた。
コンコン
「はーい」
玄関を開けたセリスが迎えた人物を見てレイリーとセシリアが一瞬固まった。黒いハットに黒いスーツに黒い革靴、手には白い手袋を嵌めてジェラルミンケースを持っている。肌は血色が悪いのか青白く、目の下の隈が凄い。
「ああ、今日からお宅で学習師を勤める事となりましたホーネルです…宜しく」
吹けば消えそうな声で自己紹介した黒尽くめの男ホーネルを笑顔で即席の教室と化した空き部屋に誘導するセリス。フィリアは「じゃあ頑張ってね」と言いながら笑顔で手を振り帰っていく。
レイリーとセシリアは顔を見合わせてこれから始まる授業が呪術でない事を祈るばかりだった。




